「ヘンリーってば、どうしてあんなことするの?」
「うるさい、ナマエ、おれはお前がいればいいんだ」
そんなことを言われては、ナマエはなんともいえなくなってしまう。
「ナマエ、今度はかくれんぼをするぞ」
つい先ほどの不機嫌な顔とは打って変わって、ぱあっと明るい顔でヘンリーに言われて、ナマエもつられて楽しそうに頷く。
「範囲は二階?」
「そうだな、じゃあおれが鬼!」
手を挙げて高らかに宣言した時、再び扉が控えめに開いた。二人が一斉にそちらに注目すると、今度の来客は黒い髪に紫のターバン巻いたを少し気の弱そうな少年だった。少年のほかに小さな猫のようなトラのような動物がいた。ヘンリーは訝しげに顔を顰めた。
「だれだお前は?」
「あっ、ボク、5主。こいつはチロル。お友達になりに来たんだ」
先ほどヘンリーに追い出されてしまったパパスが、息子と友達に、と言っていた。彼がその息子なのだろう。見たところ年が近そうな子で、ナマエは嬉しくなる。
「わたしはナマエだよ」
「へえー5主……おれはヘンリー! この国の王子だ。王さまの次に偉いんだぜ。おれの子分にしてやろうか?」
「子分?」
ナマエは嫌な予感がした。子分にしてやろうか、といったあとには大抵、“あれ”をするのだ。そしてその予感通り、ヘンリーはいつもの“台詞”を言った。
「さあ、隣の部屋の宝箱に子分のしるしがあるから、それをとってこい!」
「ヘンリーってば、子分なんて、だめよ」
嗜めるようにナマエは言うが、ヘンリーが言うことを聞くとも思えない。
「いや、ボクいくよ」
にこっと微笑んで、5主は隣の部屋に駆けて行った。少年の後ろを、チロルがじゃれるように、嬉しそうについていく。ヘンリーはやっぱり“あれ”をやるらしい。ソワソワとリュカが消えていった扉を見守ると、暫くして5主が困った顔で戻ってきた。
「宝箱になんもはいってなかったよ」
「そんなわけないだろ! もう一回よおく調べてみろ!」
しぶしぶながら5主はもう一度隣の部屋へと足を運んだ。5主の姿が見えなくなった瞬間、ヘンリーが“いつもの通り”イスをどかして隠し階段へ通じる床を開いて、するりと入り込む。
「ほら、ナマエ、はやく!」
「で、でもお……」
5主の消えた隣の部屋へと続く扉と、ちょこんと顔を出したヘンリーとを交互に見比べる。消えたら5主が可哀想だし、いかなければヘンリーが不機嫌になってしまう。どうしようかと考え抜いた末、ヘンリーに続いた。二人は小さな階段を下りて、下の階へ続く床の扉を開くと、入り口の扉を閉じた。少しばかり高いが、いつもの通りぴょんと飛び降りた。
「よし、あいつ、どんくらいで気付くかな?」
くっくっく、と悪そうな笑い方をするヘンリー。ナマエの咎めるような視線を受けながらも、ヘンリーは言葉を続ける。
「あいつ、どんくさそうだから、結構かかりそうだな」
「……これが最後だよ、ヘンリー。あの子可哀想だよ」
「なんだよナマエ、あいつの肩を持つのか?」
「そういうわけじゃないよ?」
と、そのとき、どん、と重そうなものが落ちる音と、次に、たん、と軽快な音が聞こえた。音の正体は尻もちをついた5主と、チロルだった。二人が先ほどヘンリーたちが降り立った所にいた。どうやら彼らはこの仕掛けに気づいたらしい。
「なんだ、階段を見つけてしまったか。つまらないやつだな、しかし、子分のしるしは見つからなかっただろう。子分にはしてやれないな」
ヘンリーが偉そうに両手を腰において言ったときだった。城の裏へと続く扉が開いた。普段人通りが少ない上にその扉は鍵がかけられているはずだ。故にこの場所に誰かが来ることが珍しいのだが、扉から数人の男が入ってきた。男たちは顔を隠す目出し帽を被っていて、見るからに悪そうだった。緊張感の漂うこの空間で、男の一人が口を開いた。
「ヘンリー王子だな?」
「なんだ、お前らは!」
「悪いが一緒に来てもらうぜ。それからこの女も一緒に連れて行こう、女は高く売れる」
男がヘンリーの腹部を殴り、ヘンリーは悲鳴もなく倒れこむ。ナマエはあまりの恐ろしさに声も出ず、その場から動くこともできなかった。チロルが威嚇するような声を上げたと思ったら、間もなくもう一人の男がナマエのもとへ駆け寄ってきて、ナマエも殴られた。恐怖と痛みですぐに意識が真っ白になった。
男たちは麻袋にナマエとヘンリーを詰め込むと、あっという間に入ってきた扉から出て行った。5主は驚きと恐怖のあまり、腰を抜かしてへたり込んでいた。二人の少年少女が連れ去られていくのを目の当たりして、何もできなかった。
「たっ、大変だ……!」
5主はなんとか立ち上がり、顔面蒼白のままとにかくパパスに報せねばと足を縺れさせながらも走り出した。
