24.接近する

 二度目の相澤先生のお家。お邪魔します、というわたしの言葉に、相澤先生は、はい、いらっしゃい。と返す。何気ないやりとりだけど、相澤先生の律儀さを感じる瞬間でもある。
 相澤先生の家は相変わらず小ざっぱりしていて、綺麗に片付いていた。リビングに荷物を置いて、今日買ったものを開封していく。まずは歯ブラシセットとスキンケアセットだ。2人で洗面所に向かい、セットしていく。鏡面収納にスキンケアセットを入れ、洗面台には真新しい色違いの歯ブラシとコップが仲良く並んでいる。わたしは思わずニンマリとしてしまい、うっとりとその様を眺めた。

「だらしない顔してるぞ」

 そんなわたしの顔を見た相澤先生が、呆れたような、でもどこか優しい顔で言った。

「だって、嬉しくて」
「こんなことが嬉しいのか」
「勿論ですよ。だって大好きな相澤先生の家にわたし用の歯ブラシが相澤先生の歯ブラシとこうやって並んでるって、幸せすぎますし、付き合ってるって感じが……っ?!」

 突然、唇に柔らかい感触が当たる。相澤先生だ。相澤先生にキスをされている。何度か瞬き、そしてわたしは目を瞑る。一気に緊張が襲い、唇が震える。やがて唇が離れると、眉根を寄せた相澤先生の顔がそこにはあった。

「あんまり可愛いことをさらっと言うな」
「は……はぁ」

 なぜ嬉しいのか聞かれたから理由を答えただけなのに、それは相澤先生にとって『可愛いこと』にカテゴライズされたらしい。それでキスしてくれるなら声が枯れるまで言い続けて、キスをされ続けたい。ああ、突然のキスにドキドキが止まらないよ。
 それからリビングに戻り、他のお泊まりグッズも開封し、相澤先生の家に収納していった。早くこのグッズを使う日が来て欲しいような、欲しくないような。だってお泊まりしたら、いつかはそういうことだって……と考えて、顔に熱が集中するのを感じる。いい年してそんなことで緊張するなんて年甲斐もないが、でも、相澤先生とすることはすべて、今までの経験がすべて無に帰すくらい、大切で、はじめてがいっぱいだ。心の底から人を好きになると、なんでも初めてみたいにキラキラして、ドキドキして、甘くて、切ない。
 今日買ったものを全てしまい終えると、わたしたちは一旦ソファに座る。

「あーお泊りするの楽しみです。一緒に金曜ロードショーとか見て、お酒とか飲んだりして、楽しそうだなあ」
「名前、手ェ出せ」

 唐突に相澤先生に言われて、わたしは忠犬よろしく言われたとおり手を出す。するとその手のひらの上に、相澤先生はぽんと何かを置いた。

「これ、持っとけ」

 手の上のものは、鍵のようなものだった。というか鍵にしか見えない。なんの鍵だ。まさか……? わたしの疑問に答えるかのように、相澤先生は言葉を続けた。

「合鍵」
「あい……え? 一応確認なんですけど、なんの合鍵ですか」
「俺の家に決まってるだろ」

 やっぱりそうですよね! え、相澤先生の家の合鍵を今渡されたの? 理解が追いつかない。いや、正確に言うと理解はしてるけど、まさかの展開に驚きが止まらないのだ。

「いいんですか? 合鍵もらっちゃって」
「いいから渡したんだろ。仕事で遅くなるときもあるだろうから、そういうときはこの鍵を使って先に家入れ」
「相澤先生がいないのにわたしが入っちゃっていいんですか?」

 だって合鍵をもらえるってことは、変な話だけど、いつだって相澤先生の家に入れるってことだ。万が一相澤先生が違う女性を連れ込んだとして、そういう場面に突入することだって可能ってことだ。いや、そんな事考えたくないし、相澤先生に限ってそんなことないと思うけど。ていうか合理主義者な相澤先生が浮気とかあり得ないか。それに浮気するくらいならわたしなんかと付き合わないか……。いや、逆に言えば、合鍵をもらえるってことは、そういう心配はしなくてもいいってこと、なのかな。

「当たり前だろ。いいからもらっとけ。そのほうが合理的だ。まあいらないっていうなら無理強いはしな……」
「いります! やっぱ返せって言われても返しません!」

 わたしは手のひらの鍵を胸の前に持ってきて、大事に握りしめた。相澤先生はふっと微笑んで、頭をワシャワシャと撫でた。

「なくすなよ」
「絶対になくしません! それに、基本的には相澤先生がいるときに行くようにします。どうしても合鍵使ってお邪魔したほうが効率的ってときは使わせてもらいますけど、使うときは事前に連絡しますので安心してください」
「別にいつ使っても俺は構わん。だから渡したんだしな。まあでもそういう律儀なところ、嫌いじゃないよ」

 相澤先生から信頼してもらえてるみたいで胸が温かくなる。わたしはもらった合鍵をなくさないように、鞄の中にある自分のキーケースに装着した。

「また宝物が増えちゃいました」

 合鍵が仲間入りしたキーケースを相澤先生に見せると、ふっと柔らかい表情で相澤先生は口角を上げた。わたしはソファに戻ると、相澤先生はちらと時計を見た。

「んじゃそろそろ夕飯食べにいくか」
「そうですね」

 わたしも時計を見ると、夕飯を食べるにはいい時間だった。ソファから立とうかと思った時、相澤先生はわたしを肩に手を置くと、そのまま押し倒していく。少し硬めのソファの感触がわたしの背中から頭まで伝わってくる。眼前にはわたしを見下ろす相澤先生がいて、相澤先生の表情からはこの行為の真意が見えない。

「あ、あああの、相澤先生、えと、夕飯……食べに行くのでは……?」
「タンメン食べるって言ってたな」
「でも、今、その、この状況って……」
「名前がいけない」

 わたしがいけないというのはどういうことだ。

「どういうことでしょうか」
「お前は素直に感情を表現しているだけなんだろうが、俺にとっては……」

 そこで相澤先生は口ごもって、「ともかく」と仕切り直した。

「俺も男で、好きな女には欲情するってことだ」

 神様、オールマイト様、わたし、心臓が爆発しそうです。