24.『好きだよ』

 “屍の館”、というヒントのもと、ひとまずは食料などの補充をするためにカカリコ村に戻りつつ、手がかりを探す、といった流れで決定したのだが、今からハイリア湖を出発したところで日が暮れるまでにカカリコ村にはたどり着かないので、今日のところはハイリア湖を探検することになった。時の勇者と言えど、ひと時の休息は必要だ。
 ハイリア湖には釣り堀や研究所があり、なんと喋るかかしもいた。あっという間に日は暮れていき、久しぶりに時間を忘れて童心に返った気分になった。
 そしてその日の夜、水の神殿の上に位置する小島で野宿することに決めて焚き火を起こす。火の爆ぜる音が包み込んで、橙色に照らし出される二人の顔が照らし出される。ナマエは今日のことを思い出して自然と上がる口角をそのままに、隣に座るリンクと今日の余韻を楽しむ。

「今日楽しかったね」
「うん、すっげー楽しかった!」
「そういえば、水の神殿にリンクにそっくりさんがいた?」

 今いる場所と、時間帯も相まって、ガノンドロフに生み出されたリンクの影だという男のことを思い出した。黒衣に身を包んだ黒髪の赤い瞳の男、ダークリンク。今隣にいるのは正真正銘、本物のリンクだ。
 リンクはナマエの言葉に驚いたように目を丸くした。

「いた! なんで知ってるの?」
「会ったんだよ、わたしも。ここで」
「ええーすごいね! あいつ元気かなあ」
「ダークな感じもなかなか良かったよ」

 と言った後で、これはリンクに内緒にしておこうと思ってたことを思い出した。ちらっと横にいるリンクの顔をうかがえば、案の定ぶすっとした顔のリンク。これは明らかに、面白くない顔だ。

「でもリンクが一番好きだよ?」
「ふーん」

 取り繕うように言うも、リンクの表情は相変わらずだ。

「ほんとだよ」
「……なんかよくわかんない、ここらへんがモヤモヤする、そんでむしゃくしゃする」

 そういってリンクは心臓のあたりを一撫でした。

「それはやきもちやいてるんじゃない?」

 ちょっとふざけて言ってみた。イタズラっぽく言うと、リンクはその単語を始めて聞いたらしい、不思議そうな顔をする。

「やきもちって何?」
『やきもちっていうのはネ、好きな人が他の男のコと仲良かったりして、やだなーって思うことだヨ!』

 ナビィがふわっと現れて、それはそれは楽しそうに言った。それを聞いたリンクは、合点がいったように「ああ!」と声を上げる。

「そっか。俺、ナマエのこと好きだからやきもちしちゃうんだ」
『そうダヨ! ナビィはずっと気づいてたヨ! リンクはナマエのことが好きなんダヨ!」
「じゃあじゃあ、ナマエのこと見ると、ときどき心臓が痛いんだよね、これもナマエのこと好きだからかな」
『キャアアー! それはもう、完全に! 好きってコト』
「ちょっとちょっと、何盛り上がってるの! 変なこといわないの、ナビィ! 子どもをからかわないの!」

 トントンと交わされている会話はいつになく盛り上がり、心なしか赤くなっているナビィに対し、わたわたと静止をかける。

『だってナビィ、すごくもどかしいんだモン』
「むう……」

 もどかしい、というのはナマエだってそうだ。きっと自分はリンクのことが好きで、もちろん男性として。けれどリンクは違うからこれ以上進めないし、進む気もない。不毛というかなんというか。進むことも、戻ることもできないまま、どうすればいいのだろう。
 まして自分は異世界からきた、リンクよりもずっと年を取った女。さらに言えばマスターソードにリンクは七年間封印されていたのでリンクとの年齢の差はますます広がっている。なんだか引け目すら感じてしまう。

「でも俺、サリアのことも好きだけど、サリアといても心臓が痛くないし、やきもちをやいたりしなかったよ」
『サリアに対しての好きと、ナマエへの好きは違う種類なんだヨ』
「うーん……よくわかんないなあ……」

 最後に、んー、と唸ったあと、リンクは何も言わなくなった。ちらりと見れば、リンクは座りながら目を閉じてかくんかくんとしているではないか。どうやら寝てしまったらしい。今日はいつにもまして元気に駆け回っていたので、無理もないだろう。ナマエはリンクを横たえて完全に寝たのを確認したのちに、

「……でもねナビィ、わたしの好きとリンクの好きは、きっと意味が違うと思うんだ」

 ぼそっとナビィに言う。

『ナマエの好きは、どういう好き?』
「リンクのことを男性としてちゃんと好きで、ずっと一緒にいたい。誰よりも近くにいてリンクを支えたいんだ」
『ナビィはね、リンクもナマエのことをちゃんと女の子として好きだと思うヨ。リンクは確かに中身は子供だけど、誰かを好きになるのに年齢って関係ないんだと思う。だからナマエのことを、一人の男の子として好きなんだと思うヨ』
「ううん……確かにね。でも、どうなんだろうね。わかんないや……」

 ナマエもリンクの隣に横たわり、目を閉じる。ナビィの意見はあくまでナビィの意見。本当のリンクの気持ちはよくわからない。と、そのとき寝返りを打ったリンクがナマエの方に寄ってきて、腕と腕とが触れた。
 ちらっと様子を見ると、リンクが口を少し開けて、すーすー寝息を立てている。
 例えばナマエは、このリンクに口づけをしたいと思う。触れたいと思う、抱きしめたいと思う。けれどきっとリンクは、そんな感情を抱いていない。

「……おやすみ、リンク」

 夜はなんだか余計なことを考えてしまう。身体が程よく疲れていて、目を閉じてから眠りに落ちるまで時間はかからなかった。
 翌朝、すっと目が覚めると、視界いっぱいにリンクがいた。一気に眠気が吹き飛んで、目を真ん丸に見開く。彼は頬杖をついてナマエのことをじいっと見ていて、ナマエの起床に気づくとニッコリと目元を緩めた。

「あ、おはよーナマエ」
「お、はよう。なにリンク、どしたの」
「ちょっと早く起きちゃったからさ、ナマエの寝顔ずっと見てた」
「な、や、やめてよ! 起こしてくれればいいじゃん」

 ごろりと寝返りを打って、リンクと少し距離を開ける。

「なんで? 勿体ないよ」
「勿体ないって、よくわかんないけど。もう、次からちゃんと起こしてね」
「やだー」
「もう……。さ、朝ご飯食べよ」

 昨日発見したハイリア湖畔にある小さなカフェで朝ご飯を食べると、すぐにカカリコ村へ出発した。エポナにはナマエが前に乗り、リンクのその後ろだ。昨夜あんなことを話していたから少なからず意識してしまう自分がいて、胸の高鳴りを持て余している。

「……ほら」
「え?」

 リンクが呟くように何かを言うので、ナマエはほんの少し後ろにいるリンクへ顔を傾けて、すっと耳を寄せる。こうしないとよく聞こえないのだ。するとリンクは手綱を引いて、エポナを止めた。

「また、ドキドキするんだ。俺はナマエのこと、好きなんだ」

 不意にそんなことを言われて、ナマエの心臓がまた高鳴った。

「なっ」
「ナマエ。俺、ナマエのこと好き。水の神殿に行ってる間シークと二人っきりって考えたらすっごくやきもちやいた。どうすればいいんだろう」

 顔だけ振り返れば、リンクが切なげな表情でナマエを見つめていた。初めて見るリンクの表情だった。

(どうすればいいのって、わたしこそどうすればいいの?!)

 ナマエはリンクの意図のわからない言葉に、頭が混乱し何も言えずにいた。

「ちょっと降りよう」

 リンクがそう言ってエポナから下馬したので、それにならってナマエも降りた。向き合ったリンクは

「ナマエは俺のこと、好き?」

 やはり切なそうな顔。

「う、ん……大好きだよ」
「俺も好き。ナマエ、大好き。どうにかなっちゃいそうだ」

 リンクが不意にナマエのことを抱きしめた。それは突然のことで、ナマエの頭は真っ白になった。ばくばくと心臓が早鐘を打ち、その音だけが聞こえる。どうしてこうなっているのか、何も考えられなかった。

「ナマエ」