冷たいベッドシーツに横たわったわたしの意識は相変わらずふわふわと宙に浮いているようで、覆い被さるように馬乗りになっている消太さんを見ていても、今日もかっこいいなあ。くらいにしか思わなかった。まさかこのあと、宣言通り“身体で教えられる”だなんて思ってもなかったのだ。
「しょーたさーん、もう寝るの?」
「寝ないよ、水飲むか」
「飲みますう〜」
そういってわたしは目を閉じる。水は飲みたいが、起き上がる気力はなかったのだ。消太さんの気配が遠のいていくのを感じたが、目を開ける気力もまたなかった。そのまま眠ってしまいそうになるが、頬に突如刺激を感じて、尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴をあげながら目を開ける。いつの間にやら戻ってきた消太さんが、ペットボトルのミネラルウォーターを頬に当てていた。
「びっくりしましたぁ……」
「寝てるかと思って。飲めるか?」
「飲ませてくださあい」
本当は飲めるけど、戯れるようにそんなことを言えば、消太さんは「分かった」といってペットボトルの蓋を開けた。てっきり、甘えんな自分で飲めと言われると思ったので拍子抜けだ。
「口開けて」
「はーあ」
口を開けてから返事をしたので我ながら間の抜けた返事になった。消太さんはわたしの口にペットボトルの飲み口を持ってきてくれるのかと思いきや、なぜか消太さんはミネラルウォーターを自分の口に持っていく。そして、消太さんの唇がわたしの唇に触れた。消太さんの唇は冷たくて、それが僅かに開かれるとその隙間から生ぬるい液体が注ぎ込まれてくる。
反射的に嚥下すれば、その生ぬるい液体はわたしの喉から食道へ、ゆっくりとわたしの体に流れていった。水を口移しされたのだと遅れて気づいたのは、まだ酔っているからかもしれない。
消太さんの身体の中に入っていたものがわたしの中に入る。それはとてつもなく官能的だと思った。
消太さんは身体を起こすと、口元を拭って若干恥ずかしそうに目を逸らして、ペットボトルを差し出した。
「やっぱり酒クセェな。あとは自分で飲め」
「……だ」
「ん?」
「やだ、飲めない、です、消太さんに飲ませて欲しい」
肘をついて上体を起こして消太さんを見つめる。我ながら酔いに任せて大胆なことを言っている、と、冷静な自分が俯瞰しながら心中で呟く。消太さんは深く息をついて髪を掻き上げた。つるんとした額と、あまり拝むことがない生え際がむき出しになり、思わず見惚れてしまう。そうこうしている間に、消太さんは再びペットボトルに口をつけて水を含んだ。そしてキャップをして床に放ると、ペットボトルが転がる音がした。
そして再びわたしの唇に冷たい唇を押し当てて、ゆっくりとわたしをシーツへと押し倒していく。そして僅かに開いた隙間から、再び生ぬるく背徳の味がする水が注ぎ込まれていく。消太さんから与えられた恵みを嚥下すれば、唇の隙間からにゅるりと消太さんの舌が侵入してきた。それは意志を持った生き物のようにわたしの口内を動き回る。歯列をなぞり、舌先をつつき、わたしの舌がそれを出迎える。やっと会えたと言わんばかりの交歓はわたしの神経を昂らせる。ほとんどの神経が舌に集中して、夢中で消太さんの舌と絡み合う。あまりに夢中になるものだから、わたしは呼吸すら疎かにして浅い息が唇の端から漏れ出る。
「んぁ……は……ぅ」
息継ぎするように顔を離して、再び潜水するようにキスに没頭する。淫靡な水の音は生の象徴みたいで、わたしは夢中で消太さんの背中に手を回してその生を感じた。
そうして時間を忘れてお互いの唇を貪るようにキスに没頭していると、消太さんが顔を離して、視線が交わる。普段は静謐さを湛えたその瞳が、今はどうしようもないくらい熱っぽくて、情欲に疼いているのが伝わってきて、わたしの下腹部は熱くなる。お互いの発情が伝播して、共に昂っていく。
「自覚しろ」
「え……?」
突如放たれた言葉は、主語がなくてなんのことやらわからない。
「自分の魅力。無自覚で振り撒いてるから気が気でないっての」
「え、なんのことです……?」
自分の魅力? なんで急にそんな話になったのだろうか。
「悔しいが俺は相当名前が好きらしい。序でにそれも自覚しとけ、以上。あとは身体で教える」
結局、その魅力とやらは教えてもらえないらしい。消太さんが魅力に感じているのならば、磨いたり伸ばしたりしたいというのに。
「へ? あっ、や……!」
そんなわたしの心内なんて露知らず。消太さんはわたしの首に顔を埋めてキスを落とす。消太さんのふわふわの猫っ毛が首筋に触れて、それだけでゾクゾクとえも言われぬ感情がそばだつ。
相当名前が好き、だなんて、幸せすぎておかしくなってしまいそうだ。好きな人に好きだといってもらえる歓び。好きな人に好きだと伝えられる歓び。それを噛み締めながらも、わたしは消太さんから与えられる快楽の波に沈んでいく。
首筋に星座を刻むようにキスを落としていた唇は少しずつ下へと行き、服で守られた要塞に行き当たると、ボタンを外し、肌着と下着をずらされて、あっという間に秘密の場所は剥き出しになる。恥ずかしくて堪らず腕で隠そうとするが、そうする前に消太さんはその頂点で色づいた蕾を口に含んで、輪郭を確かめるように舌を這わせる。蕾は甘やかな刺激を受けてぷくりと膨れ上がり、貪欲に快楽を欲しがる。柔らかな舌の感触と、ざらざらとした髭の感触のコントラストが、いかにも消太さんらしくて堪らなく良い。
「あっ、あ、……だめ、そこ」
「やめる?」
口に含みながら喋るのでそれすらも気持ちいい。消太さんの意地悪もスパイスとなり、昂るための燃料となる。
「やっ、あ、やめない……」
「うん。やめないよ」
優しい声で言われて、脳が蕩けそうになる。消太さんの優しさは甘くて、中毒性があって、用法容量を守らないと、多分、わたしの全てが溶けてしまう。本当に、知れば知るほど奥が深くて、好きで溢れてしまいそうだ。これ以上がないくらいすでに好きだと思っていたけれど、まだまだわたしは消太さんのことを好きになれる余白があるらしい。それはとても幸せで、嬉しいことだと思った。もっと好きに、もっと夢中になれるなんて。
消太さんの舌先で膨れ上がったそれはちろちろとねぶられて、わたしは足を擦り合わせて身悶える。
片側をねぶった後はもう片方をねぶり、唾液でぬるついたそこを今度は指で捏ね、つまみ、優しく撫で回す。
「あ、あぁ……はっ、あ、すご……」
行き場がなくわたしの中で燻り続ける快楽をどうにかしたくて、わたしは夢中で消太さんの頭を抱きしめる。まるでもっともっととねだっているようだと頭の片隅で思ったが、その思考さえも泥のように形を崩していく。
それから消太さんは顔を上げてわたしの顔を見つめた。唇の周りが唾液で濡れていて、わたしを見下ろす瞳の黒にも切ないほど純粋な欲望が浮かんでいて、それがまた、堪らなく欲しくなる。
そして気がつけば、普段のわたしなら絶対に言わないような言葉を、驚くほど容易く言っていた。
「触って、しょーたさん……」
アルコールの残った頭は、思ったことを脊髄反射みたいに言ってしまう。呂律もまわらないくらい情欲にあてられたわたしの言葉は、切実さも孕んでいて。全部お見通しの消太さんはニッと笑んだ。
「どこを」
「わかってるくせに……」
「分かんないよ。だから当てずっぽうで触ってみる。その前に、服脱がせるぞ」
そう言って消太さんはわたしの下半身を淀みない動きですっぽんぽんにした。パンツを脱がすときに、わたしに穿たれた空白から溢れ出た粘度の高い液体が、糸を引くのが自分でもわかった。欲情の結晶が詰まった液はすでに止まらなくなっている。
消太さんは右足の踵を片手で持つと、もう片方の手でつま先からくるぶし、ふくらはぎ、と上へ上へと指を滑らせる。その手が内腿に到達したとき、これから起こるであろう出来事を予感し陶然とした。ゾクゾクと快感が背筋を駆け抜けていく。
消太さんは内腿で手を行ったり来たりさせ、なかなか核へは行かなかったが、焦らされるのもまた興奮の度合いを上げるスパイスだ。そして内腿に顔を寄せてちゅう、と吸い付くと、ピリッとした刺激が走る。痛いけど、痛くない。甘やかな刺激。
気持ちいい、もっと、もっと、と高まっていくわたしだったが、ふと気づいた。もしやこのまま、この先に顔を? それはダメ、なんて考えて押し返そうとしたら、消太さんは両手で足を押し開けて、消太さんのことを恋しがるようにひくついたそこに顔を近づけて、そして―――
「あぁっ!! だっ、めぇ……!!」
充血して膨れ上がった芽をざらついた舌でつついた。途端、雷が直撃したかのような刺激が脳天からつま先まで貫いた。
「あっ……!!」
十分過ぎるほど焦らされたそこに与えられた刺激は、気持ちいいを通り越して意識が飛んでしまうかと思った。タガが外れたように、わたしの口からははしたない声が漏れ続けた。
そんなあられもない声の隙間から、水の音が聞こえてくる。消太さんの舌は、神経が尖り切った芽の周りをなぞるように丁寧に舐め上げ続ける。ときにじっくり、ときに激しく。その緩急に、わたしの足はシーツの上をバタバタと忙しなく泳ぐ。頭がおかしくなりそうな快感をなんとかしようともがくが、無駄な悪あがきのようだ。天に向かって垂直にレールの敷かれたジェットコースターが、ものすごい速さで上り詰めていくのを感じる。
「あ、だめ、ダメ、しょたさ、あっ……う」
もうすぐで絶頂へ押し上げられようというまさにそのとき、惜しげもなく顔は離された。急に止んだため発散されなかった情欲が、心臓が送り出す血液に乗ってわたしの中で暴れている。
わたしの目は、なんで? と問うているに違いない。それとも、早く、と乞うているのかもしれない。いずれにせよ余裕のないわたしの気持ちはあけすけに違いない。
消太さんはふっと抜けるように笑って、
「俺ばっか余裕ないみたいだから、仕返しだ」
「へ……?」
一体なんのことだろうか? 誇張抜きに今のわたしには消太さんの言葉を咀嚼するだけの力が残っていない。
消太さんは下半身を覆っていたもの全てを脱ぎ捨てると、そこから固く張り詰め、怒張したものが露わになる。毎度のことながら、こんなものがわたしの中に入るなんて、にわかには信じ難い。でも、身体は裏腹に、早く欲しいとひくひくと蠢くのを感じる。早く消太さんの形に拡げられたいと切実に望んでいるのだ。
消太さんはいつの間にやらゴムの装着を完了し、熱い消太さんの性器がわたしの蜜口とその上の陰核とをニュルニュル行き来する。微弱でもどかしい、線香花火の火花みたいな刺激だったけど、先ほど達しそうだったわたしにとってそれはすぐに大きくて激しいものに変わっていく。
そして消太さんは、蜜口から溢れた蜜を掬い上げると、陰核に塗り、それを潤滑油にして指で優しく撫でた。すごくすごく気持ちよくて、怖いくらいの快楽に、思考は真っ白に塗り潰されて、身体がバラバラになりそうになる。
わたしの反応を見ながら、消太さんは撫でるスピードを、強さを上げていき、そしてついに、わたしは果てた。陰核を中心として全身に波及していく恍惚に、はっ、と息が止まり、背中が弓形にしなって腰が浮いた。
けれど、まだなのだ。貪欲なわたしの身体はこれだけでは満足できなくなってしまった。もっともっと、欲しい。
そしてそんなわたしの頭の中はお見通しなのだろう。間髪入れずに熱い消太さんの性器が入ってきて、収縮を繰り返す膣を消太さんのカタチに押し拡げながら奥へと進む。
「やあ、あ、あああ! しょた、さ……あっ、は、あ」
わたしの性器は容易く消太さんの性器を根元まで咥え込んた。その事実に、わたしを組成する細胞の全てが歓びに打ち震えた。
「……ふー」
長く息を吐いた消太さんの眉根が寄せられている。
「ダメだ、保たない気がする」
消太さんも感じてくれているんだ、そう思うとそれだけでわたしは達してしまいそうになる。なんの言葉も出てこなくて、言葉の代わりにわたしは小刻みに頷いて、両手を広げた。抱き合って、少しの隙間もなく身体を重ねて熱を分け合いたかった。
その意図を汲んでくれた消太さんは、身体を屈めてわたしの鼻先に鼻先を寄せる。汗ばんだ身体がぴとりとくっついて、一瞬ひんやりとしたけれど、すぐに熱くなる。背中に腕を回してもっとそばにきて、とねだる。今わたしたちは一つになっているけれど、身体すらもはや邪魔に思えた。身体があるからこそ甘やかに愛し合えるのだけど、魂ごと重なることができたらいいのに、そんなことを考えた。
鼻先のじゃれあいはすぐに終わり、その代わり唇が重なった。胸がギュッと締め付けられて、それと連動するように消太さんを咥えた膣が締まるのを感じる。
「わるい、余裕がない」
僅かに唇を離してそう言うと、頭を撫でながら貪るようなキスをし、荒々しくわたしを突き始めた。ベッドが揺れて、上も下も消太さんに蹂躙される。鼓膜には結合部から聞こえてくる水の音と、消太さんの浅い息遣いと、わたしの嬌声とが聞こえてきて、それは残ることなくすぐに抜けていく。
「名前……ッ」
キスの合間、いつもと違う声色で消太さんが名前を紡いだ。
ああ消太さん、消太さん。大好きです。
言葉に出来ないくらいの多幸感は涙となって一筋流れた。
互いが互いを離してやるもんかと抱き合いながら、わたしたちはともに果てへと昇りつめた。そんな汗ばんだ夏の日の夜の話。瞼の裏、星が瞬いた。
