27.炎とともに散りぬ

 ディオは炎に焼かれたまま近くにあった椅子に手をかけると、あっという間に椅子まで燃え広がる。ジョナサンはスピードワゴンの首根っこを掴んで後ろへ吹き飛ばした。

「逃げろスピードワゴン! きみは元々無関係な人間だ! ナマエを頼む!!」

 ジョナサンは壁に飾りとしてかかっていた、中世の剣を引き抜く。

「そんな! わたしは最後までここにいます! ここでジョナサン様と一緒にいます……ッ!」

 ナマエの悲痛な叫びは炎に飲み込まれていく。ディオが焼けた椅子をジョナサンへ放る。ジョナサンは剣を床に突き立てて、その剣を足場にしてジャンプし、壁につかみかかることで火だるまにならずに済む。その代り床に砕け散った椅子は、床までも火の海にする。一度広がった炎は衰えを知らず、瞬く間に燃え広がっていった。

「上へ逃げちゃあダメだ! ジョースターさん!!」

 炎はどんどんと上へ昇っていく。逃れるつもりで上へ逃げても、最後には逃げ場を失ってしまう。きっと彼は、自分が上に行くことでスピードワゴンやナマエのことを逃そうとしているのだ。そしてジョナサン自身はこの場で相打ちになる覚悟だ。ナマエはそう感じた。自らの命をもってディオを滅するつもりなのだろう。ならば、逃げずにここで見届けたいのだ。彼には申し訳ないが、最後くらいわがままを聞いてもらい、天国で詫びよう。
 ナマエはジョースター卿の遺体のそばに駆け寄り、座り込んだ。ジョースター卿は眠るような表情で目を閉ざしていた。けれども目を覚ますことは、二度とない。

「安らかにお眠りください……」

 両手を組んで目を瞑り、祈りを捧げた。
 そして再びジョナサンとディオの戦いに目を向ける。ジョナサンは二階の廊下まで登りきると、挑発するように手をくいくい、とする。

「上がってくるんだ、ディオ! きみのその力を世の中に放つわけにはいかない!」
「よかろう、まずこのやけどの傷をおまえの命を吸い取って治すことにしたぞ。それからスピードワゴンとかいうカスを殺し、ナマエを連れ去らい、皆殺しだ! 館も全焼! 証拠は残さん!!」

 ディオはなんと、片方の足を壁に突っ込み、もう片方の足をさらに上の壁に突っ込み、と言うのを繰り返して壁を垂直に移動をしはじめた。ジョナサンがぐるぐると階段を使って上がっていくのをまるで嘲笑うように、彼は優雅に上へと昇っていく。地上は炎だけでなく煙も立ち込めてきた。息を吸う度に煙が入り込み、身体が内側から焦げ付いていくようだ。
 ジョナサンはちらと地上の様子を見て、ナマエが座り込んでいるのを見て目を丸くする。彼女は従順だが、彼女の心情を考えればここに最後までいると言い張ることは想像容易かった。刻一刻と炎は広がっていき、煙も充満している。スピードワゴンもどうすればいいか判断しかねている様子だった。

「スピードワゴン!! 頼む、ナマエだけは!」
「!! わかったぜ、ジョースターさん。――嬢ちゃん、ここから逃げよう!」
「いやです! わたしはここに残ります……!」

 ジョナサンに背中を押される形で炎くぐりぬけやってきたスピードワゴンに、ナマエはジョースター卿に抱き付いて猛抵抗をする。けれども所詮女の力。それなりに場数を踏んできたスピードワゴンにとってはとるに足らない力だ。すぐに引き剥がされて抱きかかえられる。彼は怪我をしているのにもかかわらずすごい力だった。けれどもナマエも抵抗をやめなかった。

「放してください! わたしはここでジョナサンさまと一緒に死ぬって決めたんです!!」
「うるせェ! 一人の男が、命はって逃がそうとしてくれてるんだ! その覚悟を踏みにじる気か!!」
「でも! だって、だってぇ……!!! うあああああ!!! はなしてください!!!!!!」

 どれだけ抗議したってスピードワゴンは止まってくれなかった。崩壊していくジョースター邸を脱出しながら、涙がぼろぼろとこぼれた。

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 火の手がやってこない場所までやってきて、スピードワゴンはようやくナマエのことを下ろした。その頃にはナマエも抵抗するのをやめて、煤だらけの顔をジョースター邸を呆然と見つめた。雨は未だ降り注いでいるのに、火は収まる気配がなくどんどんとジョースター邸を飲み込んでいく。
 ジョナサンとディオはとうとう屋根まで上りつめた。

「ジョースターさんはこう考えてる。もっと強い火力ならと。良くて相打ち、いや!!」

 隣で立ちつくすスピードワゴンがたまらず叫ぶ。ジョナサンは襲い掛かってきたディオを捉えると、勢いをつけてジョースター邸の屋根を突き破って落下していく。

「ジョナサンさま……っ!!」

 ジョースター卿が、ジョナサンが、ナマエが、祖先が暮らしたジョースター邸が炎に包まれて、瓦解していく。

「ジョナサンさま、ジョナサンさま、ジョナサンさま……」
「邸が崩れる……なんて運命だ……」
「わたし、探しに行きます……!」

 収束していった思いが、壊れゆくジョースター邸をきっかけに再び爆発する。立ち上がり、駆け出そうとするとスピードワゴンに腕を掴まれる。

「いい加減にしろ嬢ちゃん! 今いったら下敷きになるぞ! 嬢ちゃんまで死ぬ必要は……!?」

 轟々と燃える邸から、ガラスが割れる音とともに一人の男が飛び出てきた。ディオか、ジョナサンか、その正体は―――

「ジョナサンさま……!」

 スピードワゴンの手を振り払い、ジョナサンのもとに駆け寄る。少し遅れてスピードワゴンも到着する。ジョナサンは地面に倒れ込んでしまったので、胸に耳を当てて確かめれば心臓は動いていて、呼吸に合わせて胸が上下している。確かに生きている。生きているんだ。彼は勝ったんだ。この生命の鼓動に、ナマエは打ち震えるほどの感動を覚える。顔を上げてジョナサンの顔を見つめれば、その顔は火傷を負っていて、苦しそうに眉根を寄せている。

「ジョナサンさま……ああ、ジョナサンさま!」

 その顔にぽたぽたと、覗き込むナマエの涙が零れ落ちた。

「生きてるぞ! 勝ったんだ!!」 

 スピードワゴンの叫びが響き渡る。戦いは終わったのだ。ディオに、ジョナサンが。吸血鬼に、人間が勝ったのだ。この時はその喜びに打ち震えた。