21.過去を思う

 市街地を駆けずり回って探すが、なかなかナマエは見つからなかった。ナマエのよくいく店を一店一店見て回ったのだが、そのどこにもいなかった。時間が経過するにつれて焦りと不安が増えていく。不意によぎる最悪な結末を無理やり追い払う。

(ナマエ、どこにいるんだ……?)

 最後の最後、馬車乗り場の列に沿って歩き確認していると、見慣れた後姿が目に飛び込んできた。ここまでこの姿を見るのを渇望したことは今までなかっただろう。髪を結わう赤いリボン、このサイズ感、間違いなく彼女だ。思わず名前を呼ぶ。それを受けてびくっと小さく肩を揺らしたところでナマエの髪をくいっと引っ張ると、ひぇ! と、少々間の抜けた悲鳴が聞こえてきた。

「ディオさま!?」

 ナマエはディオの顔を見て目を丸くした。

「お前……心配したぞ!」
「ご、ごめんなさい。今から帰ろうと思ってまして……」
「………ったく、生きた心地がしなかった。ナマエ、買い物もいいがな、暗くなる前には帰れよ。心配するだろ?」
「はい、すみません……」

 ディオの説教を受けつつ、列の動きに合わせて前進する。ディオは持ってきていた傘を開いてナマエを中にいれる。ナマエが、ありがとうございます、と礼を述べてディオの姿を見れば、赤くなった鼻と耳に、頭や肩に積もった白い積雪がどれほどの時間駆け回ってくれたのかを示していて、ナマエは胸が締め付けられる思いになった。彼の説教がすべて大切な言葉に思えてきて、ナマエは彼の横顔を食い入るように見つめた。

「切り裂きジャックのことは知らないわけじゃあないだろ? 夜は危ないんだからな」
「はい……存じ上げております」
「―――まあ、無事だったから、よかった。本当に、本当に、心配した」
「本当にありがとうございます、ディオさま」
「ジョジョも今頃血眼になって探してるぜ」
「ええ! ジョナサンさまも!? ……そんなにおおごとに?」
「父さんには知らせてない、だが執事が心配していた」
「うう……帰ったら謝りに行きます」

 会話を重ねているにナマエたちの番になり、二人は馬車に乗った。隣同士座り込んで行先を告げると、ナマエはずっと言いたかった言葉をディオへと向ける。

「あ、あの! ラグビーの試合……見てました、優勝おめでとうございます!」
「ありがとう。だがナマエ、見に来てたならなんで声をかけてくれなかったんだ?」
「ええ! そんな、だって、なんか悪いじゃないですか」
「悪くなんてない。寧ろ最前列で見てほしかったさ。変に気を使うなよ、きみの悪い癖だ」
「そうでしょうか……? だって、大学生がいっぱいいるなか、家のメイドが来てたらなんかへんかなあって」
「別に気にしない。あーあ、声をかけてほしかった」
「す、すみません……!」
「ふっ、いいよもう」

 焦るナマエを見て、ディオは彼女の両頬を両手でぎゅっと挟み込む。途端、間の抜けた顔になって情けない鳴き声のような声を上げるナマエ。そんな様子を見てニヤリ、口角を上げた。

「これで許してやる」
「……ふぁい」

+++

 馬車はゆっくりと雪道を走って、ジョースター邸に辿り着いた。ディオとともに執事長の部屋に行き、謝りを入れた。怒られるかと思ったが、無事に帰ってきたことが嬉しかったらしく、一言、気を付けるんだよ、とだけ言ってくれた。
 それからエントランスでディオと話しながらジョナサンが帰ってくるのを待った。最初は一人で待っているといったのだが、ディオが一人じゃつまらないだろう、といって、付き合ってくれた。今日の試合のこと、大学生活のこと、ナマエの買い物のこと、いろいろなことを話した。
 結構な時間が経ったのち、エントランスの扉が空き、それに伴って風と共に雪が入り込んでくる。凍てつく空気とともに、ジョナサンが帰ってきた。

「ジョナサンさま!」

 反射的に立ち上がり、扉に駆け寄る。真っ白な雪が頭にも肩にも積もっていて、ナマエはいたたまれない気持ちになる。これはすべて、自分のせいだ。

「ナマエ! 無事だったんだね!! よかった!」

 ジョナサンはナマエを抱きしめようとして、すぐにやめた。

「だめだ、ぼくは今雪まみれでナマエに冷たい思いをさせてしまう」

 開いた両手をぱっと上げて、苦笑いしたジョナサンにナマエの胸がぎゅっと縮こまる。愛しい、そんな感情がナマエの胸を締め付けるのだ。更に自分のせいで彼に、こんな寒い思いをさせてしまったと思うと、罪の意識もナマエを苦しめた。

「本当に、心配かけて申し訳ございませんでした。これから気を付けます」

 深々と頭を下げると、頭上から「やめて、顔を上げてよ」とジョナサンの声が降り注ぐ。

「いつまで経っても心配させやがって」

 背後より、ディオの声。顔を上げて振り返り、しょんぼりと「申し訳ございません」と答える。このディオのニヤリとした笑みが、ナマエは好きだった。その笑顔に色気すら感じるのだ。

「ああナマエ! 聞いてくれ、ぼくたち、ラグビーの試合で優勝したんだ!」

 向き直ると、ジョナサンは、少年のようなきらきらとした満面の笑みで言った。

「悪いなジョジョ、試合の結果は先にいってしまったぜ」
「なんだ。すべてディオに先を越されてしまったな」

 照れくさそう肩を竦めてジョナサンが言う。ナマエはディオに言ったように、ずっと伝えたかった言葉を送る。

「本当におめでとうございます。試合、ずっと見ていました。本当に素敵でした」
「執事長から聞いたよ。声をかけてくれればよかったのに、水臭いな」
「ジョジョ、それもおれが先に言ったよ」

 ディオの言った言葉をなぞるようにジョナサンもいうものだから、思わずナマエも笑ってしまった。と、そこでナマエは鞄の中に入っているものを思い出して。あっと声を上げる。

「そうだ、あの、優勝と、卒業の記念に、たいしたものではないのですが……」

 ナマエは肩掛け鞄から袋を取り出してジョナサンに、そしてディオに手渡した。袋を開けている間もナマエは「本当に大したものではないんです!」などの言葉を終始言っていた。それを聞き流しながら中身を取り出すと、時計だった。それを受けてディオは一瞬眉をしかめてナマエを見るが、照れくさそうにもじもじしながら、「お気に召さなかったら捨ててくれても構わないので、はい」といっていて、他意があるようには見えなった。
 そう、だ。知るわけがないのだ。昔、まだジョナサンに対して敵意をむき出しにし、孤独にさせようと画策していた時、ジョナサンの時計を無断で借りて、そのままどこかへやってしまったことなんて、ナマエは知るわけがない。たとえその事実を知っていたとしても、ナマエはこんな嫌味な真似を数年の時を経てやったりしない。

「ありがとうナマエ! 大切にするよ」

 同じく時計をもらったジョナサンは、ニコニコと嬉しそうに時計を腕につけて、満足そうであった。ジョナサンのほうは時計に引っかかるものはないように見えた。
 何を暗示しているわけでもない、気にすることでもない、か。とディオは一人納得し、きれいに口角をあげて、

「嬉しいよナマエ」

 といった。ナマエもまた、喜んでもらえて嬉しそうであった。

「でも、もう心配をかけるようなことするんじゃあないぜ」
「……はい」

 とどめのディオの説教を受けて、次の瞬間には眉を下げて、苦笑いになった。