10.武術大会

 コロシアムへ続く大きな扉が開けられると、どっと歓声が舞い込んできた。思わずびくりと肩を揺らしつつも、ゆっくりと前を行くアリーナの後姿を見つめながら歩いて行く。いつもより彼女の背中がちょっぴり遠くに感じた。これからアリーナはライバルたちを相手に死闘を繰り広げるのだ。それを助けられない歯がゆさに唇をかみしめる。

(アリーナ様が勝ちとおすことを信じてますが……心配です)

 アリーナを待ち受けるように、コロシアムの中央付近にはアリーナの対戦相手が待ち構えている。筋骨隆々の逞しい身体で武器を持っていないあたり、彼もまた武闘家のように思える。
 彼の姿を認めると、なぜかナマエが緊張してきた。強張る顔で懸命にアリーナの勝利を祈る。

「アリーナ様、どうぞこちらへ。お仲間様はこちらへ」

 二人の兵士が、アリーナとナマエたちとをそれぞれ案内した。コロシアムはステージへ向かう道と、ステージを観戦するベンチへ向かう道とがあり、アリーナはステージへ、ナマエたちはベンチへと誘導された。

「みなさまはこちらでご観戦ください。もうお分かりかとは思いますが、何らかの形で勝負に関与した場合即失格となりますので」

 再度念押しするように兵士が良い、 ナマエたちは頷く。兵士はナマエたちから少し離れたところに立った。
 一方ステージでは、アリーナが相手であるミスター・ハンと対峙していた。

「おうおう、女の子が力試しなんざ、あぶねーぜ?」
「甘く見ないでちょうだい」

 ミスター・ハンの挑発を軽く受け流し、アリーナはナマエたちのほう向いて、楽しそうに笑ってピースをつくった。“負ける気がしない。”そう言っている気がして、ナマエはほっとした。

「クリフト」

 名前を呼べば、彼はこちらを向いて、嬉しそうにほほ笑んだ。どうやら自分の意思が伝わったらしい。さすが幼馴染とでもいうところか。意思疎通は熟練夫婦並だ。

「やってくれますよ」

 クリフトの言葉にナマエはうなづいて、どちらともなく視線を元に戻した。もうすぐで試合が開始する。手を組んで、目をつぶり、神に祈る。

(ケガなんて、しませんように……)

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「では……はじめ!」

 すぐに戦いが始まった。合図を出してすぐ、審判はさっとその場から立ち退いて、少し離れた場所で観戦をする。ナマエは手を組んだまま試合を見つめる。アリーナが優勢なようだった。彼女のスピーディな技を、ミスター・ハンは防ぐだけで反撃ができないままでいる。

「姫が優勢ですな」

 ブライの言葉にナマエ、クリフトは力強く頷く。ミスター・ハンの顔には心なしか苦しさがにじんでいた。そのままアリーナの優勢が続き、遂に隙をついた一撃が鳩尾に入った。それが決め手となり、ミスター・ハンは苦しそうなうめき声を漏らしながら倒れ込み、数秒後、ミスター・ハンの戦闘不能を審判が確認しアリーナの勝ちが決まった。実にあっけない試合だった。

「勝者、アリーナ」

 観客席からどっと歓声が上がった。アリーナが疲れた様子もなく、ぴょんぴょん跳ねながら手を振り歓声にこたえる。ナマエもベンチから立ち上がり、クリフトと手をとりあって喜び合う。やはり、アリーナは強い。
 ミスター・ハンが担架で運び出され、そのまま少しの休息をとることもなく、アリーナは次の試合を行うことになる。

「続いての対戦相手は、ラゴス」

 名を呼ばれ、対戦相手のラゴスは向こう側の扉から出てくる。先ほどのミスター・ハンのように筋肉はなく、むしろ小柄という印象を受ける男だ。

「では、はじめ!」

 二戦目が開始される。ミスター・ハンより強いが、大したことはなかった。ミスター・ハン同様にあっけなくラゴスは敗れた。
 次の挑戦者は、ビビアンという魔法の使い手のセクシーな女性だった。男性だったら隙を突かれていたであろう豊満な身体。(現にクリフトやブライは鼻の下をでれっとだらしなく伸ばしている)だがアリーナは女性。彼女は惑わされることなく、また手加減をすることもなく、さくさくと倒した。戦いの合間に薬草もそこそこ使っているが、なかなか好調のように思える。
 次の対戦相手、サイモンは鎧を身にまとい、大きな剣を武器としていて、初めてアリーナが少し苦戦の色を見せ始めた。攻撃をなんとか躱しているが、一振りでも喰らえば命取りだろう。とは言え、鎧を纏っているサイモンへはなかなかアリーナの拳が通用しない。
 アリーナは覚悟をきめて、サイモンに間髪入れずに攻撃を始めた。

(簡単なことよ。サイモンが倒れる前にあたしが倒れなきゃいい話……!)

 人体の構造上どうしても鎧を纏えない場所がある。それは関節部分だ。アリーナは的確にそこを突いて行き、少しずつサイモンの体力を削っていく。だんだんとアリーナの息も荒くなってきて、滴る汗が地面に振りまかれる。アリーナの体力もそろそろ限界か、と思われるころに、やっとサイモンが力尽きた。

「勝者アリーナ!」

 今までの対戦相手同様、担架に載せられて運ばれていった。アリーナはその様子を見守りながら、薬草を使う。傷が癒えていくのを感じながら、汗を腕でぬぐい乱れた息を整えていく。

「次は準決勝です。相手は……ベロリンマン!」

 次の相手は人ではなく、なんとモンスターだった。この大会はどうやら人以外も参加できるらしい。仮にこのモンスターが優勝したら、王様は一体どうするつもりだったのか。
 現れたベロリンマンは白い毛を全身に生やし、大きな舌をだらしなく出している。

「では、準決勝。はじめ!」

 開始の合図と共に、ベロリンマンは四体に分身し始めた。戸惑うアリーナが、手始めに左端のベロリンマンを鉄の爪で攻撃するが、敵をとらえた感覚は皆無で、すかっと通り抜けていく。つまり、フェイク。右から二番目のベロリンマンが本物らしく、他の二体はすっと消えて本物がアリーナに攻撃する。どうやらこれは、殆ど運任せらしい。
 再びベロリンマンが四体に分身する。今度は左から二番目のベロリンマンを攻撃してみる。すると、確かな感触。どうやら山勘があたったらしい。心の中でガッツポーズをする。そしてまたベロリンマンは分身した。
 そんなことを何度か繰り返した後、ついにベロリンマンは倒れた。アリーナの勝利だ。

「勝者アリーナ!」

 ベロリンマンは横も縦も大きいせいか、担架には載らず、数名の兵士たちがずりずりと引きずりだしていく。
 アリーナは薬草を使い、次の戦いに備えての準備も万端なのだが、いつまで経っても次の対戦相手が出てこない。既に十分程度経過しているだろうか。観客もざわつきはじめる。興ざめだ、という言葉がちらほら聞こえてくる。
 ちらちらと苛立たしげにあちら側の扉を見ていた審判だが、とうとう痺れを切らして向こう側の部屋に行って何事かとたずねる。すると、驚くべき言葉が返ってきた。審判は唖然としたまま、ステージまで戻ってきてアリーナに告げる。

「実は……アリーナさんの決勝の相手のデスピサロが、いなくなってしまったのです」

 審判がアリーナに報告をしてる間に、他の兵士がステージの上に設置されている、王と姫専用の区画へ赴きその旨を伝えに行く。すると、王がマイクを使って指示を出す。

「どうやら、決勝の相手であるデスピサロがどういうわけかいなくなってしまったので、この大会、アリーナの優勝とする!」

 不服そうなものもいるが、コロシアムは指笛や拍手や歓声で埋め尽くされる。アリーナは手を振ってそれにこたえ、ベンチに待機していたナマエたちはアリーナの元へ駆けつける。

「姫! おめでとうございます!!」
「ありがとうナマエ!」
「やはり姫に敵うものなど、いませんね。きっとデスピサロとやらも恐れおののいて逃げたに決まっています」
「ふふ、そうね。やっぱりあたしがナンバーワンよね」

 クリフトの言葉に、アリーナは笑みを浮かべる。そうは言っても、アリーナは心の中にひっかかりを感じていた。

(なんで……消えたのかしら)

 クリフトの言うとおりアリーナを恐れて逃げたならいいのだが、優勝候補と囁かれていて決勝まで進出した者が、果たして本当に逃げるだろうか。その程度の覚悟では、とてもじゃないが勝ち抜けない大会だとアリーナは感じている。

「姫、見事でしたぞ」
「あら……ありがとう」

 アリーナの思案をよそに、普段武勇の面では褒める事なんて絶対にないブライまでも、アリーナを褒める。それが嬉しくて、消えたデスピサロのことは、頭から一瞬で吹き飛んだ。
 こうして武術大会は、アリーナの勝利で閉会した。そのころ、サントハイムで恐ろしい事が起こっていることも知らず、アリーナたちはただ喜んだ。