『ねえナマエ……今から君の腱を削ぐよ? 痛かったら左手を上げるんだよ?』
眼下でハンジさんが、悲しそうな、それでいて悦んでいるような、そんな表情で槍を掲げている。わたしは頷いて、喜んで足を差し出すのだった。そしてハンジさんは、うわあああああ!! と叫びながら、わたしの足の腱を削ぐ。痛くないけれど、ハンジさんが痛そうな顔をするから、なんだかわたしは悲しくなる。
『ナマエ、痛くない? ああ見てモブリット! 私が削いだ腱が、蒸気を上げながら今まさに修復されているよ。一刻も早くスケッチするんだ!! ナマエ、よく見せてね? 綺麗だよナマエ。愛してる』
ハンジさんのお役に立てるなんてこんな嬉しいことはない。ハンジさんのためならこの体、余すことなく差し出していい。細切れになるまで切り刻んでくれたってかまわない。
『次は心臓だよナマエ、貴女の心臓を今から私が抉るよ? そのあとは、頭部だ。ああ、でも万が一ナマエが痛い思いをするなら私は………しかし、人類の未来のために、私は………やる』
ハンジさん、ハンジさん、ハンジさん、大好きです―――
「ハン……ジさぁん……」
「なあに?」
ぼんやりとした視界で、ハンジさんを捉えた。殆ど無意識に身体を起こして何度か瞬きを繰り返し、目を擦ると視界が段々とはっきりしてきた。ハンジさんはデスクで書類に何か書き物をしているようで、わたしはその近くのソファで居眠りをしていたようだった。
徐々に今に至るまでの経緯を思い出した。捕獲した巨人の生体実験を連日行っていて、その結果をハンジさんがまとめていた。わたしは紅茶を運んできて、ハンジさんと実験の振り返りをしていたらそのままソファで寝てしまったようだ。確か丸二日は寝ていないので、どうにもツケが回ってきたらしい。
「ごめんなさいハンジさん、寝てました」
「構わないよ。でもソファで寝たら風邪ひくだろうから、先にベッドで寝てて。もうすぐ終わるから」
「いや、起きてます! 紅茶のおかわりもってきますよ」
「大丈夫だよ」
顔を上げず、書き物を続けながらハンジさんが言う。これ以上は食い下がるのは、経験上やめたほうが良い。ということで、わたしはソファでひたすらハンジさんを待つことにした。この部屋にはハンジさんが文字を書き連ねる音のみが聞こえている。真剣な表情で俯いているハンジさんも素敵だ。と言うか、何をしてても素敵なのだ。
暫くするとペンを置く音が聞こえ、ぐぐっとハンジさんが大きく伸びをして「よし」と呟いた。どうやら終わったらしい。ハンジさんの言う通り、そこまで時間はかからなかったみたいだ。ついに……ベッドで寝れる。
「お待たせナマエ。一通り終わったよ、さて寝ようか」
「お疲れさまでした」
ハンジさんは欠伸をしながら団服を脱いでいき、寝間着に着替えていく。眼鏡をナイトテーブルに置くと、一緒のベッドにもぐりこんだ。ハンジさんは横向きになり「ねえねえ」と口火を切った。わたしも同じように向き合う。ああ、眼鏡をかけていないハンジさんも素敵。
「さっき寝ながら私の名前を呼んでいたよね、どんな夢みていたの?」
「ああ。すごく鮮明に覚えているんですけど、自分が巨人になって、ハンジさんに実験される夢見たんです。ハンジさんの役に立てるのがすっごく嬉しくて、発声がうまくできないけどハンジさんの名前を呼びたくて、頑張って呼んでいたんです」
「……なにそれ想像するだけでクッソ可愛いんだけど」
ハンジさんはもう寝るというのにぎらぎらと妖しく目を光らせていた。
「あくまで夢ですけどね。ね!」
「……でも、ナマエで実験なんて私にはできそうもないな。ナマエに刃を立てるなんて、無理だ」
「夢の中では腱を削がれました。そしてそのあとは心臓と頭部を抉るって言ってました。しかも結構楽しそうでしたよ」
「やだなぁ、ナマエは私のことを人でなしだと思ってるの?」
ふふふ、と二人で笑い合う。
「でもわたしはハンジさんのお役に立てるなら巨人になりたいです。エレンのように巨人になれれば実験だって色々できるし、巨人の捕獲だって今より簡単にできると思うんです」
「君は本当に可愛いねぇ。顔も可愛い、中身も可愛い、考えていることも可愛いよ」
なんだかすごい褒められて、わたしは照れてしまう。恋人に、好きな人に、褒められて照れない人がどこにいるのだろうか。ハンジさんのストレートな愛情表現は、いつもわたしを熱くさせるのだ。
「顔が赤いよ? 照れてるの? ほんと可愛いなあ」
「ハンジさんにそんなに褒められたら、照れますよ」
「なんでえ?」
「わかってるくせに……」
とぼけて聞いてくるハンジさんが恨めしい。仕返ししたいが、どうしたってわたしはこの恋人には敵わないのだ。
「ハンジさんが大好きだからに決まってるじゃないですか」
ハンジさんは目を見開いて、口元を緩ませた。
「ナマエ、可愛すぎ! 可愛い! 好き!」
がばっと起き上がると、ハンジさんは一瞬でわたしに馬乗りになる。そしてナイトテーブルへ手を伸ばし暫し彷徨わせると、眼鏡を探し出して装着した。
「じゃあ今から実験の続きをしよう。ナマエがどこを触ったら感じるのか、すごく興味があるなぁ」
ハンジさんが私の耳たぶを触り、そして輪郭をなぞるように指を滑らせる。
「そ、んなのもうとっくにご存知では? それに、巨人に生殖機能はないです」
「君は巨人じゃないだろう。最ッ高に滾る私の恋人さ」
そういってハンジさんは私の首元に顔を埋めて、キスをした。
「寝てる場合じゃないね」
ハンジさんの体力は底なしなのだろうか。恋人の体力に若干の恐怖を抱きつつも、与えられる甘い刺激にどんどんと溺れていくのだった。
