11.サントハイムの異変

「よくやってくれた、アリーナ姫よ」

 嬉しそうな笑顔でひとつ頷いた王に、アリーナは「いえ」とにこり、微笑んだ。王の隣に座るモニカ姫も嬉しそうだ。そんな三人の様子を、ナマエはアリーナの後ろから眺める。それにしてもお腹がすいた。動き回っていたのはアリーナだが、生きているだけでお腹というものはすくのだ。今にもなりそうなお腹にヒヤヒヤしつつ、早く宿屋にいきたい、と心の底から願う。

「今夜は我が城での晩餐にご招待しよう。わしの頼みを聞いてくれた礼じゃ。それから、部屋も用意したから今夜はゆっくりしていきなさい。モニカもアリーナ姫とお話をしたいそうじゃからの」

 言われて、モニカ姫は少し頬を赤らめて頷いた。彼女は、“お姫様の鑑”とでも言えようか。所作がアリーナとはかけ離れていることが短時間でも伝わってきた。

「ありがとうございます。ご厚意有り難く頂戴します」

 アリーナが一礼すると、早速兵士たちが部屋へと案内してくれた。

+++

 有り難いことに来賓用の部屋を一人一部屋使わせてもらい、荷物を置いて身支度を整えたら早速晩餐へと招待された。エンドール王はアリーナ姫の祝勝会じゃ! と盃を掲げて、乾杯をした。祝勝会の最中ではアリーナとモニカがにこやかに談笑していて、エンドール王もそれに耳を傾けて微笑んでいる。
 ナマエはモニカのアリーナを見るうっとりとした視線に、まさか姫を好きになってしまったのではないかと勘ぐる。アリーナは美しい上に、強者達を華麗に倒し本当に優勝を勝ち取ったのだ、惚れてしまうのも無理ない。かくいうナマエとてアリーナに心酔しているため、ライバル登場の予感にジリジリと胸が焦がれる思いになる。
 祝勝会は終始和やかに終わり、それぞれの部屋でゆっくりと休ませてもらった。エンドール城の来賓用の部屋はナマエのサントハイムの自室よりも広く、豪華な調度品が揃えてあり、シャワールームも完備されている。更にベッドもフカフカで、身体を横たえた瞬間吸い付くようにマットレスが身体を支えてくれて、瞬時にマットレスの質の良さを感じた。部屋を満喫したい気持ちもあったが、疲れた身体はすぐに眠りに就いた。
 翌日も美味しい朝食をいただいて、その後アリーナからこの後の旅路について話があった。このまま旅を続けようかとも思ったが、一度サントハイムに戻って、王に優勝の報告をしようということだった。
 そして旅立ちの時を迎えた。王座で再び謁見をする。

「エンドール王、昨夜はありがとうございました。私たちはこれから一度、サントハイム城へ戻って報告に参る事にしました」
「おお。それはよい。旅路の幸福を祈るぞ」
「アリーナ様、それにお供のみなさま、ぜひまたエンドールにいらしてくださいね」

 モニカの言葉を受けて、ついついナマエはモニカの表情を伺うが、アリーナへの思慕は感じ取れなかったので、恐らくナマエの勘違いだったのだろうということで納得した。
 こうしてアリーナ一行はエンドールをあとにした。昨夜からサントハイム王に報告したくてたまらなかったアリーナなので、足取りが軽やかで、彼女から音符が見えてきそうだ。エンドール城下町を通り抜ける際、街中の会話が聞こえてきた。

「なんでも、武術大会を優勝したのは女の子らしいわよ……」
「このご時勢、やっぱり女も強くなきゃいけないわよね」

 というマダムの会話もあれば、

「どんな怪力女なんだかな。きっと、筋肉もりもりの女だぜ」
「想像するだけでぞっとするな」

 という若い男たちの会話もあった。一夜にしてここまで有名になるとは、武術大会と言うものの影響力が伺える。そしてそれに優勝したアリーナの凄さも。

(それにしても……デスピサロと言う人、いったいなぜ勝負を放棄したのでしょうか)

 ナマエは思案する。聞くところによると、デスピサロがいなくなった途端、エンドール周辺から魔物がすっと消えたとか。謎だらけのデスピサロという存在。彼について思案を巡らそうとしたそのとき、アリーナから声がかかる。

「ねえ、ナマエ」
「……あ、はい」

 すっかり自分の世界に入っていたナマエは、はっとして顔を上げた。

「お父様、喜ぶかしら?」
「はい。それは勿論、アリーナ様のご活躍なのですから、喜びますよ」

 肯定すれば、アリーナは顔をほころばせて「そうかしら?」とオレンジ色の長い髪をふわりと揺らして首をかしげた。「そうですよ」とナマエは頷いた。「ね、クリフト?」話を振れば、待っていました! と言わんばかり首を上下に振る。

「ええ! ええ! 少なくともこのクリフト……すさまじい感動していますよ!」
「……別に、クリフトに感動してもらっても、なんてことないけどね」

 アリーナがイタズラっぽい表情を浮かべて言った言葉に、クリフトがあからさまにショックを受けたような顔をした。ナマエはその顔に思わず噴出す。

「う、嘘よクリフト! そんな落ち込まないでよ。ね? ウソよ!」

 慌ててアリーナが否定するが、クリフトの心の傷はなかなか癒えない。彼は生来、落ち込みやすいのだ。それを知っているナマエは、「クリフト」と名を呼ぶ。彼は涙を目尻に浮かべた瞳でナマエを見た。

「男の子は、泣いちゃいけませんよ」

 「ね、姫様」と付け加えれば、アリーナも「そうよ」と頷く。クリフトはごしごし瞳から溢れ出そうな雫をこすって、はい! と元気よく答えた。
 来たときと同じように祠へ行き、旅の扉に飛びこんで、あの妙な感覚に襲われながらもサントハイム領へやってきた。祠を出ると、エンドールに行く際に旅の扉を守っていた兵士が傷だらけで倒れている姿が視界に飛び込んで来た。瞬時に空気が変わる。クリフトとブライはアリーナを囲い、周囲を警戒する。ナマエはその兵士へと駆け寄り抱き起こすが、魔物に襲われたのか見るも無惨なまでに傷だらけだ。一体何があったというのか、ナマエの心臓が嫌に早鐘を打つ。

「ナマエ……さん。急いで、急いでサントハイム城へ、お戻り、くださ………」

 がく、と急に彼から力が抜けて、そのまま気を失った。ナマエはゆっくりと彼を地面に寝かせ、すぐ後ろにいるアリーナたちのほうを向く。

「サントハイム城で……何かが起こっています。急いで戻りましょう、姫」
「……わかったわ」

 ナマエはもう一度彼を抱き上げて、すぐそばの木の幹へと横たわらせてホイミを唱えると、幾分表情が和らぐ。今は時間がない。彼には本当に申し訳ないが後ほどサントハイムへ連れて行って治療を受けさせることにする。彼の言葉、“急いでサントハイム城に戻れ。”が頭の中を何度となく流れる。
 アリーナ一行は足早に、もう何度通ったかもわからない道を通って、急ぎサントハイム城へ向かう。

(サントハイム城にて何が起こっているのでしょうか……)

 あの兵士の雰囲気からすると、悪いことであるのは間違いないであろう。いろいろと悪い予想が浮かんでは消えて気が気でなかった。いちはやくこの目でサントハイムの現状を見たい。その一心だった。
 サントハイム王国と不穏な国はないはずだから、他国との戦争が始まったということはないだろう。だとしたら、エンドールにも協力要請の一報が届くはずだ。だがそんな様子はエンドール王からは感じ取れなかった。むしろ、娘の結婚が避けられた事への安堵しか感じれなかった。他にあげられるのは、また王の身に何かが起こった、ということ。だが、なぜあんなに兵士は傷だらけだったのだろうか。ぐるぐると色々なことを考えても、結局答えはサントハイムにたどり着かなければ分からないことがもどかしい。
 旅路は数日後にようやく終わりを告げる。目的地であるサントハイム城までやってきたのだ。サントハイム城の門をくぐると、ある異変を感じ取った。

「ねえ……なんか静か過ぎない?」

 アリーナの言う通り、サントハイム城から人のいる気配が感じ取れなかった。むしろ、アリーナたち以外誰もいないのではないかと錯覚してしまうほど、痛いほどの沈黙に包まれていた。城内に入ると、いつもの門番がいない。人々の喧騒も聞こえない。何も、聞こえない。

「……あの、誰かいませんか!?」

  ナマエの叫び声が響き渡るが、返事は何もない。

「や、やだ……冗談よしてよね。みんなして隠れちゃって、あたしたちを驚かそうとしてるんでしょ!? その手にはのらないわよ!」

 不安を隠しきれないまま、アリーナが叫ぶ。だがやはり、返事はかえってこない。このあたりを支配するのはやはり、沈黙。そのまま一行は階段を登り、王座まで向かう。するとやはり、予想した通り王座には誰一人いなかった。サントハイム王も、大臣も、見張りの兵も。

「……どういうこと?」

 王座にて暫く沈黙していたアリーナがやっとこさ声を絞り出す。

「あたし……武術大会で優勝したって、報告しに来たのに。お父様、どこにいるのよ……ッ!」

 がく、と力が抜けたように膝立ちになり、肩を奮わせる。アリーナの瞳から涙が零れ落ちる。ナマエが駆け寄り背中をさする。無理もない。お城から人っ子一人消えてしまったのだ。どこへ行ったかもわからず、生きているかもわからない状況。救いなのは城に血が流れている様子なく、争った形跡がないと言うことだ。

「ブライ殿、私たちは城内を隈なく捜して、誰かいないか捜しましょう」
「そうですな」

 クリフトとブライは王座を立ち去り、捜索に向かった。

「姫……」

 泣き続けるアリーナにかける言葉が見つからず、ただ背中をさすることしかできない自分に腹が立った。

「……ナマエ、ありがとう」

 そういうとアリーナはすくっと立ち上がって涙を無造作にふき取る。どうやら少し立ち直ったらしい。すると丁度クリフトとブライが帰ってきて、厳しい表情で頭を振った。二人の様子から、サントハイム城には誰もいなかったらしいことが分かった。

「ナマエ、クリフト、ブライ、よく聞いて。どうやら父上やサントハイムの人々は、どこかへ消えてしまったらしいわ。そこで、残されたあたしたちはなにをすればいいか。勿論、消えちゃった人たちの捜索よ」

 従者たち三人は頷く。

「あたしの力試しの旅は、今よりサントハイムの人々の捜索及び、消えた謎を解く旅とします。それから、同じく消えたデスピサロのことも捜してみたいわ。……ちゃんとデスピサロに勝ってからじゃないと、優勝者としてなんとなく後味悪いもの」
「そうですね」

 ナマエが頷く。

「だから……いくわよ。いつまでもここに留まってないで、ね。少しでも手がかりを見つけるために」

 忽然と跡形もなく消えたサントハイムの人々。王の見た不穏な夢。デスピサロ。謎は尽きないが、今は先に進むしかない。アリーナ、ナマエ、クリフト、ブライの旅が新たに幕をあけた。導かれしものたちの光が勇者のもとへ集うのも、そう遠い話ではない。

第一部 完