太陽の眩しい光が降り注ぐ。晴れた日のお城の中庭は、かけっこに持って来いだった。
「おい、ナマエ!!」
春に芽吹いた新緑のような髪を、定規を当てて顎のラインで切り揃えたかのようなおかっぱ頭が可愛らしい、ヘンリーが息も切れ切れにナマエの名を呼ぶ。少し生意気な顔をしているが、まだ幼い可愛らしい男の子だった。
彼はこの、ラインハット王国の第一王子であった。
「はあい、ヘンリー」
対するナマエは、にこにことヘンリーのもとへ駆け寄った。
「足、早すぎるぞ、ナマエ……! ちょっと、休憩だ!」
はあー! と大きく息をつきながら短い芝が生え揃っている地面にへたりと座り込んだヘンリー。そんな様子を見て、くす、と笑いながらナマエも隣に座りこんだ。
「ヘンリーってば体力ないんだから」
「うるさいぞ、王子に向かってなんて口をきくんだ」
「はあい、ヘンリーさま」
「やめろ、さま、なんて」
「うん、ヘンリー」
自分は偉いんだと言いながらも、次には様付けをやめろといったり、いろいろとめちゃくちゃであるがそんなめちゃくちゃを気にも留めず、ナマエは再びちいさく笑った。 ナマエはこんなヘンリーが好きだったし、ヘンリーもこんなナマエが好きだった。
幼いが恋にも似た感情は、決して恋ではないが、尊く美しい感情だった。
「……あら、ヘンリー様にナマエちゃん、こんなところにいたんですか。そろそろお客様がいらっしゃるみたいですよ」
後ろから声がかかり、同時に振り返ればいつもヘンリーの世話を焼いてくれている侍女だった。誰かが会いに来るという話なんてあっただろうか、とヘンリーは記憶を巡らせるも、思い当たるものはなかった。
「部屋に戻ろう、ヘンリー」
「そうだな」
断る理由もない。急に決まる来客もたまにあるため、今回もそれだろう。二人はすくっと立ち上がり、お尻についた芝や土を払うと、大人しくヘンリーの部屋に戻った。
「ヘンリー様も、ナマエちゃんの言うことなら聞くんだから」
と、二人が去った後に侍女が少し嬉しそうに呟いた。
(……ボクも遊びたいなあ)
自室の窓から中庭の様子を眺めていたデールが、表情を曇らせる。いつもそうだ、兄はそれなりに自由に遊びまわっている、なのになぜ自分はこんなにも部屋に拘束されなければいけないのだろう。今日も母と部屋の中で勉強だ。
それに兄といつも一緒にいる女の子、ナマエの存在も羨ましい。自分にはそんな存在がいない。年の近い遊び相手なんていやしない。たまに兄とナマエと遊ぶこともあるが、それを母はあまりよく思っていない。遊んだ後には大抵母に怒られて、その度に心が重く沈む。
「デール? どうしたのですか?」
「……なんでもない」
どうしてボクには何も許されないのだろう? 王さまになんて、なりたくないよ。
デールの心の内は、声にはならずそのまま胸の中に閉じ込められた。
「誰が来るのかな?」
そわそわと少し落ち着かない様子で、しかし楽しそうにナマエが言う。
「誰でもいい」
そんな様子が気に入らず、ヘンリーはつまらなそうだ。ヘンリーにとってはナマエが一人いればそれで満たされるのだ。だから誰が尋ねてきたって興味はない。
「お友達になれるといいなあ」
「別にいい」
とヘンリーがおもしろくなさそうに呟いたところで、こんこん、と扉が叩かれた。
「入っていいぞ」
恐らく侍女の言っていたお客様だろう。ヘンリーが許可を出す。
どんな子だろう、ナマエは期待を込めて扉を見ると、そこから出てきたのは黒髪を伸ばした髭面の、旅慣れた風貌のおじさんだった。勝手に同い年くらいの子どもだと思っていたので、少々のがっかり感は否めない。
おじさんは人懐こい笑みを浮かべて部屋に一歩踏み入れて、挨拶をした。
「こんにちはヘンリー王子! それにナマエちゃん、おじさんはパパス。君たちの友達になりにきた!」
「パパスさん、こんにちは、よろしくおねがいします」
年の近い子でなかったのは残念だが、仕方ない。 ナマエはぺこりとお辞儀をすると、パパスは豪快に笑ってナマエのもとへ歩み寄った。
「はっはっは! とってもいい子なんだなナマエちゃん。わしの息子ともぜひ仲良くしてやってくれないか?」
がしがしと少々乱暴に頭を撫でられる、だが悪い気は全然しない。なんだか“お父さん”みたいで、ナマエの意識は日向ぼっこしてるときみたいにぽかぽかとした。
「なんだよおっさん! でてってくれ!!」
ところがヘンリーは敵意を剥き出しにして声高に言う。
「むむ、困ったな、わかった、出て行こう」
ヘンリーに後ろから服の裾を引っ張られるものだから、ここまでされてはパパスも出て行かざるを得ない。苦笑いしながらパパスはヘンリーの部屋から出て行った。
