27.闇の開放、そして砂漠へ

 一歩、また一歩と歩みを進める度に闇に身体が溶けていきそうな感覚に陥りながらも、慎重に歩みを進めて深淵を進んでいけば、それまでの細い一本道から広い空間に出た。なんとなく嫌な予感がする。封印された魔物がいるとするならばきっとここだろう。そしてその予感はやはり的中した。
 薄暗い闇の奥深く、真紅の丸い瞳が一つ、こちらを見つめていた。心臓が凍りついて、息が止まる。暗闇に慣れてきた目でそれを凝視すれば、その姿は逆立ちをした人のような姿で、一番最初に見えた紅い瞳は首の部分にあり、そこから先の頭部は見当たらない。目の周りには花弁のようなものがついていて、そこだけ見ればさながら食虫植物のようだ。両手は大きく切断されたかのように本体と繋がっておらず、単独で存在していた。

「ナマエ、きっとこいつが闇の魔物だ。下がって」

 カンテラで照らし出されたリンクの顔は、大人びていて、まっすぐにその魔物の真紅の瞳を見据えていた。この状況に恐怖を覚えながらも、その精悍さにナマエの心がギュッと締め付けられた。
 暗さというハンデを抱え、更に単体で存在しているその手に阻まれながらも、リンクは闇の魔物の紅い瞳に何度もマスターソードで斬りかかり、最後、渾身の力でマスターソードを突き立て、征伐することに成功した。マスターソードを引き抜いてピースサインを作ったリンクは、程なくしてその姿を消した。賢者の間に行ったのだろう。ナマエも広間から立ち去った。
 暗闇が苦手なナマエはひとりでの帰路が相当苦しいものとなった。闇の魔物はもういないものの、暗い道を一人で歩くというのはやはり恐ろしい。背後から先ほど倒した闇の魔物が迫っているような気がして、何度も何度も振り返っては確認し、息をつく。

(もうやだ。怖い、迎えに来てよリンクー……)

 自然と滲む涙。と、そのとき、その願いが通じたのか、前方から「ナマエーー!」という声と、駆け足の音が聞こえてくる。リンクだ、リンクが迎えに来てくれたのだ。

「リンクーーー!! わたしはここだよ!!」

 立ち止まり、その安心感からあふれ出てきた涙を無造作に拭き取りながら叫ぶ。程なくしてあらわれたリンクが、どれほど頼もしく見えたことだろうか。

「リンクゥ……怖がっだよおお……」
「ナマエ、ごめんお待たせ! 泣かないで?」

 リンクに抱きしめられて、ナマエはいよいよ涙が止まらなくなった。リンクはナマエの頭を撫でながら、

「もう、ナマエ、可愛い!」
「うるさい~~怖かったんだからね~~……」
「俺がついてるからね、ナマエ。いこう」

 ぐずぐずと涙は止まらないが、肩を抱かれながらリンクに出口へと導かれる。リンクが隣にいるだけで不思議と安心して、先程までナマエの心を覆っていた不安が少しずつ霧散していくのを感じた。自分の爪先を見ながら歩いているうちに、賢者のことを思い出す。

「賢者は……インパだった?」

 かつて二度ほど会ったことのある褐色の美女。ゼルダの乳母であり、シーカー族の末裔。一度はゼルダと出会い、精霊石の話を聞いたとき。二度目は陥落していくハイラル城からゼルダを連れて逃げていくとき。

「あ、うん! インパだった! ゼルダ生きてるって、そんでそのうち俺たちの前に現れるって言ってた」
「ゼルダ姫生きてるんだ! わあ、よかった……」

 ハイラル城の陥落と共に亡くなった、とか、隠れて戦力を蓄えている、とか、様々な噂が飛び交っていたが、生存は絶望的であった。そのゼルダが生きているとは。そうして漸く暗闇から抜け出せば、カカリコ村の墓地を臨むその場所へと戻ってきた。外の光の眩しさに目を細めて、少しずつその光に慣れつつ、待ち望んでいたこの光を享受して、ほっと一息つく。

「行こう、次は“砂の女神”だ」

 リンクの先の尖った緑の帽子が吹き抜けていった風に揺られた。

+++

 カカリコ村で物資の調達を済ませると、砂の女神、と言うことで西にあるという砂漠を目指してエポナに乗ってハイラル平原を行く。ナビィ曰く、砂漠にはゲルド族と言う種族が住んでいて、女性しかいないのだとか。てっきり女性同士華やかで穏やかな国かと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。“男がいないからこそ、男の役割も女がこなす。”と言う訳で、強く逞しい女性が殆どとのこと。

「リンク、モテモテなんじゃない?」

 少し不安で、そんなことを口にする。リンクは容姿が非常に整っているし、逞しく、そして優しい。中身は子供だが、そこがまた母性本能をくすぐる、ともとれる。たくさんの女性に言い寄られる可能性は高い。ただの嫉妬だ。大人のくせして情けない、と思う。

「いろんな女の子が俺のことを好きーってなることだよね?」

 リンクは手綱を引いて、エポナの走るスピードを落としつつ言う。

「うん、そう」
「どんな感じなんだろう!」

 至極楽しそうに、後ろに乗っているリンクが言った。自分で言っておきながら、リンクの嬉しそうな声色にむっとした。あの時はナマエにだけモテモテだったらそれでいい、なんて可愛いことを言っていたのに。そして更に言うならその言葉を今回も言われるのを待っていたというのに。益々自分が情けない。

「しーらない」
『ナマエったらヤキモチ? キャーナビィ照れちゃう!』
「ナビィ!?」
「ええ!? ナマエ、ヤキモチ? 俺がモテモテだとヤキモチ?」

 ナマエが窘めるようにナビィの名を呼ぶが、時すでに遅し。リンクはそれはそれは嬉しそうに反応する。くるりと振り返って彼の顔を見上げれば、ニヤニヤと頬を緩めている。誰のせいだと思っているのだ、とその頬を引っ張りたいくらいだ。

「へへ……ナマエ可愛い! モテモテって悪くないね」
「こっちは気が気じゃないよ」
「ナマエがもっと俺のこと好きになってくれるんだもんねー」

 はしゃぐリンクの顔を見ていたら、結局なんだかんだでどうでもよくなり、ナマエは小さくため息をついた。リンクの澄んだ海のようなキラキラした瞳はずるい。海を見ていると小さい悩みとかがどうでもよくなるように、彼の瞳を見ているとくだらない嫉妬はどうでもよくなった。
 ナマエは前方に向き直ってため息混じりに呟く。

「リンクはずるいなあ」
「俺、ずるいことなんてしたことないよ!」
「そうだねリンク。ふふ」

 リンクの首にすり寄るようにほんの少し身体を預ければ、リンクは何も言わなくなった。代わりにナビィが『ヤダ! ナビィ目、つぶるネ!!』と、やけに楽しそうに言った。妖精にも目をつぶるとか、寧ろ目があるんだ。とぼんやり思うナマエと、顔が真っ赤になって声がでなくなってしまったリンクと、心なしかピンク色に染まっているナビィの一行は、いよいよ砂漠地帯までやってきた。