宵に溶けゆく

 明日は二人とも調整日。こんなに嬉しい日はなかなかない。特にハンジさんは忙しい人だから、休みは貴重な上、その貴重な休みですら返上して大好きな研究に明け暮れてしまうような人だ。休みの日くらい休んでほしいと恋人としては思うのだが、ハンジさんは好きでやっているわけで、休みの日を好きなことに使っているということだから、仕方がないか、とも思う。
 でも二人のお休みが合った日は基本的にわたしに時間をくれる。だから今夜は二人で思う存分夜更かしできるし、昼過ぎまでぐだぐだ寝ていられる。

「ハンジさん、明日は何しましょうね」

 夜も更けた兵舎。久々にお風呂に入ってくれたハンジさんが部屋に戻ってきたので、椅子に据わってもらい、その後ろに立って髪をタオルでごしごしと乾かしながら尋ねた。

「私本屋に行きたいなぁ。あと製図用のインクも欲しい」
「わかりました。行きましょう」
「あ~人に髪をいじられるのってなんか気持ちいいよね」

 どうやらリラックスしてくれているみたいだった。多忙極めるハンジさんを少しでも癒せたのならとっても嬉しい。ある程度髪の毛も乾いてきたので、よし、と呟くと、ハンジさんの首に手を回して抱きついた。

「終わりましたよ」
「ありがとうナマエ。もっとやっててほしかった気もするなあ」
「ふふ」

 ちゅ、っとハンジさんの頬にキスをすると、ハンジさんは「こっちにきて」と囁く。言われた通りハンジさんの前に行くと、眼鏡をかけず髪を下ろしたハンジさんが立ち上がり、両手を広げる。

「おいで」

 艶のあるその声に呼び寄せられて、吸い寄せられるようにその腕に包み込まれた。そしてハンジさんによいしょ、と抱き上げられて、そのままベッドへ運ばれて座らされた。そして肩を押されてベッドに倒れこむと、ハンジさんはわたしに馬乗りになった。眼鏡を掛けず、髪を縛っていないハンジさんの姿は殆ど見ない上に、その御姿で見下されて、わたしは心臓が痛いくらい締め付けられる。

「寝間着姿のナマエの姿は最ッ高に滾るね……」
「お風呂上りのハンジさんも最高に素敵です」

 どんな姿も素敵だけど、と心のなかで付け加えつつ、恋人の妖艶な姿に、自分の身体の真ん中がハンジさんを求めて切なく疼くのを感じる。
 ハンジさんはわたしを見下ろしながら、「ねえナマエ」と言い、わたしは返事をする前に言葉を重ねた。

「もう私の語彙力では語り尽くせないほど可愛いって思ってるんだけど、なんて言えばナマエに伝わるのかなぁ? ナマエが言われたい言葉を言ってあげたいし、気持ちいいと思うところをもっと教えてほしいんだ。そしてもっと私のことを好きになってほしいし、私以外を好きになんて絶対にならないで欲しい。そんなこと、絶対に許さないよ。ナマエの頭の中全部私で埋め尽くされちゃえばいいのに。ねえ、私のこと好き?」

 ハンジさんはそう言い切ると、ちゅっちゅ、と首にキスを落としていく。身体の芯がぞわぞわとして、吐息が抜けるようにわたしから漏れていく。

「す……き、んっ」

 これだけは伝えたくてなんとか声を絞り出す。

「よく聞こえないよ、ナマエ」
「ハンジさん……っ!」

 耳元で囁かれていよいよ頭も身体も可笑しくなりそうだった。ドキドキと心臓が爆発しそうなくらい早鐘を打っている。このままの流れでハンジさんと身体を重ねるのかな、と思い、ぎゅっと目を瞑る。

「ふふ、じょーだん」

 ところがわたしの期待は外れて、ハンジさんはあっさりわたしから立ち退いて、すぐ横に寝転がった。ちらと横のハンジさんを見れば、高い鼻と通った鼻筋がよく見えた。やがてハンジさんは目元を自分の腕で覆い隠し、あー。と声を漏らす。

「ナマエが可愛すぎてどうにかなっちゃいそうだ。大事にしたいのに、大切にしたいのになぁ」

 ぼやくようにハンジさんが言うと、そのまま言葉を続けた。

「私はね、何かに興味を持つことは沢山あるけれど、何かを愛して、大切にしたいと思ったことは初めてなんだ。だから時々どうすればいいのかわからない。大切にする方法はこれで合ってるのか不安なんだ。ナマエのことは何でも知りたいからね、知りたいなら調べればいい。そうは言ってもいくら調べても答えが分からないのが人の心だからね」

 わたしはこんなにハンジさんに思われていたんだ、と思うと、なんだか泣けてきた。じん、と目の奥が熱くなって、気づいたらぽろぽろと涙が溢れた。横を向いて隣のハンジさんに寄り添う。

「大好きです、ハンジさん。十分すぎるほど大切にされています」
「今だって本当は、ナマエを抱きたくて抱きたくて仕方ないんだ。でも君も働きづめで疲れているだろうしと考えると、自制しないとね。でもね、一方で私はナマエのいいところをすべて調べ上げて、もう私なしでは生きていけないようにしたいんだ。この間は耳を舐めたらとても気持ちよさそうだったよね、今日は―――」

 言いながらハンジさんも身体を横にして、わたしの腰に手を這わすと、わたしの顔を見てぎょっとした。

「ナマエ!? なんで泣いてるの!?」
「幸せ過ぎて……でも最後の言葉聞いてたら恥ずかしくて涙引っ込みました」

 今日は、と言う言葉の先が気になります。何をしようとしているのでしょうか。さすがですハンジさん。
 わたしはハンジさんの瞳を覗き込んで、少し恥ずかしいけれどわたしの気持ちを真っ直ぐに伝える。

「確かに疲れていますが、ハンジさんと致したいです」
「ほんと!?」

 ハンジさんは興奮気味に目を見開いたと思ったら、次の瞬間には妖しい笑顔になった。

「そしたらさぁ、試作の段階だけど、感度が上がる薬をつくってみたんだぁ……使ってみていい? いいでしょう?」
「く、薬はちょっと……」

 こうやって懇願されると思わずオッケーしてしまいそうになるのだが、感度が上がる薬なんて飲んだら腹上死してしまうかもしれない。わたしの言葉にハンジさんはとても残念そうな顔したので、慌てて言葉を連ねる。

「ハンジさんのテクニックだけで十分過ぎるくらいなので、これ以上はちょっと、その」
「わかったよぉ。でもさ―――」

 再び馬乗りになるハンジさん。はらりはらりと髪の毛が重力に従って落ちる。
 
「明日は休みだから、ちょっと激しくしてもいいよね?」

 この質問に答える間もなく服の中に手がもぞりと侵入してきた。ハンジさんの手の感触に、とろとろと思考が溶けていくのを感じた。わたしが何も答えられなくても、情欲に浮かされているこの表情を見ればきっとハンジさんには伝わるだろう。このままわたしたちは、宵に溶けゆく。