DIOの館には老若男女問わずたくさんの人たちがやってくる。彼らは必ずDIOのことをDIO様と呼び、陶酔したような目でDIOを見る。確かにDIOにはそのような魅力がある。けれども彼らが何をしに来ていて、DIOとどういう関係なのかまではナマエは知らないし、知ろうとも思っていないので特に何も聞かない。
その中でも、エンヤという老婆はかなり個性的でナマエの脳裏にこびりついている。よく分からない質問を投げかけられて困惑しているときにDIOに助けてもらったのを覚えている。
今日の来客はマライアと言う女性だ。赤いフードをすっぽりと被った美人で、短いスカートからすらりと伸びる足が眩しい。何度か館にきているが、特に話したりしたことはなかった。いつものように客間に案内し、お茶を出そうとキッチンに向かおうとしたときにマライアはその抜群の足を組み替えて、ねえ、と言った。
「はい」
ナマエはくるりと振り返る。
「あなた、スタンド使いではないのよね」
「はあ……恐らく違うと思います」
たまに聞く単語、“スタンド使い”。どういう意味か分からないが、よく聞かれるので覚えてしまった。ナマエは雑巾や掃除機は使うが、スタンドと言うものは使っていない。ちなみに掃除機に関しては使い方を覚えてなく、テレンスに教えてもらったのだった。その度、タイムスリップしてしまったような心地になる。だからもしかしたら、スタンドなるものも、記憶をなくす前は使っていたのかもしれない、とナマエは思うこともある。
「スタンド使いではないのに、どうしてDIO様に仕えているのかしら」
「わたしもわからないのですが、DIO様に拾っていただきまして……」
もう何度目か分からないこの質問の答えは自分が聞きたいくらいだ。
「まさか夜伽のお相手?」
「よと………ぁ、ちっ、違います!」
“夜伽”と言う聞きなれない単語を反芻し、その意味を理解した瞬間に反射的に声を張り上げてしまった。そんな色艶のある関係では全くない。
「そうよね」
マライアは口角を少し上げて言った。簡単に納得されたが、それはそれで悲しいものだ。
「……あの、マライアさん。スタンドとは一体何なんでしょうか」
「ふふ、知らなくてもいいことよ」
そういうとマライアは煙草を取り出し咥えたので、この会話は以上で終了。ナマエはぺこりとお辞儀をして客間を後にした。
「……羨ましい限りだわ」
ナマエが消えた後マライアは煙を吐きだすとぽつりと呟いた。
もうすぐ朝日が昇る。この館が眠りに就く時間だ。ナマエはいつも通り戸締りをし、カーテンがしっかりしまっていることを確認する。そこにDIOがやってきて、声をかけた。
「ナマエ、もう仕事は終わりか」
「あ、DIO様。戸締りをしたらもう終わりです」
「いつも大変だな、別にメイドなんてしなくたっていいのだよ」
「そういう訳にはいきません」
「確かに、ナマエはそういう人間だな。ナマエ、仕事が終わった後、私の部屋で一緒に話さないかい?」
その言葉にフラッシュバックのように色々な光景や感情が自分の中に浮かび、言葉に詰まった。
『ナマエ、今夜仕事が終わったら一緒に話さないかい?』
優しい声、優しい眼差し、その声が聴きたくて、その人のそばにいたくて、けれどその愛しい感情の裏には切なくて辛い気持ちもあって。
「ナマエ……?」
気づけば涙が一筋流れていて、はっとする。なぜこんなに懐かしい気持ちになり、愛おしい気持ちになったんだろう。よくわからないけれど、ナマエはごしごしと涙をふき取り頷いた。なぜ自分は涙を流しているのだろう。DIOも驚いたようにこちらを見ている。
「はい、わたしが伺ってよろしいなら……」
「……そうか、では待っている」
そう、DIOがまだ人間だったころ。ジョナサンとナマエの秘密。のちにDIOも知ることになるのだが、ナマエにとってその頃の思い出は宝物みたいなものなのだろう。今、彼女はその時の記憶をつつかれ、反射的に涙を流していると推測する。
賭けではあったが、確信を得た。やはり彼女にジョナサンのことを決して思い出させてはいけない。記憶を取り戻してすべてを知ったら、彼女はあらゆることに絶望し、死んでしまうかもしれない。だから、決してジョセフ・ジョースターと空条承太郎には会わせてはならない。特に承太郎は若い。あの頃のジョナサンと年が近いので最も会わせてはならない。ジョセフもジョナサンの孫だ。年老いていると言えど、遺伝子的にはジョナサンに一番近い。
いずれジョースターの血はDIOを討つべくこのカイロにやってくるだろう。それがDIOとジョースターの血筋の宿命だから。必ず倒さねばならない。ジョースターの血筋とナマエが出会った瞬間、きっとナマエの記憶の蓋はいとも簡単に取れて、封じられていた思い出たちは途端に飛び出してくる。そしたら彼女の心の中はすべてジョナサンで埋め尽くされてしまう。
「……ッフン」
ふと首の傷が鈍く痛み、DIOは舌打ちをした。
