17.高き山にて

 これが、シーク。目以外のほとんどの顔を包帯で多いつくし、ゴシップストーンと似たような、大きな瞳の真ん中から一粒の涙が流れ出ているマークの入ったぴっちりとした服を着ていた。片目を長く美しい金の前髪で隠してほしいのいて、わずかに露出したところから読み取れる情報は、金髪で瞳は紅く、おそらく端正な顔立ちを細身の美青年だということ。彼の浮世離れした容貌はどことなく、厳粛で世の理から切り取られような時の神殿にマッチしていた。
 時の神殿で初めて邂逅を果たしたシークと言う男は、ミステリアスと言う言葉がとても似合う男であった。
 シークはリンクから森の神殿の呪いを解いたという報告を受けて、頷く。

「神殿に憑りついた悪霊を倒し、賢者を目覚めさせたんだね。だが、君を必要としている賢者はまだいるはずだ。すべての賢者を目覚めさせるには君はもっと強くならなければならない。山を越え、水を渡り……」
「もっと、か……。俺はもっと強くならなきゃいけないんだ」

 リンクが俯いてきゅっとこぶしを握った。不意にシークの視線がナマエへと移ろう。

「君は、時の勇者を支えしものだね」
「わ、わたしはそんな」

 真紅の瞳にじっと見つめられて、ナマエはしどろもどろしながら答えた。

「見ていればわかる」

 見ていれば、なんて、出会って少ししか経っていないのに、さらりと言ってくれたものだ。シークはそのまま言葉を続けた。

「時の勇者がさらに強くなるには、君の存在が必要だ。守るべき存在は、騎士を強くさせる」

 ――守られるだけが嫌だったが、守るべき存在が彼を強くする。
 彼の言葉に少しだけ励まされる。弱いだけの自分だが、このままでもいいのかもしれない、と前向きに考えかけて、結局できなかった。どうしても浮かぶのは、七年前のあの日、ガノンドロフから自分を守って傷つくリンクの姿だ。
「……ありがとうございます」

 ありきたりな否定の言葉をしまって、ナマエは小さく礼を述べた。

+++

「次は“高き山”。ってことは、きっとデスマウンテンだよね」
『そうよネ。昔と比べて、随分と様子が変わったみたいだし……』

 カカリコ村の宿屋でしばし休息しつつ、高き山についてナマエが考えを巡らせる。ナビィのいうとおり、ガノンドロフが支配するようになってからというもの、デスマウンテンの様子は少しおかしい。窓から覗くデスマウンテンは、禍々しい様子だった。村の噂では、いつ噴火してもおかしくない状況なんじゃないか、なんて囁かれている。

「ご飯を食べたらいこうか。あと、食料も買わないとね」
「ああそうだ、ゴロンシティは岩しかないからなあ」

 ナマエの言葉にリンクが苦い顔をする。宴の席にでてきたご馳走は、ドドンゴの洞窟から採掘した新鮮な岩。例え歯が頑丈だろうと、あのご馳走は人間である以上いただくことはできない。
 食事を終えて食料を調達したのち、デスマウンテン登山道を登る。久々の山道に息が上がりつつも、日が暮れる前にはゴロンシティにたどり着いた。しかし、かつてのゴロンシティとは比べ物にならないくらい不気味な静寂に包まれていた。まるでゴロン族の存在を感じないのだ。

「どうしたんだろう……」

 ナマエの呟きは大きく穿たれた三層に連なった穴―――ゴロンシティ―――の静寂に溶け込んでいった。七年前にやってきたときは、ゴロン族が地面に転がるゴロゴロという地響きが聞こえていたというのに。

「あれ、ひとりいる」

 リンクが呟いたので、視線を辿れば、遠くのほうから丸くなりゴロゴロと転がってくるひとりのゴロン族の姿が見えた。過去の記憶の中にあるゴロン族の姿よりも幾分小さな体に、がむしゃらに転がり方から察するに、若いゴロン族なのだろうか。

「! あぶないナマエ」

 ぼーっと見ていたナマエは自分にゴロン族が迫っていることに気づかずに、気づいた時には腕を引かれ、リンクに抱き寄せられていた。硬い胸板に鼻をぶつけるが、その硬さから不意にリンクから男を感じてどきりとする。

「ありがとうリンク」

 ドギマギと礼を述べてリンクから離れれば、自分の真横の壁にぶつかって回転することをやめたゴロン族がいる。ぶつかった瞬間、派手な衝突音が鳴り土煙があがったので、リンクに引き寄せられなかったら今頃プレスされてペラペラになっていただろう。考えただけでぞっとする。
 やがてゴロン族は立ち上がり、そのつぶらな丸い瞳を二人に向けた。

「よくもやったなコロ! ガノンドロフの子分め!」

 ????
 ナマエとリンクの頭に、クエスチョンマークが浮かぶ。我々は断じて何もしていない。彼が勝手に壁にぶつかっただけだ。とんだ濡れ衣だ。寧ろ殺されかけたのはこちらの方だというのに。

「オラの名前を聞いて驚け~!」

 驚け、と言われたので、多少身構える。物凄い名前なのだろうか。

「オラはゴロンの勇者、リンクだコロ!!」

 想定していた驚きとは違う方面から驚きが襲ってきた。

「おっ、俺もリンク!!」

 自分を指さし、少し前のめりになって興奮気味に主張する。自分と同じ名前の人なんて滅多にいないから興奮したのだろう。

「えっ!? お前もリンクっていうゴロ? ってことは……お前が伝説の、ドドンゴバスターの勇者リンク!?」

 伝説の、ドドンゴバスターの、勇者、リンク。なんだかすごそうなリンクの肩書に、リンクが目をキラキラさせている。とても嬉しそうだ。確かに間違いではない、彼は七年前にふらりとゴロンシティにやってきて、子どもながらドドンゴを倒したのだから。
 ゴロンのリンクも同じように瞳をキラキラさせてリンクを見て言う。

「オラのとーちゃんダルニアだよ! 覚えてる!?」

 ダルニア、懐かしい名前にナマエが思わず、おお! と声を上げる。そういえば面影があるような、ないような。リンクも覚えているようで(リンクからしたら少し前の出来事なので、覚えてないほうがおかしいが)、覚えてるよ。と頷いた。

「オラの名前、とーちゃんがリンクの勇気にあやかってつけたんだコロ。オラ、リンクって名前気に入ってるコロ。それにしても、リンクはオラたちゴロンにとって英雄! あえてうれしいコロ!!」

 とてもうれしそうなゴロンのリンク。満更でもないように鼻の下をさするコキリのリンク。

「サインしてほしーコロ! ゴロンのリンクくんへ、ってかいてほしーコロ!!」
「いい―――」
「あ!! それどころじゃなかったコロ!」

 いいよ、と快諾しようとしたところ、ゴロンのリンクが何か思い出したように叫ぶ。それどころ、と言われたことに勇者リンクは多少なりともショックを受けているようだった。なんだか見ていられない。

「とーちゃん、炎の神殿にいっちゃったコロ、あそこには竜がいるコロ! 早くしないととーちゃんも竜に食べられちゃうコロ! わーん!!」

 ゴロンのリンクが急に大泣きを始めた。これにはリンクもナマエもたじろぐ。が、そうもしてられない。ナマエは慌てて何を言えばいいか考えを巡らせて、言葉にしていく。

「落ち着いてリンクくん、竜ってなあに? いったいここで何が起こってるの??」
「ぐすん……むかし、このお山にヴァルバジアっていうわるーい竜が住んでたコロ」

 その竜はゴロンを食べる恐ろしい竜で、その昔、ゴロンの英雄がどっかーんとやっつけたらしい。そしてその英雄の子孫がダルニアだった。しかし封印したヴァルバジアをガノンドロフが解き放ってしまった。今現在ゴロン族は、ダルニアの留守の間にみな炎の神殿に連れてかれてしまい、ガノンドロフに服従しないものへの見せしめのため、徐々に竜に食べられてしまうとのこと。慌ててダルニアも炎の神殿へ向かい、残ったゴロンのリンクはごろごろ転がって誰にもつかまらないようにしていたらしい。

「リンク! 助けてコロ!!」
「任せて! 炎の神殿へはどうやっていけばいいんだ?」
「とーちゃんの部屋からいけるコロ! ありがとうリンクー!」
「ドドンゴバスター勇者リンクがきたからにはもう安心だ! よしいこうナマエ!!」
「う、うん(あーもう、完全にドドンゴバスター勇者リンクを意識しちゃってる)」

 リンクの目はキラキラしていて、ゴロンのリンクとダルニアの部屋へと一緒に走っていく。残されたナマエとナビィは顔を見合わせた。

「いこっか」
『そうだネ』