35−β.森からの奇跡

 それから一年ほどの年月が過ぎた。ナマエとリンクはロンロン牧場で一緒に暮らし、牧場の仕事をしつつハイラル復興のためゼルダの手伝いをしている。
 ハイラル復興はまず、瓦解した城下町を立て直すところからはじめていった。ゼルダの指揮のもと、リンクはまず城下町に蔓延る魔物たちを一掃した。それから崩れた家屋の瓦礫等を撤去し、城下町は真っ新になった。ここから新しく始まるのだ。今は新しい町を作るため日夜大工が汗を流している。
 リンクやナマエをはじめ、ロンロン牧場の皆も城下町の立て直しのために尽力している。ミルクを差し入れたり、瓦礫を運び出したり、一緒に木材や石材を運んだり。更には、ゴロン族やゾーラ族、ゲルド族までもが人員を派遣してくれて、復興を手伝ってくれている。
 まだまだ時間はかかりそうだが、それでも異種族同士が手を取り合って一歩ずつ復興へと近づいていく様を見るのは感慨深い。
 ガノンドロフに支配されていた七年間は取り戻せないが、逆に考えればそれがあったからこそ、このように異種族同士が同じ目標に向かって目線を合わせることができたのだ。だから、あの日々は決して無駄ではなかったと言うことだ。
 ゼルダもカカリコ村の村人たちと同じような服に身を包み、汗水流して共に働いている。ぱっと見て姫とは気づかないくらい馴染んでいるのは、村人たちと日夜膝を突き合わせているゼルダだからこそだろう。
 先日は鼻先とおでこに泥をつけていて、ナマエが持っていたハンカチで拭えば、ゼルダは気恥ずかしそうに頬と耳先を赤らめてはにかむものだから、それがまた可愛かった。大人びたゼルダの、年相応の表情が垣間見えた瞬間だ。
 いつの日か、インパが言っていた。ゼルダは今まで心を許すことができる存在が殆どいなかった。
 神の子と言われていた幼少期、全てを奪われて、己すら欺くためにシークとして生きて、先の見えない闇の中で出口を求めてもがき苦しみながら歩き続けたこれまでの日々。
 漸く全てから解放されて、たった一人で一国を背負う重責はあれど、今は支えてくれる仲間がいる。光に向かってただひたすら走ることができる。
 共に闘った年の近いリンクやナマエの存在は、ゼルダにとっても大きいのだという。
 だからこそ、ゼルダが年相応の表情を見せると、ナマエは嬉しくなる。
 嬉しい気持ちをそのままにナマエは笑うと、ゼルダはムーッと眉根を寄せて可愛らしい表情で拗ねたように唇を尖らせた。その表情にナマエは益々笑いが深くなる。

 検討すべき課題も、決めるべきことも山積みであるが、きっと上手くいく。ナマエにはそんな風に思えた。

 リンクはコキリ族の象徴である緑衣を脱いで今は動きやすい牧童服に身を包んでいる。最近ではすっかり剣ではなく藁をかき集めるフォークが板についてきた。最初は勇者様に乳搾りなんて……と言っていたタロンだが、今では乳搾りも牛舎の掃除も当番表には当たり前のようにリンクの名前が入っていて、すっかりロンロン牧場の一員だ。今日もリンクは朝一に搾乳したのち、午後はナマエとともにゼルダに付き添い、城下町復興作業の手伝いの予定だ。
 リンクとマロンとナマエはお昼用に作ったサンドウィッチを放牧場の奥にある東屋の下で、肩を並べて食べていた。温かな日差しと頬をなでる柔らかな風が気持ちいい。午後からの仕事に向けて気合を入れるところだが、お腹も満たされて少し眠くなってきた。

「午後は城下町に行くんだっけ」

 そう聞くのはマロンだ。ナマエとリンクはそれぞれ頷いて、ナマエは空を見上げる。
 少し、ほんの少しでいいから昼寝がしたい。どこまでも真っ青な空に、柔らかい綿菓子のような白雲。頬を撫でる風は涼やかで、目を瞑って深呼吸すれば牧草の香りが肺いっぱいに広がった。
 ねえ、少しだけ昼寝しない? そう二人に提案しようと口を開いたそのときだった。牧場の入口に、小さな緑色の人影が動くのが見えて、ナマエは口を開いたままそれを見遣り、ぽつりと呟いた。

「……お客さん?」

 緑の人影は二つあって、おっかなびっくりと言った様子で身を寄せ合い恐る恐る歩みを進めているようだ。背の丈は小さく、子どものように見える。
 最近は牧場に見学に来たり、搾りたてのミルクを飲みに来たりする人が増えてきているので、来客はそこまで珍しいわけではなかったが、二人が身に纏っているのが揃いも揃って緑衣というところに引っ掛かりを感じる。
 ナマエの言葉を受けてリンクとマロンも入り口を見ると、リンクは人影に心当たりがあるのか、腰を浮かして凝視する。

「サリアとミド……?」

 呟くように名前を紡いだリンクの瞳はまんまるに見開かれていて、驚愕を湛えている。ナマエはもう一度目を凝らしてみると、言われてみれば、二人の姿に見えてきた。
 三人は立ち上がり、牧場の入口まで小走りに向かっていく。先方も三人の存在に気づいて、まだ距離が離れているがこちらを見ている。リンクがスピードを上げたのはすぐだった。ナマエも急いでリンクを追いかければ、放牧場の入り口で邂逅を果たした。
 緑衣の二人はリンクの言った通り、サリアとミドであった。
 二人はリンクを見ると、ホッとしたように顔を綻ばせた。二人の周りには妖精も飛んでいて、それぞれ色が異なる三匹だった。その中の一匹の色味にはとても既視感がある。その妖精は僅かに青の入り混じった白の身体で羽根をはためかせている。

『リンク! ナマエ!』

 そして、懐かしい声が二人の名前を呼んだ。瞬間、万感の思いが込み上げてきた。
 ナビィだ。ナビィがサリアとミドと一緒にやってきたのだ。
 ナマエの中に湧き上がった沢山の感情が堰を切ったように溢れて、それが雫としてこぼれ落ちた。抱きしめたい衝動に駆られて両手を開いたが、ナビィが潰れてしまうかもしれないと考えて踏みとどまった冷静な自分を褒めてあげたい。そしてその衝動をリンクにぶつけることにした。隣に立つリンクに横から抱きついて、声をあげて泣いた。
 一方リンクは、何か言いかけた口をギュッと引き結んで何度か瞬くと、小さく彼女の名前を呼ぶ。その声はナマエの泣き声にかき消されてしまいそうなほどか細いが、それでもナビィにはちゃんと届いていた。
 ミドは、二人の大人の男女が抱き合っている姿を直視できなくて、バツが悪そうに視線を逸らした。その隣のサリアはニコニコと再会を見守っている。
 よく晴れた昼下がりのロンロン牧場に、羽根の生えた小さな奇跡が舞い降りた。

+++

 午後の仕事は、事情を話してマロンが代わりにやってくるよ、と申し出てくれたので、そのご厚意を有り難く受け取ることにした。
 遥々コキリの森からやってきてくれたサリアとミドを引き連れて建物の中に入ると、タロンとインゴーがいて、小さな来客に気がつくととても嬉しそうにもてなしてくれた。大きな一枚板でできているダイニングテーブルに案内したのちに搾りたてミルクを出して、カカリコ村で買ったお菓子を出すと、ごゆっくり、と言って立ち去っていった。
 大きな木目のテーブルを、四人と妖精三匹が囲う。ナマエの前に座ったミドからは、サリアの手前、格好つけたいというのがひしひしと伝わってくる。だが初めて目にしたミルクや初めてやってきた場所にソワソワを抑えることができないでいるのが、なんとも可愛らしい。
 リンクがサリアとミドの顔を見渡して、一番最初に口を開いた。

「サリア、ミド。改めてよくここまで来たね。無事で良かったよ」

 ガノンドロフが消え去った今、魔物の数も少なくなりつつあるが、すべていなくなったわけではないため魔物の脅威はゼロではない。ミドは一度ロンロン牧場に来たことがあるとは言え、たった二人で武器を持たずにハイラル平原を歩くのは危険なことこの上ない。だからこそ、ナマエも二人が無事にたどり着いたことが喜ばしいし、そこまでの危険を冒してここまできた理由が気になった。
 リンクの言葉を受けて、ミドは得意げに鼻の下を擦って言う。

「あったりまえだろ、リンク」
「おいミド、なんで呼び捨てになってるんだよ。この間は兄ちゃんって言ってただろ」
「だって兄ちゃん、リンクなんだろ。じゃあリンクだよ」
「なんだと!」

 どんどんと話の方向性がズレてきてるので、見かねたナマエが制止をかける。

「ちょっと、話がズレてきてるよ。ミド、サリア、二人はなにか訳があってきてくれたんだよね?」

 この二人に話の主導権を渡しては先に進まないと判断し、ナマエが問う。ナビィを連れてくるため? と考えたが、ナビィひとりでもロンロン牧場へ来ることができるため、その線は薄そうだ。となれば、危険を冒してまで来てくれた二人には、何か用事があるに違いない。
 ナマエの問いに対して、サリアが答えた。

「アタシたち、リンクとナマエに会いたかったんだ。だからナビィについてきたんだよ」

 あまりに純粋無垢な理由に、ナマエは僅かに呆ける。自分たちに会うために危険を冒して遥々ときたなんて、胸が衝かれる思いだった。
 リンクは「そうなの!?」なんて声のトーンが幾分上がっている。これがミドの言う、サリアにデレデレ状態であることは明白で、一瞬白い目をリンクに向けるが、ナマエの前に座るミドが言った言葉で帳消しになる。

「オイラだってナマエに会いたかったんだ。ほら、コキリの森に帰った後いつの間にかいなくなっちゃっただろ」

 森の神殿の呪いを解いた後、ミドには別れを告げずに森を出てきたのだ。照れくさそうに言うミドは相変わらず可愛いが、それに伴って引きずられるように思い出されたことがあった。

「そういえば、コキリ族は森から出たらいけないって……」

 ガノンドロフを倒した後のロンロン牧場にはミドと、賢者の任が解かれたサリアがいた。その時リンクが再会したサリアやミドから森から出ることができた理由を聞いたというのでそれを教えてもらったが、リンクの説明では不明な点が多くて、いまいち釈然としなかったのだ。だから何故コキリ族の二人が外の世界に出てこれたのかがよく分からないままだった。
 その問いには、ナビィが答えてくれた。

『デクの樹サマの子どもがね、コキリ族のみんなに教えてくれたんだヨ』

 ―――コキリ族は、もとは争いに疲れて森へと逃げたハイリア人だった。そして彼らが永遠に子どもなのは、デクの樹の力に拠るものだった。デクの樹の魔力が届く場所にいれば、年を取ることがない。しかし森の外へ出ればデクの樹の魔力が届かなくなるので、年を取り、成長を始める。だから森の外へ出ることを禁じていたのだった。
 そしてそのデクの樹はガノンドロフの呪いに蝕まれて亡くなった。森の神殿の呪いを解いたことで新たに生まれたデクの樹の子どももその力を有しているが、デクの樹の子どもはある決断を下す。
 すなわち、コキリ族の皆にすべての事実を伝えるということだ。そしてそれを踏まえて宣言した。

『これより森を出てはいけないという禁忌をなくしマス! 森に残ってもヨシ、森から出てもヨシ、デス! 皆さんは自由デス!』

 告げられた事実に皆困惑した。森の外に興味を持ってはいるものの、誰も森の外へは行かなかった。
 その中で、ひとりの男が立ち上がる。ミドだ。彼は最終決戦の行く末を見守るためロンロン牧場へとひとり赴いたのだった。
 そして今回はミドとサリアが、リンクとナマエに会うため森の外にやってきたというわけだ。

「さすがだね、ミド」

 ナマエが褒めそやすとミドは誇らしげに「まあね」と胸を張った。するとリンクが「俺も一人で森から出たんだけど」とむくれたので、「そうだね、さすがだねリンク」と同じように褒める。あちらも立ててこちらも立てなければならないようだ。
 それから、そのような経緯でコキリ族に自由が与えられた後には、妖精であるナビィにも自由が与えられた。
 本来ならば役目を終えた妖精は森に戻り、次なる相棒を待つことになる。それが掟だ。
 だがデクの樹の子どもは告げた。

『アナタの相棒は、リンクデス。今もきっと待っているはずデスヨ』

 リンクはコキリ族ではない。だから役目を果たすまでの期限付きの相棒だった。しかし、デクの樹の子どもはナビィはリンクの相棒だと言ってくれている。ナビィはその言葉を有り難く受け取った。
 だがすぐに飛び立てるほどの体力はナビィには残されていなかった。ナビィは最終決戦で消耗した力を少しずつ取り戻していき、そして今日、ついにリンクのもとへ戻ってくることができたのだ。
 ナビィの話を聞き終わると、ナマエは久しぶりに再会を果たしたナビィを改めて見て、その奇跡に感謝をしながら感慨深げに言った。

「森も変わると思うって言っていたけど、まさかこんなに変わるとはね」

 魔王ガノンドロフを倒して世界は変わったが、まさかコキリの森がこんなにも変わるとは思わなかった。デクの樹の子どもの決断と、その柔軟さには驚かされる。

『なんにせよ、二人にまた会えてすっごく嬉しいヨ。それにしてもリンクが緑の服着てないの、すっごく新鮮だネ!』
「似合うだろ?」

 得意げにナビィに言うリンクは、すっかり旅をしていた頃のリンクだ。
 それから四人は思い思い歓談に興じた。窓から差し込む光はいつの間にやら橙色に変わっていた。
 やがて仕事を終えたタロンが戻ってきて、泊まっていくのか尋ねた。今から帰ってもじきに夜になってしまうため、サリアとミドは泊まっていくことになった。
 サリアはナマエの部屋で、ミドはリンクの部屋で寝ることになったのだが、これにはミドが不平不満を漏らした。しかし、サリアが「言うこと聞かないとダメだよ」と可愛らしくも強めに言ったため、不承不承と言った様子ではあるが承諾した。そうこうしているうちにマロンが帰ってきて、リンクとナマエは仕事を代わってくれたことに対して改めて感謝を伝えた。ミドはやっぱり大人の女の子であるマロンにも大層照れていて、なんとも可愛らしかった。そしてそれをからかうリンクも実年齢相応に楽しそうで、見ていて心が安らいだ。
 夕飯は当番のインゴーが作ったクリームシチューで、初めてシチューを食べたサリアとミドはいたく感動していた。それからサリアとナマエは一緒にお風呂に入り、お風呂から上がったらあっという間にベッドの中だ。最初は別で布団を敷いたのだが、一緒に寝たいとサリアがいうので同じベッドに入り込んだ。
 隣のリンクと部屋からは最初こそどっちがベッドで寝るか争うような声が聞こえていたが、すぐに聞こえなくなった。きっと疲れて寝たのだろう。
 窓から差し込んだ月明かりで薄らと横顔が見えるサリアは子どもだが、実際はどれくらい生きているんだろう。なんて若干失礼なことを考えていたら、サリアは天井を見上げながら静かに言葉を発した。

「リンクね、森の賢者として再会した時、一番最初に『サリアからもらったオカリナ壊れちゃったんだ、本当にごめんね』って謝られたんだ。そういうところ、きっとナマエも好きになったんだろうなって思ったんだ」

 彼女の言葉は宵闇に溶けていくような静かで穏やかなものだった。サリアの語ったリンクは真っ直ぐで、純粋で、温かい。とてもリンクらしいな、と思う。
 サリアはナマエの知らないリンクを知っているし、ナマエはサリアの知らないリンクを知っている。今、こうして名前しか知らなかったサリアと同じ布団にくるまって、同じ男の子のことを話していることに奇妙な思いを抱きつつ、ナマエは言う。

「リンクらしいね。ねえ、女子会しようか。もっとリンクのこと教えて欲しいな」 
「ふふふ。あのね―――」

 サリアはコキリの森にいたことを教えてくれて、ナマエは一緒に冒険していたときのことを教えた。そうして遅い時間までサリアと夜の女子トークを楽しんで、眠りに就いた。
 翌日、ロンロン牧場を満喫したのち、サリアとミドを乗せて馬車でハイラル平原を行き、コキリの森へと続く入り口まで送り届ける。迫る別れのときに、ミドは寂しそうな表情を浮かべてリンクとナマエとを見上げた。

「また、会えるよな?」

 ミドの瞳や言葉の端から伝わってくるどうしようもない寂寥感を払拭してあげたくて、ナマエは微笑みを浮かべた。

「今度はわたしたちが遊びに行くよ。ね、リンク」
「ハイラルに魔物が増えないようにするのも俺の仕事だし、たまにはコキリの森も見回りしないとね。デクババ、退治しにいくよ。それまではミドに頼んだぞ」
「別にオイラだって退治できるけど、待っててやるよ」

 ミドは腕をくんで照れくさそうに言った。そんな様子をサリアが微笑みながら見やり、そしてその視線をナマエへと移した。

「また女子会しようね」
「だね。楽しみにしてる」

 ナマエも微笑んで言えば、男子たちは不思議な顔をして女子会について尋ねるが、もちろん内緒だ。
 そしてミドとサリアは森へ、リンクとナマエはロンロン牧場へと帰っていった。
 その日の夜、リンクがナマエの部屋にやってきた。リンクの傍にはナビィがいて、ふと懐かしさが込み上げてくる。けれどこれからは再びこれが普通の光景になるのだ。
 久々に三人の時間を過ごして、最終的にリンクはナマエのベッドで寝落ちをした。穏やかな寝息が聞こえてきて、ナマエとナビィは笑い合うとナビィが羽根をはためかせてナマエのそばへとやってきた。

『リンクってば、相変わらずだネ』
「そうだね、リンクはずっとリンクだよ。変わってない」
『二人はもう結婚したの?』

 さらりと聞かれて面食らうものの、ナマエはゆるく頭を振る。

「してないよ。旅をしていた時と変わらないかな」

 リンクはナマエのことを好きでいてくれて、ナマエもリンクが好きだ。リンクの瞳を見ていれば好きだという気持ちが伝わってくるし、彼に対して不安に思うことはない。彼はいつだってナマエのことを思ってくれていて、大切にしてくれている。それに一つ屋根の下で生活しているからほとんど結婚しているようなものだが、結婚したかといわれれば、している訳ではない。そもそもこの世界で結婚をしたと証明するにはどうすればいいのかも、実はよくわかっていない。

「ねえナビィ、そもそもどうすれば結婚したっていうことになるの?」
『ハイリア人の場合はネ、家族や友人に見守られながら女神ハイリアに誓いを立てるのヨ』

 なるほど、結婚式のようなものをするということなのだろう。そして誓う相手は女神ハイリア。
 けれど、とナマエは表情が暗くなるのを感じる。
 女神ハイリアはこの世界に紛れ込んだ異物と、この世界を救った勇者が結ばれることを祝福してくれるのだろうか。そんなことを考えたら、ちくりと胸が痛んだ。

「わたしはリンクに相応しいのかなぁ」

 規則的に上下する胸に何度だって抱きしめられた。微かに開いた唇とキスだってした。(その先のことはもっとリンクの心が大人になってからだと思っているので、手を出すことも出されることもないし、きっとリンクはその先のことなんて知らないはずだ)
 旅をしていた頃は何も考えずにリンクとの関係を楽しんでいた。けれど今は―――
 ナマエは肺いっぱいに息を吸い込むと、やがて自身の中に渦巻く陰鬱な気持ちを吐き出すように深く息をついた。
 世界を救った勇者の血筋を神の声を聞くことができないものと交えることを許してくれるのだろうか。