さて歩き出そう、と改めてゲルドの砦へと歩き出したとき、『そういえば』、と言ってナビィが紡いだ言葉はナマエに衝撃を与えた。
砂漠にはゲルド族と言う種族が住んでいて、女性しかいない。それは先刻ナビィから聞いていた。そして女性しかいないからこそ、強く逞しい女性が殆だということも聞いた。けれど、このことについては、言われて今、漸く思い出した。
「そうだ、ゲルド族は盗賊だったんだ!」
そういえば、リンクが水の神殿に行っている時にシークにハイリア湖畔で教えてもらった。あの時はシーカー族について聞くのが主であったため、その他の種族についてはすっかり忘れていた、と言えば言い訳になるだろうか。とにかく、ゲルド族の生業をナビィに言われて思い出して、ゾッとしたのだ。盗賊と聞いていい印象を抱くことができず、寧ろ悪い印象しか思い浮かばない。
ナビィは特に慌てた様子もなく、
『そうヨ』
「なんかナビィ冷静! 盗賊だよ? 下手したら身ぐるみはがされちゃうかもだよ!」
『ダイジョウブ! リンクが守ってくれるヨ! それに、ゲルド族は義賊って噂だし』
「俺が守るよ!」
「うーん……」
なんとなく気乗りしないが仕方がない。遠くに聳える集落を見据え、ナマエは小さくため息をついた。砂の女神については心当たりがないので、手がかりを頼りにひたすら探すしかない。別に金目のものを持っているわけではないが、盗賊の根城に乗り込んでいく、と考えるとなんだか心が落ち着かないのはきっと普通の感覚だろう。
―――あれ。
ふとナマエの頭に昔の記憶がよみがえる。ゲルド族、西の砂漠―――
「……そっか、ガノンドロフは確か、ゲルド族の首領だったね」
そう、七年前、今思えば無謀であったが、リンクとハイラル城に忍び込んでゼルダに会いに行ったとき。城の中庭の窓から見えたハイラル王に跪いていたあの男のことを、西の砂漠から来たゲルド族の首領、とゼルダは言っていた。彼はこの砂漠から来たのだ。
しかし先程ゲルド族は女性しかいないとナビィは言っていたが、ガノンドロフは男であったはずだ。
「ねえナビィ、ゲルド族って女性しかいないって言ってたよね?」
『ウン!』
「ガノンドロフはどうして生まれたの? あのひと、男だよね」
『ゲルド族は、百年に一度男が生まれるの。その男が一族の王になるんだって。ガノンドロフはまさにそれだヨ』
では七年前のあの時、ゲルド族の首領としてハイラル王の前に跪いていたのか。その胸に凶悪な野心を抱きながら。
「そっか……あれ、てことはガノンドロフが魔王として君臨してる今は、別のゲルド族が首領ってことだよね」
『そうなるよネ』
「ふむ……」
と言うことは今は女性の首領なのだろう。今までの賢者は皆、リンクと深い関わりがあったが、ゲルド族に関しては接点がない。もしかしたら、ガノンドロフの方と関わりのあるものが賢者なのかもしれない。ナマエはふと浮かんだ疑問を口にする。
「ゲルド族はガノンドロフのことをどう思ってるんだろうね、英雄なのかな? それとも、良く思ってないのかな」
「ガノンドロフのことを良いと思ってる奴なんていないよ」
リンクが顔を顰めて言った。答えはこの砦の中にある。
+++
そして―――。
「なんでぇーー……」
「出せー!!」
二人は捕まった。美しい褐色の女性が三人ほど、檻越しにナマエとリンクのことを見てぼそぼそと会話を繰り広げている。
「あの砂漠を超えてきたってことかい? アタイら以外の種族は大抵、幻影の砂漠で迷って野垂れ死にするってのに」
「もしかして、こいつらだったら……」
「でもどこの馬の骨ともわからない奴らだよ」
「だからこそ、途中で死んだって構わないじゃないか」
「まあね」
よく話が見えないけれど、死んでも構わないとか聞こえたような。なんとも不穏な話ではあるが、ガルガルと敵意を剥き出しにしているリンクの傍らでナマエは話の行方を見守る。そもそもどうしてこんなことになったのか、話は少し時間を遡る。
ゲルドの砦に辿り着いた二人はゲルド族に話を聞くべく、砦の中に入った。中には、燃え盛る炎のような髪を高いところで一つに束ねている褐色の美女が至る所いて、皆、絢爛な槍を携えていた。そしてリンクたちの姿を認めると、携えていた槍を構えて駆け寄ってくる。あっという間にナマエたちは槍先を向けられて四方を囲われた。
『えっ、あの』
突如向けられた敵意。反射的に両手を小さく上げたナマエがしどろもどろ喋るが、ゲルド族の美女たちは険しい顔のままだ。何かしてしまったのだろうか。やはり盗賊の根城に乗り込んでいくことが間違いだったのか。
『大人の女の子がいっぱいだね!』
刃を向けられているにもかかわらず、この場に不釣り合いな呑気な声で言うリンク。確かに、リンクは育った環境柄大人には目がないけど、今そこ感動するところ?! と、ナマエは心の中で突っ込む。
『動くな!』
『えええええ!!!』
こういった流れでナマエたちはひっ捕らえられて、あれよあれよという間に牢屋へと連れて行かれたのだった。
+++
「おい、男」
「俺? なんだよ、ここから出せよ!」
檻に手をかけ、ガシャガシャと揺らしながらリンクが猛抗議する。
「そう、お前だ。そこから出たいのなら、アタイらの願いを聞きな」
「何?」
「実は―――」
ゲルド族の女性が語った内容はこうだ。
現在のゲルド族の長はナボールと言う者で、以前はガノンドロフのことを忌み嫌っていのだが、最近ガノンドロフのことを肯定するようなことばかりを言うようになって、周りのゲルド族たちはそれをおかしく感じていた。そのナボールが、突然魂の神殿に行くと言いだし、行ったきり帰ってこないのだ。様子を見に行こうにも、魂の神殿に行くまでの道も、勿論魂の神殿の中も強い魔物が沢山いて、ゲルド族の女性たちでは太刀打ちできないとのこと。そこで、幾らか腕が立ちそうなリンクにナボールを探しに行ってほしい、と言う内容だ。
「ただし、女はここに残るんだ」
「ええ!!」
ナマエとリンクが同時に声を上げて、リンクが言葉を続ける。
「なんで! ナマエも一緒じゃなきゃいかない!!」
「じゃあ一生牢屋の中にいな。女は人質なんだから一緒に行かせられないよ」
「くそ……」
リンクが悔しそうに言うが、ゲルド族の言う通り、ナマエまで行ってしまっては、そのまま逃げてしまう可能性がある。
「大体アンタたちさぁ、ここをどこだと思ってるんだい? 盗賊の根城だよ? そもそも何しに来たってんだ」
「勿論、盗賊の根城だということは分かっています。わたしたち、ガノンドロフを倒すために賢者を探しに来たんです」
ガノンドロフと言う言葉に、ゲルド族たちの顔が分かりやすく歪む。そのことから、ゲルド族からよく思われていないことがわかる。
「なるほどね……賢者とかよくわからないけど、ガノンドロフを倒してくれるんだ?」
品定めするようにリンクのことを上から下まで見ながらゲルド族が言えば、その視線を跳ね返すように、リンクは強く睨めつける。
「そうだ、だから早くここから出せ!」
「だーかーら、アタイらのボスを探してきておくれよ。そしたら女を開放するからさ」
「リンク、わたしならここで待ってるから」
ね? と後押しするように言えば、リンクの表情に迷いが浮かぶ。
「でも……」
「大丈夫! リンクを信じて待ってるから」
「ナマエ……じゃあさ」
口元に手を添えたリンクがナマエの耳元に顔を近づける。
「帰ってきたら、またチューしてくれる?」
小さな声で紡いでお願いごとは、この場に不釣り合いな、ささやかで愛おしいものだ。この美青年は檻の中で何を言っているのだろうか。顔が熱に集中するのを感じつつも、ナマエは一頻り頷いた。その反応を見て、リンクは覚悟を決める。
「わかった、俺行くよ」
「そうと決まったら、早く出な」
鍵を解錠し扉を開けると、リンクだけを牢屋から出した。ナマエは勿論抵抗する気なんて微塵もないため、その様子を大人しく見守る。やがて牢から出たリンクは、檻越しにナマエと向き合った。ナマエはリンクの無事を祈りつつ、言葉を紡ぐ。
「気を付けてねリンク。待ってるから。……いってらっしゃい」
「うん、すぐに迎えに来るからね。いってきます」
ぽん、と檻の隙間から手が伸びてきて、ナマエの頭に置かれると、優しく撫でられた。そこから伝わる手のひらの熱をいつまでも感じていたかったが、やがて離れて、彼は魂の神殿へと向かった。残った熱はすぐに消えて、寂寥たる思いだけが残った。
