わたしたちの取り巻く環境は、ディオさまがやってきてから瞬く間に姿を変えていきました。
ジョナサンさまの紳士の修行が厳しくなり、ジョナサンさまが恋をし、わたしが事実上失恋をし、ダニーが亡くなり、そして―――ジョナサンさまが失恋なさいました。
元気がなく、学校からすぐに帰ってくる日々が続いていました。まだダニーの傷が癒えていないのかと思っていましたので触れなかったのですが、元気のないジョナサンさまと朝の挨拶をかわし、すれ違ったのちその後姿をじっと見ていたわたしに、ディオさまがこう言ったのです。
「ジョジョは失恋したんだ」
さも当然かのように、さらりと告げられました。その時はあまりの衝撃に硬直し、我に返った時にはディオさまの姿は消えていました。
どうしてもその理由が気になったので、不躾を承知でその日学校から帰ってきたディオさまに詰め寄りました。が、教えないの一点張りでした。今日のところは引き揚げましょうか、と諦めだしたときでした、
「チャンスじゃあないか?」
そう、挑戦的な瞳を向けられましたが、わたしは苦笑いをして首を横に振りました。
「………いいんです」
「なぜ? 絶好のチャンスじゃあないか」
「うーん……確かにそうなのかもしれません。けれど、なんだか、そこに付け入るのは気が引けるんです」
きっと、ダニーがまだ健在でしたら、ジョナサンさまが失恋したと聞いて、本当に申し訳ないのですが、心のどこかでチャンス到来と喜んだかもしれません。ですが、ダニーの死と、失恋とのダブルパンチを受けたジョナサンさまの落ち込みようは尋常ではありませんでした。そんなジョナサンさまが可哀想でなりません。可哀想なんて言葉は失礼かもしれません。しかし、立て続けにジョナサンさまが不幸に見舞われていて、自分のことよりもジョナサンさまのことが心配なのです。
ですのでわたしは、今まで通りジョナサンさまをそばで見守ろうと思っています。
「ふうん?」
「お呼びとめしてしまってすみません」
……けれど、少しでもうれしいと思ってしまったわたしは、心の醜い女です。
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ジョジョがあんな爆発力を持っていたとはな……やつは叩けば叩くほど成長するタイプだ。
ジョジョのやつは犬を始末した犯人をぼくだと感づいている。おそらく、エリナの一件があるのと、ぼくがあの犬を嫌っていることを知っているからだろう。まあ、間違っていない。確かにぼくが始末した。けれどそれを問いただすことはしない。なぜなら、あいつは“紳士”であるからだ。“紳士”は疑惑を問いただしたりなんてしない。ジョースター卿の教育のたまものってわけだ。
それにしても、当初のぼくのジョジョを孤独に陥れる作戦……これは変更だ。ジョジョを精神的に追い詰め、ぼくのしもべのようにするのは、少しジョジョの実力を見誤っていた作戦だったようだ。これからは作戦変更だ、もっとスマートで、かつ確実な方法をとろう。
そしてナマエ。あいつは本当にジョジョのことが好きなようだ。ぼくになびきかけたと思いきや結局ジョジョ。全く腹立たしいことだが、もういい。可愛げがない。このディオが可愛がってやっているというのに、愚かな女だ。一生かなわぬ恋を続けていればいい。ぼくにとってはナマエなんて、その程度の存在だ。だいたい、メイドの分際でこのディオに目をかけられて―――なんだか愚痴っぽくなってしまった。やめよう。
「……む?」
そんなことを考えながら、二階廊下の窓越しに外を何気なく眺めてると、心中で思い描いていたナマエが、墓標の前にしゃがみ込み、祈るように両手を組んでいる様子が目に留まった。自然と足が止まり、じっとナマエを見つめた。
彼女は疑いもしないだろう、そこで埋まっている犬を殺した犯人がこのディオであるなんて。ナマエという女は、そういう女だ。
立ち上がり、くるりと踵を返したナマエの顔は、確かに泣き顔であった。
―――また、彼女を悲しませてしまった。確かにぼくは、ダニーとかいう犬を消し去りたかったが、あいつをあんな顔にさせたかったわけじゃあない。いつもそうだ、ぼくのやることはいつだってあいつを悲しませる。だからなんだというわけじゃあないが。
そして、七年の歳月が経過する。
