全然気づかなかったけれど、相澤先生から少し前にメッセージが来ていたようだ。心臓の高鳴りを感じつつ、メッセージを開く。
『お疲れ。ちゃんと帰ったか』
相澤先生が心配してくれている。きゅっと、心臓がリボンを結んだみたいに締め付けられた。さっきまでマイクとミッドナイトから散々、脈アリ的なことを言われていたものだからいつもよりも意識してしまう。酔いがまだ残っているわたしはルンルン気分で返事を打ち込んでいく。
『はい! マイクにおうちまで送ってもらいました♪』
送ったメッセージはすぐに既読になった。
『アイツ、まさか名字んちにあがったりしてないよな』
ふわふわした頭の中に、ちょっとした悪戯心が芽生える。そしてその悪戯心の赴くまま、わたしはメッセージを入力する。
『マイクいますよ』
と、送ったあとに、自室にあるプレゼント・マイクのぬいぐるみを手に取ると写真を撮り、それを相澤先生に送る。ちょっと前にマイクからもらった、ゲーセンの景品になっているプロヒーローぬいぐるみシリーズだ。デフォルメされたマイクがとてもキュートで、貰った時はどうしようかな、なんて思ってたけど、今じゃ結構気に入っている。
すると写真を送ったのとほぼ同タイミングで、相澤先生から着信が入った。スマホをいじっていたので、誤って着信に速攻出てしまった。やばい、と焦りスマホが手から飛び出た。スマホは重力に従って、無情にも床に落ちる。慌てて拾い上げて、スマホを耳に当てた。
「はいッ! もしもし名字です!」
『もしもし。マイクに代われ。今すぐ追い出す』
「あ、えと、その」
『いいから早く』
語気に怒りが含まれていて、わたしはテンパる。なんで怒っているのだろう、しかもこの感じ、さっきのジョークのネタばらしが間に合っていないらしい。マイクがわたしの家にいると思っている。これネタばらししたところで絶対怒られるやつだ。でも言わないと、だってマイクはいないのだから。悪戯心に身を委ねたことを速攻後悔する。
「す、すみません、マイクいるって言ったんですが、あれはマイクのぬいぐるみのことでした。写真、送ったんですが入れ違いになっちゃったみたいで……ごめんなさい」
しどろもどろしながら相澤先生に伝える。声もどんどん小さくなっていき、なんとも情けない。怒られるかな。先ほどまでの高揚したドキドキから一変、裁きを待つ罪人のような心持ちに変わる。先生から怒られる生徒の気持ちが今はすごく分かる。少しの沈黙の末、相澤先生のため息が聞こえてきた。怒りを通り越して呆れてしまっただろうか。沈黙に耐えかねてもう一度謝ろうとしたその時だった。
『お前な……焦っただろうが。っとに、お前には驚かされてばっかりだな』
「すみません……」
そんなつもりは……いや、確かにビックリさせたかった。もうただただ謝るしかない。でも怒ってなさそうで内心、ホッとしている。
『……んで、楽しかったか、今日は』
「は、はい! すごく楽しかったです!」
相澤先生が話を変えてくれた。どうやら怒らないでくれるみたい。よかったぁぁぁ! 何気ない話題を振ってくれたことも、嬉しい。
『ミッドナイトに変な酒飲まされなかったか』
「すごい組み合わせのやつを飲まされて、めちゃくちゃ不味かったです。ふふ。相澤先生が言ってたこと身を以て知りました」
木曜日の帰り道に言われたことが脳裏に浮かんで、思い出し笑いをしながら言えば、電話の向こう側で相澤先生も、ふっと息を漏らすように笑った。なにこれ……電話だから当たり前だけど、耳元で相澤先生の声が聞こえてくるから、まるで相澤先生がすごく近くにいるみたいで、身体がじわじわと熱に侵食されるのを感じる。
『そういうときは自分で飲めって言うんだ』
「そんなこと言えませんよ」
『あとはマイクに飲ませるとかな』
「それはやりました。ていうかマイクが優しくて、わたしに渡されたやつを間髪入れずに取って、代わりに飲んでくれたんです。飲むたびに悶絶して『ゴートゥーヘル!!!』って言ってて、申し訳ない反面、命拾いしたな……って思いましたよ」
相澤先生も優しいけれど、マイクもとても優しい。後半は何かと『イレイザーの大切な名前ちゃん』って言っていて、もはやいじってるだろって感じだったけど。とにかく、とても楽しい飲み会だった。相澤先生とのお話だけじゃなくて、いろんな話をした気がするけど、まあまあ飲んでいたわたしは記憶が断片的で、あまり思い出せなかった。ミッドナイトの創作お酒が強烈すぎて、脳が忘れようとしているのかもしれない。
『……そうか。つーかなんでマイクのぬいぐるみなんて持ってんだよ、ファンだったか?』
「あはは、それはマイクからもらいました。UFOキャッチャーの景品らしいです」
『仲良いんだな』
「そうですね、仲良くしてもらってます。色々悩みとかも聞いてくれて」
言った後にハッとする。悩みとはつまり、相澤先生のこと。墓穴を掘ったかもしれない。おい酔っ払いしっかりしろ。
『それはよかったな。んじゃ、遅くに悪かったな。おやすみ』
「あ、はい。おやすみなさい」
通話は突如終わりを迎えた。スマホからは何も聞こえなくなり、今まで満たされていた胸が、急にぽっかりと穴が空いたようだった。そもそも合理主義者の相澤先生が恋人同士がするような他愛ない会話をすること自体が稀有なことなのだから、もっと話していたかった、なんて気持ちはお門違いだ。わかっている、わかっているけど、心が“もっともっと”と相澤先生を求めている。
どうすれば相澤先生の恋人になれるんだろう。好きになってもらえるんだろう。考えても考えても出ない問いにわたしは悩まされた。
