22.初夏の訪れと

 春はあっという間に過ぎ去って、気づけば初夏と言われる季節になっていた。新緑が眩しい今日このごろのトピックスと言えば、相澤先生は一クラス全員を除籍処分にしたなんていうこともあった。わたしは教師ではない、ただの学校事務だ。だから深くは聞かないが、除籍に関する手続きを行ったりもした。
 相澤先生が生徒を除籍処分にすることはこれが初めてではないし、然るべき生徒にはきちんと復籍もさせている。だからきっと、今年除籍処分になった生徒たちも、相澤先生が復籍に至ると判断すればそのうち復籍するのだろう。
 とまあ、仕事のことはさておいて、プライベートでの相澤先生との関係性は、至って良好だ。あれからなにか進展があったわけではないが、相変わらず仕事帰りは基本的に一緒に帰っている。そしてつい先程も一緒に帰っていたわけだが、ついに誘われたのだ。

「今週の土曜はなにか予定があるか」

 休日の予定伺いなんて初めてされたものだから、心臓が飛び出そうになった。努めて冷静に土曜日の予定を思い出す。たしか何もなかったはずだ。その旨を伝えれば、相澤先生は「それじゃあ、土曜日空けといてくれ」と言った。

「わかりました」

 相澤先生がこともなさげにサラッと言うから、わたしもなんてことないように言う。しかし内心は心臓がバクバクで、今にも叫び出したいくらいだった。だってこれって、土曜日にデートできるってことでしょ? いや待てわたし、落ち着けわたし。まだデートと決まったわけではない。土曜日休日出勤するから手伝ってほしいとかそういうことかもしれない、いやでもそれだって立派なデートではないか。お休みの日に相澤先生と一緒にーーーー

「そんな難しい顔するな。買い物に付き合ってほしいんだが、いいか?」

 でででででデートだった!!!! 相澤先生から休日にデート誘われた!!! わたしの頭の中でわたしが神輿を担いでワッショイワッショイやっている。ていうかわたしそんな難しい顔してたのか。 

「勿論です。ぜひ、行きましょう!」

 ニヤニヤするのを抑えられないまま、わたしは二つ返事でOKした。何を買い物するんだろう、合理的な相澤先生がわたしを買い物に連れて行く理由……と、また性懲りもなく考え込みそうになったタイミングでわたしの家に辿り着いたので、わたしたちは向かい合う。相澤先生はわたしの頭を撫で付けた。

「帰ったら連絡する」

 相澤先生が言い、わたしは頷く。

「わかりました。待ってます」
「んじゃお疲れ」

 そうして相澤先生は自分の家へと帰っていった。それからフワフワとした高揚感に包まれながらわたしは部屋に入り、次の土曜日に思いを馳せた。何を着ていこうか、そもそもどこに買い物に行くんだろうか。アイシャドウ新調しようかな。鏡を見なくたって自分がニヤニヤと締まりのない顔だということは分かっている。
 暫くすると相澤先生から連絡が来た。

『帰った』

 シンプルな文字。わたしは『おかえりなさい』と返事をすれば、すぐに既読になって返事がくる。

『土曜日、10時に家まで迎えに行く。それで、俺んちに置いておく名前の着替えを買おう』

 なるほど、と思わずわたしは唸る。先日相澤先生のお家にお邪魔した時に、そんな話になったことは記憶に新しい。それと同時にあの日のことを思い出してほんの少し高くなる体温。確かにわたしの着替えならば、服のサイズやら、好みやら、色々とあるからわたしが選ぶ方がいい。例えば下着なんかは相澤先生は当たり前に買いづらいはずだ。
 と、言うことは、相澤先生の家にお泊りデートっていうのも、ついにそこまできたということか。思わず生唾を飲み込んだ。

『わかりました。お買い物、楽しみにしています』

 相澤先生の影響ですっかりと猫が好きになったわたしは、文章を送った後に猫のスタンプを送る。メッセージは自分の表情が相手に見られないからありがたい。そんなわけで、今度の土曜日はお買い物デートをすることになったのだった。
 それからわたしは木曜日に有給を取ってデート用の服を買うことにした。手持ちで勝負しても良かったのだが、どうせなら目一杯おしゃれをしてデートに臨みたいという気持ちがあり、服だけでなく、パックや化粧品、更にはトリートメント等、コンディションを整える上で気になったものを手当り次第買い漁った。先月の残業代、ありがとう。
 金曜日のバスタイムには入念にボディケアをし、風呂上がりにはパックをして、土曜日に向けてコンディションを整えた。いつもよりも早い時間に眠りにつき、そして運命の土曜日、いつもより早い時間に目が覚めた。相澤先生が迎えに来るまで時間はあるため、ゆっくりじっくりと準備を始める。
 そして約束の時間の10分前には居ても立っても居られず、外に出て待っていようとすると、丁度相澤先生がやってきたところだった。

「おはよう」

 相澤先生が低い声がわたしの鼓膜をくすぐった。ただの挨拶なのに、相澤先生が言うとこんなに違うのかっていつもながら不思議に思う。そして何より、相澤先生の私服姿に、思考が止まってしまいそうになる。
 いつも生えている無精髭は綺麗に剃られていて、更に髪の毛も後ろで一つに結われているため、いつもと比べるとだいぶ爽やかな印象だ。白い薄手のシャツに黒いカーディガンを羽織り、黒いスキニーをお召になっていて、お顔には薄らと微笑みが浮かんでいる。かっこいい、美しい、尊い、どうしよう、言葉が出てこない。

「……おはよう?」

 フリーズしているわたしを不審に思った相澤先生が再度挨拶をした。それでわたしははっと我に返る。

「おは、おはようございます! おはようございます、おはようございます」
「おはようは一回でいい。さて、行くか」
「はい、よろしくお願いします」

 歩き出した相澤先生はすぐに立ち止まり、くるりと振り返る。

「その……服、似合ってるな」

 言い終わると相澤先生はすぐに前に向き直り、再び歩き出した。今日は髪を結んでいるから耳が露出していてよく見えるのだけど、ほんの少し赤くなっている。勿論、わたしの顔のほうが真っ赤なことは言わずもがななんだけど。

「あ、ああ相澤先生も、お似合いです、かっこいいです、素敵です!」
「はいはい分かったよ」