食堂に戻ると、先程と同じ椅子にヘンリーは座り込んでいて、その目の前にはマリアがいる。マリアが最初に二人に気づいて「まあ」と声を上げれば、ヘンリーがくるりと振り返って二人の姿を認めた。
「遅かった―――って5主! おはよう!!」
「おはよう」
ヘンリーは思わぬ5主の登場に驚愕しながらも挨拶を述べて、5主も返した。ナマエの中には先程の二人の時間が生々しく残っていて、少しだけ気まずい。
『もうちょっと、二人でいたいな、なんて……』
一体何を考えているんだろう。どういうつもりでいったんだろう。あのあと暫く沈黙が続き、つかまれた手首にばかり意識がいってしまい、ナマエ は何も話題が浮かんでこなかった。止めた5主は5主でただただ黙って、俯いたままで、自分の心臓の音ばっかりが聞こえた。
『そろそろ、行こうか』
どれくらい時間が経っただろうか、しばらく経ってから5主がそういったので、ナマエは何も言わずに頷いた。彼の顔は照れたような、けれどどことなく穏やかな顔で、自分ばっかりどきどきしていたのかな、と落胆する。
ん? 落胆? と、自分の感情に自分が疑問を持つ。なぜ落胆するのだろう。その答えは分からなかったけれど、ひとまず起きたことを知らせようと言うことで食堂へと向かったのだった。
その後5主も食事をして腹を満たせば、ヘンリーがナマエの名を呼んだ。
「目の前に海があるらしいんだけが、一緒に見てみないか?」
「うん。いいよ!」
「5主さん、もしよろしければここの案内をしましょうか」
「あ、お願いしていいですか」
ヘンリーはナマエを、マリアは5主を誘うというなんだかおもしろい展開になった。ヘンリーがナマエを誘うのよくあるが、マリアが5主を誘うことなんてほとんどない。もとよりマリアが奴隷として働きだしてまだ日が浅く、ナマエたちとそこまで打ち解けていないということもあるだろうが。
少し気にかかりつつもナマエはヘンリーとともに海に出た。ヘンリーは特に気にしている様子もないのでナマエも何も言わなかった。
修道院を出れば、海岸線に沿って砂浜が続いていて、海は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。生まれて初めて海辺というところにやってきた。ラインハットは山岳に囲まれた場所にあり、海からは遠いので一度もいったことがなかったのだ。
二人は砂浜に座り込むと、打ち寄せる白波を眺める。
「ナマエ、俺たちどうしようか」
「うん……どうしようね。ラインハットに行っても、ね」
ナマエには両親がいない。物心ついたときにはヘンリーと一緒に育てられていた。けれどきちんと、実の両親はもういなくて、ヘンリーとも兄弟ではなく、ヘンリーの母親である王妃に拾われたということはわかっていた。ヘンリー同様に愛し、育ててくれたラインハット王には感謝している。しかし―――
「俺が王位を継承することを望まないものがいたんだもんな」
望まない者たちがヘンリーが実は生きていたと知ったらどうするだろう。誰の思惑であんな事になってしまったのか、大方の検討はついているからこそ、誘拐させるほど疎ましく思われている人がいる場所に帰りたいとは思えない。
けれど、
「でも……今どんなふうになってるのかわたし気になる」
「俺も。危険なのはわかってるけど、気になるよな」
リュカのお母さんを探し出すこと、これは揺るぎない目的であり、変わらぬ誓いだ。けれど、ラインハットが今どのような状況になっているのかは知りたい。
二人がラインハットに居場所がないのと同じように、5主もまた、居場所のない人だ。もしもラインハットに居場所があったとしても5主と離れるなんて、考えたくもなかった。
様々な思いや考えが脳を巡るが、やはり揺るぎない思いはある。ナマエは海を眺めながら、きっと同じ考えであろうヘンリーに、思い至った結論を告げる。
「見に行こっか」
「そうだな」
例えそこに居場所がなかったとしても。ヘンリーはまだ、父と向き合えずにいるのだから。あの日、パパスに頬を叩かれた時に言われた言葉はずっと二人の脳裏に刻み込まれている。
二人は頷きあった。
