「そろそろ吟遊詩人が帰ってきそうだな。旅立たねば」
「どこへ行くの?」
「あてのない流浪の旅ってところか。また会おう、ナマエ」
そういってダークリンクはすっと立ち上がると、旅立っていった。一瞬身体が追いかけようとするも、踏みとどまる。ナマエはその後姿を見守り、その姿が闇に溶けて見えなくなると、寂寞たる思いがナマエの中に残った。けれどいつかどこかで会える気がする、だから寂しくなんかない。と無理やり自分に言い聞かせた。
それにしても―――
「……ダークなリンクもなかなかいいなあ」
天真爛漫で元気いっぱいのリンク。あの感じがナマエは大好きだけれど、リンクとおんなじ顔をした大人びたリンクも正直、すごくよかった。これはリンクには絶対に内緒だ。
「なんだナマエ、にやにやしているが?」
「ひい! シーク!! びびびびっくりしたあ!!」
突然声がかかってナマエの心臓は飛び出そうなくらい驚く。見れば、シークが戻ったようだった。その手には風呂敷のようなものがあり、それを無言でナマエに渡した。ナマエはシークと風呂敷とを見比べて、ありがとう! と、礼を言い、包を開ければ、サンドウィッチがあった。お腹もすいていたのですぐに取り出してサンドウィッチを食べ始める。ダークリンクのことを考えるのはこれでお終いだ。
サンドウィッチを食べている間、シークはエポナを、ハイラル平原からハイリア湖に繋がる道沿いの馬留に連れてきた、と伝えてくれた。
「ありあとお、ひーふ」
「食べながらしゃべらない、と親に教わらなかったのかい?」
「はあい」
呆れたような、でも楽しそうな顔でシークは言った。このシークという男、話せば話すほど人間味を帯びていき、なんだか親近感を持った。ふらっと現れては、詩のような言葉と、調べを残して去っていく。こんな人物に人間味を感じる方が不思議ではあるが。故にこうやってシークと二人で過ごす時間は、ナマエにとってはシークの印象をいい意味で覆すものだった。最初の時に感じた気まずさはもう感じない。
ナマエはサンドウィッチを食べ終えると、思ったままをシークに伝えた。
「シークって、案外喋れる人だね」
「案外って、なんだか失礼な言い方だね」
「ふふ、でもほめてるつもりだよ」
+++
「―――ナマエ、起きて!」
その声にぱっと目が覚めた。まぶしく反射している金髪と、それに負けないくらいのまぶしい笑顔。リンクだ、昨夜はそのまま樹の下で野宿をしたのだが、いつの間にやら朝になり、リンクが帰ってきたらしい。
「リンクおかえり!」
嬉しくて上体を起こして抱き着く。すると服はびしょびしょで、思わず身体を離して、「大丈夫?」と安否を確認する。見たところ、濡れてはいるが目立った外傷はない。
「うん大丈夫だよ、ナマエこそ大丈夫?」
「わたしは平気だよ、シークといたし」
といいナマエとリンクは立ち上がった。
「そっか、ありがとうシーク!」
「いや、君こそ、水の神殿の呪いを解いてくれたようだね。礼を言うのは僕の方だ。これでゾーラの里の氷は解けていくだろう」
「へへ、余裕だよ!!」
それはそれはとても嬉しそうな顔で鼻の下を擦ったリンクを見て、ナマエは、ああやっぱりリンクだなあ。と思った。ダークなリンクもいい。けれどやっぱりこのリンクがいちばんだ。
「あ、そうだ、ルトがシークにありがとうっていってたよ!」
身体ごとシークに向けてリンクが溌溂と言う。ルト、と言われて、ジャブジャブ様の体内に入った時に出会った、ゾーラのプリンセスが思い返される。古風なしゃべり方が特徴の、エンゲージリングをリンクに渡したちいさなゾーラの女の子だ。
対するシークはまさか礼を言われるとは思わなかったのだろうか、紅い瞳がほんのり驚きの色に染まっている。
「ルト姫が僕に……そうか。彼女のためにもハイラルの平和を早く取り戻さねばな」
「そうだね。シーク、わたしもありがとう。シークのおかげでいろいろ助かったよ」
ナマエもその流れで礼を述べれば、ますますシークは困惑していく。
「君まで……なんだか調子が狂うな」
シークが困ったように頬をかいたので、ナマエはくすっと笑った。
「ねえねえナマエ! 俺さ、水の神殿でね、すっごい頑張ったんだ! 仕掛けがいっぱいあってさ」
思い出したようにリンクが今回の武勇伝を興奮気味に喋り始めた時、ぱちん、と何かがはじけた音がした。その音のほうを見ると、先ほどまでシークがいた場所には誰もいなくなっていた。
「もしかしてシーク行っちゃったのかな……?」
「えーシークにも聞いてほしかったんだけどなあ」
リンクは自分の武勇伝を少しでも多くの人に聞いてほしいらしい。ナマエはシークが何も言わずにいってしまったことに対し少し寂しい気持ちになるが、もとより一緒に行動することを異としているのだから仕方ないのかもしれない。だからこそ―――
「ありがとうシークー!!」
いないのは知りつつも、そう叫ぶ。するとリンクも「ありがとうー!」とナマエにならって叫ぶ。
「……ふ」
そんな様子をシークは大木の上から眺めていることを二人は知らない。
