Still in Love.

 捧げた心臓の行く末も、エレンの選択も、人類の辿る道も、本当はすべて見届けたかった。でも何より、遺していった恋人のことが気がかりだった。
 あの子は強い子だ。何度も繰り返した凄惨な別れを乗り越えて、本当は何もかもやりきれないと絶望に打ちひしがれながら、それでも両足に力を入れて必死に立っていた。そんな姿を隣で見守っていたけれど、もうそれもできない。
 命を使い果たすとき、ほんの少しだけ後悔した。最後の最後に彼女の顔が浮かんで、もう二度と会えないのかと思ったら、心の内に閉じこめていた沢山の感情が飛び出してきて、猛烈に会いたくなった。

 ―――なんで生きて彼女のもとへ帰れないのだ。もっと生きていたい、生きて彼女に会いたい。触れたい。抱きしめたい。愛してるって、ごめんねって、今までありがとうって言いたい。

 伝えたいことも、やりたいことも、知りたいことも、まだまだ沢山ある。それらを全て投げ棄てる覚悟はしていたけれど、心の奥底にある願いを消すことはできない。
 でもきっと、死ぬ直前に一欠片の後悔もない人なんていないのかもしれない。ハンジがそうだったように、エルヴィンだって、モブリットだって、きっとそうだったのだろう。
 死ぬということはつまり、当たり前みたいに描いていた二人の未来はもうやってこないということだ。ハンジに敷かれたレールはここまでで終わって、彼女のレールはこれからも続いていく。それは他ならぬ自分で下した決断である。死屍累々の道の果て、今このときこそ自分の屍を捧げるときだと思った。彼女にはきっと悲しい思いをさせるけれど、それが、団長として下した決断だ。
 命の最後の一欠片が燃え尽きた時、背中に背負っていた自由の翼が本当の翼になったみたいに、どこへでも飛び立てるような気がした。燃え尽きた灰の中から再び生まれて、何もかもから解き放たれたみたいに。
 これからどこへでも行け、何にでもなれる。そんな高揚感を感じながら、それでもハンジは、ハンジとしてあり続けることを選んだ。そうしてかつての同胞たちと再会し、全てを見届けた。

 それからはやっぱりナマエのそばに居たくて、ハンジはナマエのそばで見守り続けた。
 しかし、ハンジのせいでどんどんと塞ぎ込んでいく姿を見るのは本当に辛かった。身体なんてもうないのに、身も心もばらばらに張り裂けそうなほどの痛みを感じながら、それでも彼女のことを見守り続けた。
 もうハンジにはどうすることもできない。今すぐ駆け寄って抱きしめてあげられたらどんなにいいのだろう。けれど、手を伸ばしても、叫んでも、もう彼女には何も届けることができないのだ。
 彼女にはハンジという到底治ることのないような深い傷が刻まれてしまって、もしかしたら死ぬまで彼女の中に在り続けるかもしれない。そのことを本当に申し訳なく思う一方で、彼女の中でずっと生きられる嬉しさみたいなものも確かにあった。苦しい思いをさせているのに、本当に身勝手だ。ごめんね。そんな謝罪だって、届けられないのだ。どこへも行けて、何にでもなれるのに、ハンジはハンジとしての言葉を届けられない。なんと切ないことだろうか。
 リヴァイもああいう性格だから、どうすればいいのか分からなくて、どんどん弱っていく彼女のことをもどかしい気持ちを抱えながらも見守り続けていた。しかしきっと、リヴァイがいるだけでナマエにとっては支えになっているのだと思う。生きてそばにいる、というのはそれだけで大きな添木なのだ。
 そしてやっと、リヴァイが一歩踏み出した。俯いていたナマエの顔を無理矢理上げさせて、前を見ろとリヴァイなりの言葉で伝える。そして、彼女にぼろぼろの手を差し出す。
 彼女は強く拒んで俯くのだけど、リヴァイは何度だって顔を上げる。その応酬の末、ナマエの固く縮こまってしまった心が開かれて、漸く彼女の目がリヴァイを見た。ぼろぼろの手を、ぼろぼろの手が握って、立ち上がる。二人の心が繋がった。

 ―――本当に、よかった。

 ハンジは心の底から安堵した。と同時に何かにつつかれたようにちくりと痛むのは、この手でナマエを幸せにしたかったからだ。それを選んだのは自分なのに、勝手だ。
 この件をきっかけに、リヴァイと彼女が少しずつ歩み寄る。手探りで、不器用で、どうしていいのか分からないと悩みながら、それでも傷だらけの手をお互いに伸ばし続ける。触って欲しいところ、欲しくないところ、一生懸命確かめ合い続ける。
 もう、大丈夫だね。ハンジがいなくたって、彼女は立ち上がれた。リヴァイの手を取り、残酷な世界を懸命に生きていくことを決めた。これから先、大変なこともあるかもしれないけれど、どうか幸せになることを諦めないで欲しい。そこにハンジはいないけれど、ずっと見守っているから。ちょっぴりヤキモチを焼いてしまうかもしれないけれど、許してね。
 今でも愛してるよ。ずっと、ずっと愛してる。触れられないけれど、何も届けられないけれど、いつだってそばにいてナマエのことを見守っているよ。
 届かない想いを胸に、今日も祈る。
 君に悪いことが起きませんように。君に降りかかる全てが優しいものでありますように。

◆◆◆

(情緒台無しな)オマケ

「わーー!! モブリット!!! 頭では分かってるんだけど、目の前でリヴァイとよろしくやってるの見るのすっげぇ辛いよ!」
「見なきゃいいじゃないですか……」
「これが見ずにいられるかァー!」
「はぁ……」
「リヴァイイイィィ!! そこ変わってくれよ!!」
「(本当アホだこの人)」

2024-10-13