わたしたちの住む街の駅を使って数駅行けば、商業ビルが立ち並ぶ大きな駅に辿り着く。わたしたちはそこで買い物をすることになった。
休日の電車内はそこまで混んでおらず、ありがたいことに隣同士で座ることができた。電車の中で隣同士座りながら、買い物リストを確認する。
「パジャマと下着、それから歯ブラシか」
相澤先生は律儀にスマホのメモに入れていたらしい。箇条書きにされた3つを読み上げて確認するようにわたしを見た。
「あとは、スキンケア用品とかも買っていいですか。化粧水とか」
「あぁそうだな」
スキンケア用品、と新たに相澤先生は打ち込んでいく。いつもよりもスッキリとした相澤先生の横顔は、わたしの視線を釘付けにするにはもってこいだった。じっと見ていると、相澤先生の充血した眼がわたしを捉えた。
「見過ぎだ」
「すみません」
だって相澤先生がかっこいいのがいけないんです、なんて口答えはしないでおく。改めて、相澤先生とデートという事実をじっくりと噛み締めながら、へらりと笑みを浮かべた。
それから目的の駅について、早速買い物の開始だ。まずは簡単な歯磨き関係だ。相澤先生も新調すると言って、結局色違いの歯ブラシと、コップを買った。これが並ぶさまを思い浮かべれば、同棲しているような感覚になる。早く洗面台に並んでるのを見たいなあ。
それから化粧水や乳液を買って、時間的にお昼だったので、駅ビルに入っている飲食店でお昼ご飯を食べることにした。席に案内されて向かい合って座る。目の前では相澤先生が肩を解すように首を回している。向かい合って座ると、なんだか緊張してしまうのはわたしだけだろうか。
「何食べましょうか」
そんな緊張を隠すようにわたしはメニューを広げる。おんなじメニューを二人で覗き込みながら、わたしは最初のページからめくっていく。
「名前は何食べたい」
全ページ見たところで相澤先生が問う。
「わたしはですねーこれかこれで迷ってます。相澤先生はどうですか」
「じゃあ俺はこっちを食べるから名前はこっちを食べろ。そしたらどっちも食べられるだろ」
相澤先生はわたしが迷っているものの一つを指さして言う。
「え、でも相澤先生が食べたいものは」
「俺もどっちかで迷ってたから合理的だ」
「……本当ですか」
「いいから頼むぞ」
そう言って相澤先生はわたしが迷っていたもの2つを注文した。ほんと、相澤先生って、見かけによらず優しいと言うか、甘やかしてくれると言うか……どんどんと相澤先生の沼にハマっていってしまいそうだ。
それから頼んだものが運ばれてきた。わたしたちは一口分け合いっこをして、どっちの料理も食べることができた。美味しかったし、なによりも相澤先生と恋人っぽいやりとりをするのが本当に幸せだ。恐らくそれが顔に出てたのだろう、相澤先生に「随分美味しそうに食べるな」と言われた。相澤先生の目の前でご飯を食べるのは緊張するけど、やっぱり幸せだと思う。ご飯だっていつもの倍以上美味しいというものだ。
腹ごしらえも済んだところで午後の部の開始だ。午後はパジャマと下着の購入だ。パジャマはすんなりと買えたが、下着は「お金を渡すから一人で買ってこい」と言われて、一人で買いに行くことになった。そんなこんなで買い物は無事終わって、日が暮れる前にはわたしたちの住む街に帰ってきた。駅を出てわたしたちは向かい合う。今日はこれで解散だろうか、それとも……。
「さて、これからどうするか。この後なにか予定あるか」
相澤先生から問われて、わたしは首を横に振る。あるわけない、今日は相澤先生とのデートのためにすべてあるんだから。
「ないです」
「それじゃあ夕飯なんか食べるか。何か食べたいもんあるか」
「この間のタンメン食べたいです!」
わたしが食い気味に言えば、相澤先生は少し意外そうに目を丸くした。
「あそこでいいのか」
「はい、なんか無性に食べたくなる味ですよね、あそこのタンメン」
あとはあわよくば相澤先生の家にお邪魔したい……なんて邪念もないとも言えないがそれは胸のうちに閉まっておく。
「それじゃあ荷物を一旦俺の家に置いてから行くか」
「わかりました」
相澤先生の両手は今日買ったものでいっぱいだ。そのほとんどがわたしのもので、持ちますと言っても頑なに持たせてもらえなかった。わたしたちは夕日に照らされながら駅から相澤先生の家に歩き出した。道路には伸びた影が仲良く並んでいる。もう間もなく日が暮れて、この影たちは暗闇に飲まれて何も見えなくなってしまうのだろう。とても楽しみだった今日の一日が終わってしまうと思うと、少し寂しく思う。
「今日はあっという間に終わっちゃいました。相澤先生と一緒にいると時間があっという間に過ぎちゃいます」
「そうか」
「また、一緒にお出かけしてくれますか」
「名前が望んでくれるならな」
「あ、当たり前じゃないですか」
なんなら毎週毎日一緒にいたいと言うのに!! でもそんなこと言ったら重たすぎるので流石に言わないけど。
「俺と一緒にいるのが楽しいなんて、本当に変わってるよ」
でもそうやって言う相澤先生の横顔は、なんだか柔らかくて、わたしは返事をするのも忘れて見とれてしまった。と、よそ見していたせいでわたしはちょっとした段差に躓いて転びかける。相澤先生はすかさずわたしの前に躍り出て、わたしは相澤先生にぶつかる形になった。
「っと、大丈夫か」
「はい、すみません」
さすがプロヒーローというべきなのか、さすが相澤先生というべきなのか、咄嗟の判断が完璧で且つ身のこなしが本当に鮮やかで、わたしは相澤先生と一緒にいたら転んだりすることはないんだろうなとぼんやり思った。相澤先生は全荷物を片手に持ち直すと、わたしの手を掠め取って歩き出した。
「お前は本当に危なっかしい」
ぽつり、相澤先生が前を向きながら言う。日は暮れて、影は暗闇に飲み込まれてしまった。一日が終わる。けれど、さっきみたいに寂しい気持ちは消えていた。繋がれた手は温かくて、わたしの心臓が一生懸命動いている。こんな愛しい気持ちを教えてくれたのは、全部全部相澤先生だ。
