『あー最後に、これは極めて個人的なお願いなんだけどね』
ハンジが最後にリヴァイに頼んだことは、確かに極めて個人的なことだった。そして手紙を押し付けると、リヴァイが返事をする間もなく、ハンジはその自由の翼をはためかせていってしまった。
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途方もない数の犠牲の果て、天と地の戦いと呼ばれる戦いが終結した。その中で、リヴァイはエルヴィンからの最後の命令を遂行した。使命を果たすまで死ぬ訳にはいかないと思っていた。そのためだったらどんな代償だって甘んじて差し出した。ヤツを仕留められるのであれば命だって惜しくなかった。逆に言えば、奴を―――ジークさえ討ち取れればそのあとのことはもうどうでもよかった。それくらいリヴァイの中心核となっていた。そしてジークを討ち取った今、リヴァイを動かしていたものはもうない。ゼンマイ仕掛けの機械が動力を失ったように、岩に背を預けてただ佇んでいた。
だが使命を果たしたらそれで終わりではなくて、これからも命ある限り営みは続いていく。
これから先のことなんて考えられないし、今は何も考えたくもなかった。だがアイツはそれを許さないらしい。友から手渡された最後の約束を果たすため、考える間もなく歯を食いしばって生きていかねばならないのだ。
もしもこれを見越してリヴァイに託したのだとしたら、なんともたちの悪い話だ。
皆が捧げた心臓の行く末を見守った余韻に浸るいとまもなく、リヴァイの頭にはハンジの遺した最後の頼みのことが頭に浮かんでいた。
やがてリヴァイは岩に預けていた背中を浮かせると、残った力を振り絞って立ち上がった。
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マーレの地で再会を果たしたナマエは、顔色が悪く疲労が滲んでいたものの、リヴァイのよく知る彼女とあまり変わらないように見えた。そしてそれがかえって彼女の不安定さを表しているようだった。
ハンジのことをまだ知らないのかとも思ったが諸々の状況を鑑みれば、ハンジの身になにかあったというのは察しがつくに違いない。だとしたら答えは一つだ。
『……ハンジのことだが』
『やめてください!』
案の定、彼女の顔色がコインを引っくり返したように様変わりし、ぴんと張り詰めた表情ですべてを拒絶するように叫んだ。今目の前の彼女が、鎧を纏わない本当の素顔なのだろう。
やはり彼女はハンジの結末を受け入れられていないのだと思い至った。
お互いに仲間の死ならば嫌というほど見てきた。班員が目の前で食べられたことも、身体の一部分しか残らなかった仲間を壁外から持って帰ってきたことも、脳裏にこびりついて忘れることができないような断末魔の叫びを聞いたことも、死屍累々の道を歩いたことも、亡くなった調査兵のブレードやガスを貰って死地をくぐり抜けてきたことだってあるだろう。だからと言って死に慣れるなんてことはなくて、失うたびに冷たい刃に心が深く斬り刻まれて、声にならない激しい慟哭が胸の中で轟いていた。
身近な人を亡くした悲しみを乗り越えて前を向くものもいるが、心を病んでしまうものもごまんといる。目から光が消えて、表情がなくなり、そして最後には壊れてしまうのだ。そんな様を、地下街にいるときから今日に至るまでたくさん見てきた。
そして今のナマエは、後者のように思えた。
しかしリヴァイに何ができるというのだろうか。リヴァイは使命のため戦うことでしか生きてこられなかった。そんなリヴァイにできることもなければ、かけられる言葉もない。自分だって生き方が分からないというのに、彼女に示せるわけもなく。自分にできることは、彼女が自力で乗り越えるのをそっと見守ることぐらいだ。そしてそんな自分が歯痒かった。
改めて、ハンジの遺した“極めて個人的なお願い”は、頼む相手を間違えたと言わざるを得なかった。
ひとまずリヴァイはハンジのことについて箝口令を敷いた。折り合いがつくまではそっとしておくという共通の認識のもと、誰もが静かにナマエのことを見守った。
もしこのまま彼女が、摘み取った花がいずれ枯れていくように、心が壊れていってしまうようであれば、その時は無理矢理にでも前を向かせてしまおうか、と考えたりもしたが、そんなやり方しか思いつかない自分に堪らず舌打ちをした。
そして最終的には、様子を見てアルミンに助言をもらおうと考えた。
ところがリヴァイの心配は杞憂だったのか、彼女は少しずつ元の自分を取り戻していったようにも見えた。だからリヴァイは折を見て尋ねた。
『心の整理はついたか』
しかし、答えは否だった。完璧な笑顔で言ったナマエを見てリヴァイは悟った。ハンジのことを受け入れたわけではなくて、平気なふりをすることが上手になっただけなのだ、と。
それでもこのときはまだ、時が経てばいつかは前を向いていけると思っていた。これまでだって何度も別れを繰り返してきて、その度に立ち上がってきたのだから。近しい存在だったニファやモブリットを亡くした時も、その想いを、無念を受け継いで彼女は立ち直っていった。
だがリヴァイの認識は間違いだった。彼女がこれまで何度だって立ち直ってこれたのは、月日がそうさせたのではなくて、アイツがいたからなのだと気づいたときには、一緒に住み始めてもうすぐ二年が経とうとしていた。
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この家でナマエと過ごす時間は、リヴァイにとってはとても新鮮なものだった。この年になって女性とひとつ屋根の下で過ごすとは思わなかったし、もっと言えばこんな身体で異国に住むなんて誰が思っただろうか。
一年経つ頃には互いに互いの役割を全うする、悪くないと言える同居人同士になった。ひとつ、誤算というべきか、驚いたことといえば、一緒のベッドで手を繋ぎながら寝ていると言うことだ。今となってはそれも当たり前だが、たまに寝ているときに抱きつかれることがあるのは困ったものだ。しかしずっとくっついているわけではなく、朝目覚めるときには離れているので彼女も覚えていないだろう。
彼女から雪崩れるように伝わってくる温もりや柔らかな質感は、どれもリヴァイのそれとは違っていて、触れ合ううちに悪くないと思うようになっていた。そして今ではそれがないと違和感を感じるのだから、不思議なものだ。
それからいつのことだったか、ガビが畑で収穫できたもので菓子を作って持ってきたときのことだ。名称は覚えていないがさつまいもを使った菓子を二種類もらって、それを二人で食べていた。そのときナマエが、
『兵長のやつ、一口食べてみてもいいですか』
と聞いてきた。リヴァイはある種の衝撃を感じつつも差し出せば、ナマエは
『ありがとうございます。これもどうぞ、美味しいですよ』
と言ってナマエが食べていたものを差し出した。以前の自分ならば、いらねぇの一言で済ませていたが、リヴァイは黙ってそれを受け取って、人が食べ途中のものを口に含んだ。だが嫌悪感はなく、寧ろすんなりと受け入れられたことに、自分が一番驚いていた。
それは、時の流れがそうさせたのか、マーレに来てから色々なことがどうでもよくなったからなのか、リヴァイには分からなかった。
そしていつしか二人で違うものを食べていれば、分け合うのが当たり前になっていた。
こういった日常の些細なことから、己の変化を感じ取るような日々が続き、リヴァイ自身戸惑いながらも、それを受け入れていく。
少しずつ自分の領域と彼女の領域の境目が曖昧になっていき、気がつけば二人重なった領域がどんどんと広がっていくような感覚だ。
それなのに、二人の根幹にある大切なことにきちんと向き合えていないことに空虚な思いを抱いた。こんなに近くにいて、触れられて、温度も感じられるのに、その実、すべてが蜃気楼の見せる幻のようにも思えた。
そしてそんな日々を送る中で、彼女が少しずつ壊れ始めているのではないかと思い始めた。きっかけは魂が抜けたようにぼうっとすることが増えてきたことに気づいたことだった。これまでも時折ぼうっとしていることがあるが、それがどんどんと増えていっている。それはまるで、彼女の中に穴が開いているようだった。穴が空いた風船は、その穴を塞がなければ膨らむことができないように、彼女はいくら空気を吹き込もうが、空いた穴から出て行ってしまうのだ。そしてその穴はどんどんと大きくなっていて、やがてどれだけ空気を入れても風船が膨らむことはなくなる。
彼女はゆっくりと壊れ始めている。
もう時間が解決するのを待つわけにはいかなくなってしまったことに気づいたが、なんの解決策も見出せていないことにじりじりと焦燥にかられた。
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アルミンたちを載せた巨大な船が蒸気をあげてパラディ島へと旅立っていく。彼らは連合国大使として、和平交渉へと向かうのだ。正装した彼らが船上から手を降って、どんどんと遠ざかっていく。リヴァイとナマエ、そしてオニャンコポンとガビとファルコは船が見えなくなるまでずっと見守り続けた。
水平線の彼方に船が消えて暫く経った頃には見送りに来ていた見物客も殆んどいなくなっていて、最終的に海を見つめて佇んでいるのはナマエとリヴァイの二人だけになった。
ナマエは海原を見ながら言った。
「上手くいくといいですね」
「諦めの悪い奴らだからな、大丈夫だろう」
「それもそうですね」
車椅子を押して「さあ帰りましょうか」と彼女が言ったところで、「なあ」と呼び止める。すると動き出した車輪はピタリと止まる。
今しかないと思っていた。今、このタイミングで彼女と向き合わなければ、もう二度と彼女は戻ってこないと思ったのだ。
ややあって、リヴァイは言葉を続けた。
「初めて海を見たときのことを覚えているか」
「勿論、覚えていますよ」
今ナマエがどんな表情をしているのか、見なくても手に取るようにわかった。一瞬顔を強張らせて、すぐに取り繕うように表情を柔らかくするのだ。
眼前に広がる紺碧の海原は、無垢な陽を燦々と受けて輝いている。今となっては見慣れた海だが、パラディ島の人間にとっては、数年前は本の中でしか存在し得ない存在だった。
「お前らは初めての海にはしゃぎにはしゃいで、得体の知れないものも平気で触っていたな」
リヴァイの脳裏には、昨日のことのようにあの日のことがくっきりと浮かんでいた。春の暖かい日差しが降り注ぐ中、新緑の匂いに迎えられながら馬を走らせて初めて到達した海。ズボンの裾をまくり、最初にハンジが海の中へ行って、いつも以上に変な声を上げる。そして躊躇っているナマエへと手を伸ばして誘う。ナマエはハンジの手をとって、海の中を一歩、また一歩と進む。入ってしまえばもう恐れるものなど何もないとでも言うような眩しい笑顔を浮かべて二人は海の匂いを嗅いだり、舐めたり、海の中にいた生物をつかみ上げたり。そしてそんな二人を砂浜から見守る自分がいた。
「リヴァイ兵長は最後まで海に入りませんでしたね。……さあ、おうちに帰りましょう」
もうリヴァイの言葉になんて耳を貸さないとでも言うように、車椅子を押して家へと戻っていく。やはり彼女は向き合う気がないらしい。
いつもだったらもうこれ以上何か揺さぶるようなことは言わない。だが今日は違う。リヴァイは車椅子に揺られながら、このあとのことついて考えを巡らせた。
家に戻ると、そのことには触れずにいつも通り過ごして一日が過ぎていく。そして寝る前の準備を済ませると、リヴァイはナマエよりも先に寝室へ向かい、壁に背を預けてベッドに座っていた。すると少し遅れてナマエもやってきて、リヴァイに問う。
「もう寝ますか?」
寝るといえば明かりを消してナマエ自身もベッドに潜り込んでくるのだろう。だがリヴァイは勿論まだ寝る気はなかったし、彼女を寝かせるつもりもなかった。
「まだ寝ねぇ」
「わかりました」
ナマエもベッドに入ってきてリヴァイの左側に座ると、今日一日の余韻に浸るように息をついた。今からリヴァイが踏み込んだ話をするなんて思ってもいないだろう。
リヴァイはベッドに置かれたナマエの手をぎゅっと握って、ナマエの方を見た。
「なあ、ナマエよ。俺はお前がこのままだと壊れちまうと思っている」
「どういうことですか?」
ナマエの瞳は、リヴァイの真意を推し量れずにいて、窺うような色をしていた。
どうやって話を切り出すか、どんな言葉をかければいいのか、自分なりに悩んだものだが結局答えは出なかった。
例えばアルミンならば彼女の凍りついた心を解かす暖かくて柔らかい言葉を持っているかもしれない。
けれどリヴァイはそんな言葉なんて知らない。彼女の凍りついた心の最奥に到達するには、リヴァイの持つ言葉で進んでいくしかないのだ。
「お前はここにきてから一度も泣いていない。ハンジのこと話そうとすると、途端に拒絶する」
「……放っておいてください」
リヴァイの言葉の真意を理解したナマエの震えた声に怒気が含まれる。だがもうリヴァイは放っておくつもりなんて毛頭なかった。
「俺はハンジにナマエのことを頼まれたんだ。放っておけるわけがないだろうが」
ナマエは沈黙し、唇を噛むと、何か答えを探すように視線を彷徨わせる。リヴァイは構わずに言葉を続けた。
「お前はちゃんと悲しまないといけない。受け入れて、悲しんで、前を見なくちゃならねぇ。このままだとお前の中にいるハンジまで消えちまう」
「やめてください……」
ナマエはリヴァイが握っていた手を振りほどいて、両手で自分の体を掻き抱いて俯く。
「やめるわけねぇだろ。お前を繋ぎ止めるため、こちとら必死なんだ」
「わたしは、消えたりなんて」
「俺の目を見ろ」
ゆっくりと顔を上げて、ナマエはリヴァイの顔を見た。目は口ほど物を言うというが、彼女の揺れた瞳も例外なく溢れてしまいそうな感情を湛えていた。
「俺たちは数えきれないほど大切なものを亡くした。その悲しみを分かち合うことも許されねぇのか」
この終末の大地の片隅で、すべてをなくした者同士で身を寄せ合って、仲間を悼むことも許されないというのならば、それはなんと悲しいことなのだろうか。
「違い……ます」
ナマエはそう言うと再び俯いた。
「もう三年経つ。俺たちはきっと、あの日からまだ進めてねぇ。なぁナマエよ、俺と一緒に一歩踏み出してみるのはどうだ」
そこから長い沈黙が生まれた。ここから逃げる言い訳を探しているのか、覚悟を固めるものなのか、それは分からなかったが、永遠に続くかとも思われたその沈黙は、か細いナマエの言葉で終わりを告げた。
「……り、です」
「ん」
「無理です」
顔を上げたナマエは今にも泣きそうで、なぜか無性に引き込まれる顔をしていた。泣いてしまえばいいのに、そうしたらその涙を拭うことだって、抱きしめることだってできるのに。しかしナマエは泣かない。その代わり、その思いの丈をぶつけた。
「……聞きたくないんです! いやなんです! 無理なんです! だって聞いたら、ハンジさんがいなくなっちゃう……! どうしてなんですか? わたし、知らない……! 何も知りたくない!」
すべてを拒絶して、今にも崩れてしまいそうな己を守るように必死に叫んでいる。ここまで感情をむき出しにするさまは初めてみた。そしてそれは、きっといいことなのだと思う。感情を殺して心を壊し続けるより、ずっといい。
ナマエはリヴァイになおも訴えかける。
「どうしてわたしが生きてるんですか! ハンジさんはいないのに、なんでわたしが生きてるんですか! なんのために?! どうして? 消えたいんです、もう死んで、ハンジさんと会いたいんです……!」
気がつけばリヴァイは彼女のことを抱きしめていた。ナマエは離れようとするが、それをリヴァイは許さない。きついくらい抱きしめて、バラバラに張り裂けてしまいそうな彼女を閉じ込めるようにこの腕の中で捕える。そして彼女の心に届くように、ゆっくりと言葉をかけていった。
「俺はハンジではない。ハンジの代わりになれるとも思ってねぇ。生き残ったのがハンジだったらどれほど良かったかと、何度だって思った。だがな、どれだけ嘆いても、結果は変えられねぇ。今ここにいるのは、俺とナマエだ」
彼女の抵抗は徐々になくなっていき、彼女の呼吸に合わせて体が動くのだけが伝わってくる。
幾度も繰り返された嘆きと、結論。何かを差し出せばハンジと代われるというのならば、いくらでも差し出せる。だが現実は何をしてもハンジは戻ってこない。死に損ない、今ここにいて同じ時間を生きているのは、リヴァイだ。だから彼女が立ち直るために添え木のような存在になるのは、自分以外は有り得ないのだ。それは友の最後の頼みであり、他でもない己の意志でもあった。
「だから俺は俺として、これから先、アイツが繋いでくれた残された時間をお前と生きていきたい。だから消えたいとか、死にたいとか、思うな。いや、思ってもいい。だが、消えないでくれ、頼む」
リヴァイの祈りにも似た願いは、静かなこの部屋に溶けていくようだった。リヴァイの腕の中で動きを止めたナマエから何の言葉も返ってこない。
沈黙は一体どれくらい続いたかわからないが、リヴァイの腕の中からナマエは出てきて、再び向き合った。その瞳は、どうやら覚悟を決めたようだった。そして痛いくらい噛み締めたであろう色を失った唇を開いた。
「ハンジさんのことを、教えてください」
ずっとこの言葉を待っていた気がした。
「……第十四代調査兵団団長、ハンジ・ゾエは」
できるだけ鮮明に全てが伝わるように、リヴァイの知る限りの全てを話した。三年経つというのに、まるでつい昨日のことのように思い出せる。あの日のことを片時も忘れたことはなかった。話をしながら、リヴァイは自分自身の気持ちも少しずつ蘇ってくるようだった。
リヴァイの話を聞きながら、ナマエの瞳から一筋の雫が零れた。そしてそれは二つ、三つと幾つも溢れていき、シーツに染みを作って広がっていった。
両手で顔を覆い、肩を震わせて、三年前に発散するべきだった感情を漸く解き放った。
長い慟哭の末、漸く落ち着きを取り戻してきたナマエにリヴァイはハンカチを渡す。感極まった余波なのだろうか、それにもまた涙を流して、礼を述べて真っ赤に泣き腫らした目をハンカチで拭った。
「はいかいいえでいい、答えろ」
ナマエはひとつ頷いたので、リヴァイは続けた。
「辛いか?」
ひとつ頷く。辛い気持ちから逃げないで受け入れたことは大きな前進と言えるだろう。
「消えないでくれるか」
二度、頷いた。死んでしまいたいと言っていたが、どうやら希望を見出してくれたようだ。
「一緒に生きていくか」
再び二度、頷いた。これからも一緒に生きていけるらしい。
「俺は、嫌か」
一瞬の間と、瞠目。リヴァイは何気なく言った質問を即座に後悔し、取り下げる。
「今のは意地の悪い質問だったな。答えなくていい」
こんなタイミングで嫌かと聞かれれば、嫌だなんて言えるわけがない。するとナマエは首を横に振り一生懸命意志表示をして、言葉にする。
「嫌じゃありません」
そういって、リヴァイを見るナマエは蜃気楼なんかではない。先の見えない迷路の果てでやっと本物の彼女に会えた気がした。
「兵長がいたから、やっとわたしはハンジさんのことを受け入れられました。今、ちゃんと生きてるって感じがします」
「そうか」
「だから、嫌なわけ、ないじゃないですか。兵長のこと」
「……今更だか俺はもう兵長じゃねぇ。リヴァイでいい」
今だけは無性に名前で呼んで欲しかった。母の付けたその名前を。
「……リヴァイさん」
「それでいい」
ナマエはリヴァイの顔に刻まれた縫い跡に指を這わせた。愛おしむようにその跡をなぞり、それはやがて唇で止まる。そして視線が絡み合う。潤んだ瞳が一生懸命リヴァイを見つめている。二人を繋いでいた、か細くて不安定なものが、少しずつ克明になっていくのを感じた。
リヴァイは唇に這わせていた手を握ってベッドに押し付けると、ナマエの唇に己の唇を重ねた。ナマエは抵抗するわけでもなく、ただただ受け止める。角度を変えて何度もキスをすれば、ナマエは握っていない方の手をリヴァイの頬に添えた。
顔を離せば、熱を孕んだ瞳と視線が交じり合う。
「今日だけでいい、お前を抱きたい」
僅かな戸惑いを見せつつも、ナマエはひとつ頷いた。
「お前が生きているんだって、感じさせてくれ」
「わたしも、兵長のこと……っ」
噛み付くようにキスをして、舌をねじ込む。そこで感じた熱から、生を感じた。
◆◆◆
次回、R18ですのでご注意ください。
