「あ、ナマエとモブリットだ」
ハンジさんの研究終わりに、モブリットさんと兵舎への道を歩いていたら、不意に声をかけられて声の方を見ると、ナナバさんが手を振っている。隣にはゲルガーさん。いつものコンビだ。わたしは気持ちが弾むのをそのままに、手を振り返す。
「ナナバさんにゲルガーさん! お疲れさまです」
「仕事終わり? 今からゲルガーと飲みに行くんだけど、一緒にどう」
何と嬉しいお誘いだろうか! わたしは返事をする前に何度も頷く。
「行きたいです! モブリットさんも行きますよね?」
「お誘い嬉しいです! ぜひ!」
「よし決まりだ。一緒に飲むの久しぶりじゃねえか?」
わたしはゲルガーさんの逞しい腕を首に回されて引き寄せられる。
「ぎゃー! ゲルガーさん締め技やめて!!」
ゲルガーさんはわたしを小さな男の子とでも勘違いしているのだろうか。いつもこうやって締め技をかけられる。
「あっはっは! さて、近況報告と行くか! 酒が飲めるぞーっと」
ゲルガーさんから自由になって、酒場へ歩みだした。
「ゲルガーさんいつも飲んでるくせに」
「うるせぇぞナマエ」
今度はさっとモブリットさんの陰に隠れてゲルガーさんの締め技から逃れた。
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「じゃあ、お疲れ様」
四人で乾杯をしてぐいぐいとお酒を飲む。わたしの目の前でお酒を飲むナナバさんは相変わらず美しい。金髪碧眼の線の細い美青年で、調査兵団にいなくたって顔だけで食べていけそうなほど美しいと思う。兵団の中でもファンが多い。だって近くにいると花のような匂いだってする。まあわたしの一番の推しは勿論ハンジさんだけど!
なんてナナバさんの美しさをぼうっと眺めていたら、既にゲルガーさんは2杯目に突入していた。あれ、横に座るモブリットさんもだ。ゲルガーさんは2杯目を半分くらい飲むと、わたしたちを見遣って言う。
「どうだ最近は。ハンジ班の二人」
モブリットさんは酒樽を置いた。
「最近は捕獲した巨人の行動観察に明け暮れてますよ。今日も何回喰われかけたことか……」
「今日はわたしの知る限り、4回は喰われかけてましたね」
はぁー、とモブリットさんとわたしのため息が重なる。それを見たゲルガーさんが、大層面白そうに笑った。
「心労が絶えねぇな。目の下のクマが色々物語ってるぜ」
「ナマエ、ハンジに付き合わないで眠い時は寝るんだよ」
ナナバさん甘いたれ目がわたしに向けられて、気遣いの言葉をかけてくれた。研究終わりのわたしの心に沁みわたる。
「そうしたいのはやまやまなんですけどね……今もハンジさんが巨人に喰われそうになっているかもしれないって考えると寝れなくて……」
「今日は大丈夫なの?」
「わたしとモブリットさんで眠らせました」
ね、とモブリットさんの方を見ると、モブリットさんは同意するように頷いた。
「自分の言うことは全然聞いてくれないんですけど、ナマエが機転を利かせてくれて」
「ハンジさんが寝てくれないなら、わたしは1か月ハンジさんと口ききません。って真顔で言いました」
この手が通用するのはきっとあと何回かだろうけど、とりあえず今日のところは渋々ながらも眠ってくれたから安心だ。ゲルガーさんはげんなりとした顔で「うえ」と言う。失礼な。
「なんだノロケかよ。おめぇらほんとに仲いいな」
「惚気じゃないですよ。こちとら本当に死活問題なんですからね、まあでもお陰様で仲はいいです」
「やっぱりノロケじゃねえか!! なんか痒くなってきた!」
身体をかきむしるゲルガーさんに、横のナナバさんが目を細めて笑った。そのお姿がやっぱり王子様のそれで、思わずわたしは感嘆の声を漏らしてしまうのだった。
「ナナバさんって本当に王子様みたいですよね。女子団員の中でも凄く人気なんですよ」
「そうかなあ……?」
ナナバさんは不思議そうに首を傾げた。あんまり王子の自覚がないらしい。そこがまたナナバさんの魅力なのだ。誰もが認める見目の麗しさを驕らず、なんならその自覚すらない。もはや逆に罪深いよナナバさん。謝ってよナナバさん。
「ナナバが王子なら俺はなんだよ?」
ゲルガーさんが自分を指さして、ほれほれ、と催促する。その目が凄く期待に満ちていて、わたしは困る。なぜならゲルガーさんは王子顔じゃないからだ。
うーん、とわたしは顎に手をやりゲルガーさんをしげしげと眺める。
「……側近?」
「はぁ!? なんでナナバが王子で俺が側近なんだよ! 違い過ぎるだろうが! おいモブリット、笑ってんじゃねぇよ、肩が震えてんぞ!!」
「モブリットさんわたし結構いい線いってると思うんですけどどう思います!?」
「お、俺に聞くな……。まあゲルガーさん、飲みましょう!! とことん飲みましょう!!」
「おうそうだな! すんませーん店員さん!」
モブリットさんの話のすり替え方はすごく強引だったが、お酒大好きゲルガーさんだからすんなりいった。
「でもナマエは王子みたいな私よりも、ハンジがいいんだよね」
お酒が回って血色がよいナナバさんの、試すような艶っぽい笑みに、わたしの心臓に何かが突き刺さったように痛みを訴えた。
「あ、ナマエ今ちっとナナバに心持ってかれたろ」
ゲルガーさんがさも面白そうに言う。
「いいいいえ? 何のことですか何も持ってかれてませんよ変なこと言わないでくださいほんとこれだから酔っぱらいゲルガーさんは根も葉もないことを言ってやめてくださいよねもう」
「饒舌すぎんだろ。逆に怪しいだろうが」
ゲルガーさんの言葉に、わたしは視線が泳ぎ、隣のモブリットさんと目があえば、見てはいけないものを見てしまったかの如く気まずそうな顔をして目を逸らした。
「ちょっとモブリットさん! 本当に違いますから!」
「大丈夫だ。俺は口は堅いぞ」
ちびちびお酒を飲みながらモブリットさんが言う。大丈夫って何! 口が堅いって何! 眼尻を上げてモブリットさんを睨みつけると、わたしは目の前のナナバさんに、もう。と眉を寄せた。
「ナナバさんからかわないでくださいよぉ!」
「ごめんごめん。実は私もゲルガーみたいにナマエのことからかってみたかったんだよね」
両手を合わせてウインクするナナバさんは本当にタチが悪い王子様だ。まったく、と思いつつもこの先輩たちがわたしは好きだ。こうして飲みに誘ってくれるということは、先輩方も憎からず思ってくれているわけで。調査兵団でかけがえのない仲間ができたことを嬉しく思う瞬間でもある。
「ハンジが見てたら面白くないだろうしね。ああ見えてヤキモチ妬きだし」
ナナバさんが言う。わたしは思わず首を傾げた。
「ハンジさんはヤキモチとか妬かないですよ」
わたしの言葉にナナバさんとゲルガーさん、モブリットさんがそれぞれ視線を交えた。そして、ナナバさんがふふっと笑い出し、あのね、と口火を切る。
「ナマエは気づいてないかもしれないけれど、実はハンジって結構ヤキモチ妬いてるんだよ。それをナマエに気づかれないように頑張っているみたいだけど、周りにはバレバレなんだから」
「ええー……そうですかねぇ」
嬉しいような、くすぐったいような、そんな気分。ハンジさんがヤキモチを妬いているなんて寝耳に水だ。でもやっぱり、そうは思えない。心当たりがない。
「例えば、俺たちと一緒に飲んだことをナマエがハンジに言うよな。そうするとハンジは必ず俺のところに来て、『ナマエと一緒に飲みに行ったんだって? 私のナマエがお世話になったね!』とか、自分の所有だということアピールしたりしてくるわけよ」
ゲルガーさんが言い切ると、一気に樽に入った酒をあおった。
「そのあと自分のところに、『ナマエにちょっかいだす奴はいなかった?』って偵察されます」
モブリットさんも続く。
「私なんてナマエと喋ってるだけでハンジがじいっと見てきて、必ず会話に入ってくるよ」
言われてみれば、食堂でナナバさんと一緒にご飯を食べていたりすると、どこからともなくハンジさんがやってきて合流している気がする。そうなの? ハンジさん、実はヤキモチ妬いているの? どうしよう、心臓がバクバクと煩くなりだした。
「どうしましょう、全然知りませんでした。ハンジさん可愛い……!」
両手で顔を覆い俯いて、わたしは感情をまき散らす。ハンジさんわたしにヤキモチ妬いてくれているの? 可愛い、可愛すぎる!! 嬉しすぎる!
「結局ノロケじゃねーか」
「ノロケですすみません」
「ハンジには悪いけど、たまには私たちにもナマエを貸してもらわなきゃね」
「よかったなぁナマエ、いい先輩方に恵まれて。では今日はご馳走様です、ゲルガーさん!」
「モブリットお前、しれっと何言ってやがる!! 恐ろしい班だな!」
お酒が入って幾分楽しそうなモブリットさんとゲルガーさんのやりとりを見ていて、こちらまで笑ってしまった。
今日の飲み会のことも報告したら、ナナバさんとゲルガーさんのところに行くのだろうか。想像したらとっても面白くて、わたしはにんまりしてしまうのだった。
