11.再生と崩壊

 ディオさまの部屋から帰り、掃除を終えて束の間の休憩の時間。自室にいるとノックされました。はい、と返事をし扉を開けると、ジョナサンさまでした。まさかの来訪に、わたしは思わず息を呑みました。

「ナマエ」
「ジョナサンさま。どうかなさいましたか?」
「やっぱりナマエ、元気がないよ、ぼくには言えないことかい? ディオに、なにかされた?」
「………」

 ジョナサンさまに窺うように言われました。なんと、いえばいいのでしょうか。何も言葉が浮かんでこず、沈黙してしまいます。すると、わたしの沈黙を拒絶と受け取ったジョナサンさまが、表情を暗くしました。

「あ、いや、うん……ごめん、言いたくないことだってあるよね。ずかずかとごめんね」
「あっ、いえ、あの、なんといいますか、ええと……ええーーい! 違うんですジョナサンさま!」

 ジョナサンさまのしょぼんとした顔を見て、わたしはついに我慢ができなくなりました。だって心配してわたしの部屋まで来てくれたんです。そのジョナサンさまが、しょんぼりした顔でわたしに謝るんです。それにディオさまは何も悪くありません。いてもたってもいられません!
 ひとまずわたしはジョナサンさまに部屋に入ってもらい、扉を閉めると、ベッドの上に腰掛けてもらいました。わたしはその前で立って、両手を無意識に揉みながら言葉をひねり出します。

「最近、ジョナサンさまが、遠くに感じてたんです……! むしろディオさまは心配してくれてまして!! それで、寂しく感じてまして……」
「えっ……ぼくを、遠くに?」
「うっ、はい、勝手に感じておりまして……はい」

 なんだか申し訳なくて、ジョナサンさまの顔が見えません。まあ勝手に、ではなく本当は理由があるのですが、さすがにそれを言っては突っ込み過ぎなので、言えません。

「……そうか、ごめん」
「いえ、謝らないでください!」
「いや、ちがうんだ。ナマエはぼくに何も聞かなかったのに、ぼくはナマエの気持ちも考えずにずかずかと立ち入って、ぼくは自分が恥ずかしいよ」

 顔を上げてジョナサンさまを見ますと、ジョナサンさまの中の紳士の精神にどうやら反したらしく、随分と落ち込んでいます。

「ちっ違いますよ! わたしが勇気がなくて聞けなかっただけで! それに、わたしの気持ちを考えてくれたから部屋まで来てくれたってわたしは思っています!! ですので、とってもとっても、嬉しかったです……!」

 息を荒げてまくし立てますと、ジョナサンさまは一瞬の間ののち、ふわっと表情を和らげて、綺麗にほほ笑むのです。わたしは気持ちが高ぶっていたのですが、そんな綺麗な笑顔を見せられては、一気にわたしの気持ちは収束して、今度はなんだか恥ずかしくなりました。

「ナマエはやっぱり、ナマエだなあ」
「??? ……ナマエ、ですか」
「うん、ナマエだ」
「はあ……」

 どういう意味なんでしょう。

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 まあ、結局、どうしてあんなにボロボロになって帰ってきたのかは聞けませんでしたが、けれどそれでいいかなと思ってきました。そりゃあ、気になりますよ? でも、ジョナサンさまに問えば、それがもし言いたくないことだったとしたら、絶対に困らせてしまいます。わたしはジョナサンさまを困らせたくありません。困らせるくらいなら何も聞きません。そういうことです。それにわたしを心配して、きてくださったんです。これって幸せなことですよね……!
 そしてそんな、わたしの一喜一憂の片思いは、ある日突然辛いものとなりました。

「ねえナマエ、今日の夜、久々にお話しないかい?」

 えらく上機嫌なジョナサンさまが、家に帰ってくるなり、ジョースター家の守り神、慈愛の女神像を磨いていたわたしに言いました。こんなに楽しそうなジョナサンさまの姿を見るのはとても久しぶりです。なにかいい事があったのは一目瞭然ですので、なんだかわたしも嬉しくなりました。
 その日の夜、うきうきとジョナサンさまの部屋に伺いますと、やっぱり上機嫌です。

「ナマエ、聞いてくれよ」
「はいはい、なんでしょう」
「今日、前に人形を取られていじめられていて、助けてあげた子がブドウをくれたんだ! 明日も待っているっていったんだけど、黙ってたったの一言も言わないんだ。いじらしいよなあ」

 心臓がいやに早くなります。ジョナサンさまは前に怪我をして帰ってきたことがありました。その時守った……女の子。どうしよう、ショックが隠し切れません。どうしよう、ジョナサンさまがどんどん遠くなっていくよ。わたし、どうすればいいんですか。目の前が真っ暗になっていきました。

「……ナマエ? どうしたの?」

 ジョナサンさまの声が聞こえないくらい一人の世界に入りこんでいたみたいです。わたしは無理矢理に笑顔を作って首を横に振り、なんでもないです。と言いました。それからどんな話をして、どんな風に部屋を出て、どうやって自室に戻ったかは覚えていないのですが、終始わたしの心はからっぽで、見知らぬ女の子とジョナサンさまに思いを馳せてはベッドの上で涙をこぼしました。
 悲しかったのです。寂しかったのです。―――辛かったのです。現実はいつだって止まることなく変化していて、このままがいい、なんて願いは叶えられないのです。今のままの関係で満足していたのに、“今”はいつの間にか“過去”のものになり、今となってはもう戻れない瞬間となってしまいました。
 そうです。ジョナサンさまも恋をします。今は興味がある、ただそれくらいの存在でも、その女の子と恋をする可能性もあります。そんなことはわかっていたのに。今はただただ、辛いです。明日なんてこなければいいのに。