俺が、勇者? どんな邪悪も倒せるほど、強くなる?
遠くから聞こえてくる喧騒は耳を通り抜けて、色々な人に言われた色々な言葉を思い返している。だが、どの言葉もこの混乱した頭では理解し得ない次元のもので、思考はもはや無駄とも思えた。「ねえ、どういうことだろう?」と、目の前にいる彼女に尋ねようとしたそのとき、彼女は俺よりも先に口を開いた。
「4主、あなたと一緒にいれて、本当に楽しかったわ。大丈夫。あなたを殺させはしないわ。さようなら……」
物心ついたときには既に一緒にいた、桃色の髪の毛の、尖った耳を持つエルフの女の子、シンシアがそう言うと、モシャスを唱えて、俺そっくりに変身した。俺は何も言えないまま、俺と同じ姿になったシンシアを呆然と見つめ続ける。
シンシアは扉に手をかけて押し開ける前に一度振り返って、悲しそうに微笑んだ。その笑顔が俺を現実に引き戻させた。これは紛れもない現実の出来事なんだ、と。
「生きて」
シンシアからのメッセージに、何も言えずに呆然と立ち尽くす。彼女が倉庫から出て間も無く、遠くから魔物たちの声が聞こえてきた。
「デスピサロ様! 勇者4主をしとめました!」
俺の中の一部が、音を立てて崩れていくのを感じた。目の前が真っ暗になっていく。身体が絶望感で埋め尽くされていくようだった。自分が生きているか死んでいるかもわからない感覚。
そんななか、シンシアの最後の言葉が頭の中を反響していく。
すべてを無くした世界で、一体なぜ、なんのために生きていくしかないのか? 俺の生きたこの“ちいさな世界”は俺にとってのすべてなのに。
じわっと浮かんできた涙をそのままに、背中を壁に預けてずるずると腰を落として座り込む。暫くすると物音は消えて、静寂に包まれた。すべてを失った喪失感からか、孤独からか。なんだか、世界には俺だけしか存在しないような気がした。
だがそんなわけないことは知っていた。だって、俺は“世界”を救うために育てられた勇者らしいから。ふと唇の端が無意識につりあがるのを感じた。なんだかとてつもなく自嘲的な笑いがこみ上げてきたのだ。
自分が育った故郷も護れなかったこの俺が、世界を救うだって?
……それでも。
「……いかなきゃ」
自分を今まで育ててくれた父と母、そして唯一の友であるシンシアのためにも。
しん、と静まり返った“世界”への扉に手をかけた。
