「レポートが……終わらないです……」
「頑張ってくださいナマエ。明日提出でしょう?」
自室に備えられたテーブルで、羽根ペンを持って絶望に打ちひしがれているナマエは、今にも泣きだしそうだった。その様子を向かいのイスに座って見ているクリフト。彼女は明日にレポート提出が控えているのだが、どうにも徹夜は必須らしい。
「なんで明日提出なんですか……」
「一週間前に与えられたレポートを、前日までやらなかったあなたがいけないんですよ」
びしゃり、言い放つとナマエは、じとっとクリフトをにらみつけた。けれど決してクリフトは間違ったことを言っていない。それはナマエもわかっているのだが、どうにもむかついてしまう。
「そんな顔をするんでしたら、私帰りますよ?」
「ひー嘘です! もうしません!!」
にやりと笑んだクリフトに、慌てて両手を合わせて頭を下げるナマエ。実はクリフトは、ナマエにレポートをやるから付き添っていてほしいと頼まれていたのだった。一人でいたら寝てしまうかもしれないし、何よりさみしい。それにクリフトは知識豊富である。それゆえわからないことがあればすぐ聞けるので、諸々の利点からクリフトを自室に呼んだ次第だった。
「ほらほら、じゃあ手を動かす」
「はあーい」
渋々レポートと向き合う。レポートのテーマは、“自分の思う騎士道とは”。図書館から借りてきたサントハイムの歴代の騎士たちの伝記などをぱらぱらと捲り、はあ、と重いため息をつく。騎士道がどんなものかなんて、自分にはまだわからない。アリーナがお守りできればそれでいいのだ。
どうにも集中できず、レポート以外のことを考えてしまう。そういえばだいぶ夜も深くなってきたが、今は何時なのだろうか、と再び顔を上げてクリフトを見る。
「今何時ですか?」
「えーと……三時です」
クリフトが読んでいた本を一旦置いて、懐中時計を取り出して時間を伝える。もういい時間だ。普段だったらとっくに眠りについている。ナマエは泣き出したかった。まだまだ終わりが見えないレポートを今すぐメラで燃やしてしまいたかった。
さらさらさら、と、それっぽい言葉をレポート用紙に連ねていく。
「……ナマエ?」
しばらく時がたち、クリフトがナマエの様子をちらりとうかがうと、羽根ペンはすでに動くのをやめていて、肝心のナマエはというと、うつらうつらと眠りの海へと舟をこいでいるようだった。首がかくんかくんと動いているのがなんとも面白かった。大切なレポート用紙の文字が、ナマエの動きに合わせてあちらこちらへと大移動をしているではないか。
「ナマエ、起きてください」
「! ……なにがですか、寝てませんけど?」
明らかに寝ていたくせに、ナマエが顔を上げて、何言ってるんですかクリフト。みたいな顔で言った。涎が口の端から出ているのに彼女は気づいていないようだった。あえてクリフトはつっこまず、「はいはい」と受け流した。再び本に視線を戻し、その世界に浸りこむ。
「……かば」
ナマエが何か言った。クリフトが顔を上げると、ナマエは再び眠りこんでいるようだった。今度は首が横へ横へと向かっている。かば、というとあの、動物のカバだろうか。
「ふふふ……」
嬉しそうに口元がきゅっと上がった。何やら楽しい夢でも見ているんだろう。可愛いなあ、とクリフトは純粋に思った。起こすのもなんだかかわいそうで、クリフトはしばらくナマエを見つめる。やがて見つめるだけじゃ物足りなくなって、クリフトは物音を立てないように本をおいて立ち上がり、ナマエのもとへ歩み寄る。
少ししゃがみこんで見つめると、寝息までも聞こえてくる。
一つ、頭の中に思いついてクリフトはにっと口元を上げた。
「ナマエがいけないんです」
ナマエの半開きの口に、自分の唇を持っていき、一方的に口づけを交わす。すると、ナマエの眉が一瞬寄せられた。クリフトはといえば、起きるのかと思いひやっとする。
ナマエと自分の関係は幼馴染という、近くて遠い間柄。今クリフトがしたことにナマエが気づけば近くて遠い間柄は、ただただ遠くなるだけになる。けれどナマエは意識してくれるだろうか?
「……ですよね」
次の瞬間にはむにゃむにゃと気持ちよさそうに規則正しい寝息を立て始めた。
こんなに隙だらけで、騎士として失格ですよ。なんて思ったが、ナマエが寝ているのに口づけをするなんて神官失格だとも同時に思った。
「好きですよ」
一つつぶやいて、クリフトはナマエをゆする。
「起きてくださいナマエ」
「……む、なんのことです」
ぱち、っと眠そうな瞳を開けて相変わらず寝ていないふりをしているナマエ。
「そんなこと言うんでしたら、手伝いませんよ。それに、レポート用紙見てください、大惨事ですよ」
「うっ……えっ!? なにこれ!」
「全く。……ほら、かしてごらんなさい」
「わああ! はい!!」
きらきらと目を輝かせたナマエに苦笑いをしつつ、クリフトは対面においてあったイスをナマエの隣まで持ってくると、座り込んで頭をつき合わせる。
この関係を憂うよりも、今この時間を楽しもうと決めた。
隙だらけ 好きだらけ
