11.オラクルベリーへ

 翌日、マリアはシスターから洗礼を受けた。ルビー色の綺麗な水を振りかけられ、この修道院の一員として認められた。その姿はそれはそれは綺麗で、三人は見惚れてしまった。
 洗礼が終わり、シスターから祝福されているマリアを見ながら、三人も旅立ちの準備をせねばと、考える。いつまでもここに迷惑をかける訳にはいかない。
 礼拝者用の席を立って、三人は修道院に飾られている大きな世界地図の前に移動した。

「相棒、とりあえず北上していこう。どうやら大きな町があるみたいだぜ」

 ヘンリーが地図の北―――海とは反対の方向にある街を指さして言った。そこには“オラクルベリー”と書いてある。リュカは頷いた。

「そうだな。そこでいろいろ準備も整えようか。でも本当にいいの? 俺の旅に付き合ってくれて」

 昨夜5主には、改めてナマエとヘンリーが5主の旅についていく旨を伝えてあった。ヘンリーは「当たり前だろ」と腕を組み、

「それに、俺たちに帰る場所なんてないからなー。でも、ラインハットは寄ってほしいんだ。ちょっと様子を見てみたい」
「俺もサンタローズに寄りたい。どうやらこの大陸は、サンタローズにもラインハットにも続いているからすぐに寄れるよ」

 5主は“サンタローズ”と書かれている街を指さした後、それを滑らせて“ラインハット”を指さす。
 ナマエは地図を見渡して、思わず感心の吐息を漏らしていた。リュカが昔、逗留したというサンタローズと、ヘンリーとナマエが育ったラインハットの位置関係を始めてみたのだ。こんなに近いとは思わなかった。
 ヘンリーは5主の指先の動きを目で追うと、頷いた。

「じゃあ、サンタローズに先に寄ろうぜ。それから、ラインハット。それから先は適当だ!」
「三人で旅なんて楽しそうだねー。ていうか旅なんてしたことないから、実はちょっとウキウキだよ」

 ナマエが朗らかに言う。

「モンスターもうじゃうじゃ出るから、あんま気を抜くなよ?」
「もちろんだよ! ちょっと呪文だって使えるし!! 大丈夫!」

 5主が心配そうにナマエを見るが、ナマエは自信満々の顔で拳を握る。昨日は少々気まずかったが、一晩寝れば気にならなくなった。5主と自然と喋れる。5主は「ふうん」と信じているのか信じていないのかわからない呟きを落としつつ、

「それじゃあ、挨拶をして今日にでも出発しようか」

 ナマエとヘンリーは口々に返事をするも、ナマエは一つ気になることがあって、「あっ」と声を漏らした。

「ヘンリー……いいの?」

 何が、とは言わずヘンリーに問う。それはすなわち、マリアとのこと。ここを出ればマリアとは会えなくなる。勿論会おうと思えば会えるが、旅に出るということは容易には会えなくなるということ。ここでマリアと一緒に残るという選択肢だってないわけではない。
 ヘンリーは、そんなナマエの胸中を見透かしたように薄らと微笑みを浮かべた。

「生きてればいつか会える。それに、マリアさんといるためにここに残るか、5主のお母さんを探すためにマリアさんと離れるか、って言われたら、そりゃあ後者を選ぶってもんだ。それにナマエと離れるなんて考えたくもないぜ!」
「ふうーん……? あとでぶーぶー文句なんて言ったって駄目だからね?」
「俺はそんな女々しくないっての!」

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 その日のうちに、挨拶をすませて名もなき修道院を出発した。その際にマリアが、兄からです。といいゴールドを渡してくれたのだがなんだか悪い気がして断った。しかし半ば強引に押し付けられたので、ありがたく頂戴することにした。
 5主は、雄大に広がっている大地に視線を馳せ、かつて父と旅をしていた時を思い出していた。自分の攻撃なんて全然通用しなくて、父が攻撃すると魔物はすぐに気絶していた。父のようになりたい、と子供心に思ったのを今でも覚えている。あの頃から幾つも年を重ね、5主の攻撃で魔物は気絶する。こんなことからも、成長していることを実感する。
 こんな姿を父に見せたかった、とも思う。

「外って広いんだねえ。5主は小さい頃から旅してたんだっけ?」

 隣を歩いていたナマエが感慨深げに言う。ナマエにとっての世界は、小さい頃のラインハットと、建設現場だけだ。

「物心ついたころにはもう旅に出ていたよ」
「いいなー。じゃあ、旅に関して5主はわたしたちより先輩だね」

 ナマエの言葉に5主が微笑みで返す。その様子を見ていたヘンリーが、にやり、意地悪な笑顔を浮かべた。しかしその心の思ったことはあえて口にはせず、その話の輪に加わる。

「なあなあ、大きな町で服、調達したいなー! こんな服そろそろやだぜ……」
「確かに」
「ナマエはいいよな。シスターさんからおさがりもらったんだろ? 5主も小さいころの服、新調してもらっちゃって」

 ヘンリーの言うとおり、ナマエは修道着を着させてもらっていて、5主も、奴隷になった際に来ていた幼少期の服が樽の中に入っていたのを、シスターが生地を足して新調してくれた。ヘンリーの服も入っていたのだが、何せ王族の服。生地なんてないので新調できなかったらしい。そのためヘンリーは洗濯して綺麗になったとは言え、
奴隷着のままだ。不満そうに服の端をつまむヘンリーを見て、ナマエは笑みをこぼす。

「ふふ、悪くないよ」
「他人事だと思ってるな、ナマエ。ちぇっ」
「次の町で装備をそろえないとね」

 北へと歩き続けて、夜の闇が世界を支配する前にオラクルベリーにたどり着いた。実に華やかな街で、遠目からでもそれは確認できた。華やかさの正体は、街の中央にでんと構えたカジノによるものだった。ネオンライトでCASINOと書かれた看板を目の前にして、三人は圧倒された。こんなネオンカラーを生まれてこの方見た覚えがない。なんだかわくわくする。

「これが……オラクルベリー」

 ぱあっと、目が輝いているのは、ナマエの瞳に映るネオンライトのせいなのか。かくいう5主も、気持ちが高ぶっているのは言うまでもない。ヘンリーに至っては、停止している。

「5主」

 そんな目で見ないでくれよ。ナマエはずるい、まるで子供のようにじっと顔を見るのだ。行きたい、カジノに行ってみたいよ。と。

「……宿をとったらね」

 宿をとり、荷物を置いてオラクルベリー探索に出向いた。夜だって言うのに、これからが見せ場だと言わんくらいの賑わいだ。こんな都会には初めてやってきた。
 道中で倒したモンスターの持っていた装備品などを売りさばいて、防具や武器を買い揃え、ふらふらしていると、街の外れには“オラクル屋”という店があった。なんとなく吸い寄せられるように寄ってみると、狭く、薄暗い店内で、小柄な初老の男性が一人いた。そこでは、馬車だけを売っていた。なんでもご主人は昔、世界を旅する旅人だったのだが、もう年を取ってきて旅に出ることもないから、使わなくなった馬車を売っているのだという。
 馬車か、と5主は考えを巡らせる。考えたことはなかったが、あれば便利だとは思った。荷物を載せたり、そこで寝たりもできる、かなり便利だろう。悩む5主に追い打ちをかけるように、

「今ならなんと300G!」

 と、破格を言い渡されたものだから、ヘンリーやナマエの後押しもあり、ゴールドを掻き集めて購入を決めた。
 馬車は、明日の朝には町の入口に用意するといってくれた。
 高い買い物をしたという高揚感を持て余した三人はカジノに入り、その煌びやかさと、煩さにびっくりしつつ、ぐるりと一周し、ナマエとヘンリーは満足したようだった。

「踊ってるお姉さんたちがすごい綺麗だったなあ」

 うっとりとナマエが言うのは、カジノの真ん中で踊る踊り子たちのことだ。同意するようにヘンリーが「な!」と言い、

「あんなドレス、ナマエが着たら不格好だもんな」
「失礼な! ていうか、ヘンリー結局、服を買わなかったんだね」

 そう、ヘンリーはあれだけ言っていたくせに、結局服を買わなかった。今も粗末な奴隷着に身を包んでいる。

「動きにくそうなものばっかりだったからさ。なんか別にこれでいいかな、って思ってしまった。防具もあるしさ」
「まあ、その服以上に動きやすい服なんてないと思うけどね」
「違いない」

 5主の言葉にヘンリーが笑った。