Would you marry me

 世界の人々が再び、なんの恐れや心配もなく笑って過ごせる日々が戻ってきた。サントハイムにも無事人が戻ってきて、ナマエとクリフトはそれからも二人のペースで歩んできた。

「珍しいですね。クリフトが夜にデートに誘うなんて」
「ええ。まあ」

 クリフトは曖昧に笑った。空には無数の星が散りばめてあって、ナマエはそんなクリフトの笑いに意識を向けることもなく彼のいれた紅茶を一口飲みつつ、星空の美しさに感嘆した。場所はサントハイム城の屋上。テーブルを二人で囲み、紅茶を飲んでいた。テーブルの真ん中に置いた暖かな橙のランプが二人を照らす。デートと言うより、夜のお茶会であった。彼らの他にもちらほらカップルがいる。彼らは全員城に勤め城の寮などで寝泊りをしている人たちのカップルで、監視の暗黙の了解で滞在を許されている。ナマエたちもそのなかの一組だった。

「うーん、美味です。クリフトの紅茶は格別です」
「そんな、誰が淹れたって同じですよ」
「いいえ。わたし、クリフトの紅茶がだーいすきです」

 ナマエの笑顔にクリフトの顔が思わず赤くなった。彼女の幼い少女のような屈託のない笑顔には、いつ見てもときめきを感じる。しかしこれから言うことを考えると、クリフトは緊張から顔がこわばってしまう。

「? どうしたのですか」
「あっ、いいえ……。ああ、このクッキーもどうぞ」
「ありがとうございます。わあ、美味です!」

 先ほどから気になっていたのだが、やたらと美味と言う言葉を使うのはナマエのブームなのだろか。昨日は美味、ではなく美味しい、といっていたのだが。

「美味ですか」

 クリフトも使ってみた。

「美味です」

 ナマエはそういって、再びティーカップに口を付けた。そうして生まれた沈黙に、クリフトは決意を固める。いまこそ、チャンスだと思い勇気を奮い立たせるが思う通りに声が出てこない。そうこうしてる間に、ナマエはティーカップを置いて再び視線を星空へと馳せた。

「昼間とはまったく違いますね」
「えっ? ―――ああ、そ、うですね……」

 クリフトの言いたいことなんて全く知らないナマエは、クリフトの心の中なんて知る由もなく、夜の闇と星と月の光が誘う幻想的な世界に酔いしれている。

「……ねえ、クリフト」
「は、はい?」
「言いたいことがあるならはっきりと仰ったらどうですか。わたしの目は、ごまかせませんよ」

 彼女の瞳がクリフトの心を貫いた。いつも通りの様子で自分の目の前で紅茶を飲んでいたナマエ は、実はクリフトが何か言いたいのを知っていのだ。女性とは恐ろしい。ナマエの瞳には心内がすべて見とおされているような気がした。

「かないませんね」
「長い付き合いですからね」

 ふふっ、と彼女は小さく笑い、催促するような視線をクリフトに送る。その視線に促され、クリフトは今度こそ口を開いた。

「話というのはほかでもありません」

 ずっと、ずっと、言いたかった。しかし勇気がなかったし、今のままでもいいと思っている自分がいた。ナマエが自分の彼女で、自分がナマエの彼氏。それだけで十分だった。だが、ある日漠然と考えた。将来をともにする、ということを。そうなれば今日の日の決断は早かった。ためらうことなんて、ない。

「ナマエ、結婚してください」

 ストレートに、伝える。他にもたくさん言葉を考えた。けれどもやはり、この言葉が一番まっすぐだと思う。 ナマエの表情は目に見えて驚いていた。目をまん丸に開いて、まばたきすら忘れている、対するクリフトは満足感で満たされていて、このあとのナマエの返事ももちろん気になるところではあるが、ひとまずプロポーズできたことがうれしかった。
 ナマエはしばらくの沈黙ののち、まばたきを始め、「ええと、」とはにかみ笑いをしながら頬をかいた。

「昔読んだ絵本に書いてありました。運命の人は……手を触れれば、わかるのだと」

 ナマエはクリフトの手を静かにとった。

「感じますか?」

 なんとなく、なんとなくだけれど、ナマエの言っていることが判る気がした。びびっと電流が走るわけでもなく、ぼんやりと、ただ、これが探してた人なんだ、と気付く感じ。もちろん、ナマエに言われてみてそう感じるだけかもしれない。けれどもそれで十分ではないか。思いこみでもなんでも、ナマエが運命の人ならばそれで。

「ええ、感じます。ナマエは、感じますか?」
「……とても」

 クリフトはうなづいて、ナマエにとられていた手を取りかえして、反対の手でポケットに忍ばせておいた箱をそっとテーブルに出して、器用に片手で箱をあけて中に入っている指輪を取り出すと、ナマエと視線を合わせる。

「よろしいですか?」
「どうぞ」

 ナマエは俯いてぽつりといった。クリフトはナマエの薬指にそっと指輪をはめた。サイズはもちろん、幼いころから何度も手をつないでいたからわかっていた。

「……クリフト」
「なんです?」
「こちらは、右手です。婚約指輪というものはふつう、左手かと思うのですが」

 血の気が引くのを感じた。あわてて指輪をとって、差し出された左手の薬指に今度こそはめこんだ。

「さすがクリフトといったところですね」
「……ああ、やってしまった」
「そういうところが好きなんですよ」

 そういってナマエはクリフトの左手をとって、薬指にそっとくちづけをした。

「クリフトに、愛を、誓いましょう」
「幸せにしてみせましょう」
「もう、幸せなんですよ」
「もっともっとです」

 ――世界で一番の夫婦になってみせましょう。たくさんの人の中から私を選んだんですから、後悔なんてさせません。いまよりもむかしよりももっと素敵なみらいへ向かって、ともに歩こうではありませんか。

私の声が続く限り、愛をささやきましょう。
私の足が動く限り、ナマエのもとへ歩いていきましょう。
私の手が動く限り、ナマエの手をとりましょう。
私の命が続く限り、ナマエを幸せにしましょう。