10.冷たい月と優しい太陽

 ジョナサンさまと距離があいてしまった気がしてから、わたしはそれはそれは気分の上がらない日々が続きました。あのことを話してくれない以外、ジョナサンさまとわたしの間は別段普通でした。会えば挨拶もするし、お話もします。けれどわたし自身が距離を感じてしまっているため、もどかしい気持ちばかりが残ります。
 ぼんやりとしたままジョースター邸のエントランスの掃き掃除をしていると、エントランスの大きな扉が開かれました。目をやると、ディオさまのご帰宅のようでした。ディオさまはわたしと目が合えば、わたしの名前を呼びました。

「おかえりなさいませ、ディオさま」
「ただいま」

 ディオさまはなぜかご自分のお部屋があるお二階には向かわずに、わたしのもとへとやってきました。

「……なあナマエ、やっぱり君、最近元気がないな。どうかしたのか?」

 どきん、と胸が締め付けられました。なぜ、ばれたのですか。普段は気を引き締めてるのですが、ディオさまと会ったのは不意だったので、全身から負のオーラが出ていたのかもしれませんね。指摘されて、ますます落ち込みます。

「ちょっと……色々思うことがありまして」
「話してみろよ、話せば楽になるとかいうだろ?」
「ありがとうございます……。でも案外元気なんですよ?」
「嘘はよくないぜ、なあ、ぼくじゃダメか? ぼくじゃ、君の力になれない?」
「そんなことはないのですっ。……あっ」

 再び扉があき、今度はジョナサンさまがお帰りになりました。ずきんと痛む胸を無視してわたしは、無理矢理笑顔を作ります。

「おかえりなさいませ」
「あ、ただいまナマエ。……それに、ディオ」
「ナマエ、ちょっとぼくの部屋にこいよ」
「え? ですがわたしまだ掃除――――」
「君にしか頼めない緊急の用事ができたんだ。ほら」

 ぐい、とわたしの手をもってずんずんと進んでいくディオさま。ジョナサンさまを見れば、なぜだか感傷的な顔でわたしを見ていました。どうしてそんな顔をしているのですか? 何がジョナサンさまを悲しませているのですか? わたしには、言えませんか?

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「急に連れ出して悪かったな」

 ディオさまの部屋にやってきて、ディオさまはイスに座るように促しました。わたしは手に持っていた箒を壁に立てかけると、言われた通りイスに座り、わたしたちは向かい合って座りあい、ディオさまは開口一番にそういいました。

「いえ」
「君が元気のないのは、ずばりジョジョに関係しているだろう?」

 ディオさまは超能力者なのでしょうか。それともわたしがわかりやすいのでしょうか……。

「……そうなんですけど」
「ナマエ、相変わらずわかりやすいな」

 うー……後者でした。それにしても、相変わらず鋭い。頬杖をついてこちらをいたずらっぽい笑みを浮かべ見ているディオさま。

「どうしたんだよ。ぼくは君に笑っていてほしいんだぜ」
「………なんていうか、最近ジョナサンさまと距離があいてしまったなって思っていて。気のせいかもしれませんけど」
「へえ、なるほど」
「もどかしいです。くよくよ悩んでも仕方ないことですが……。誰かと会っているときは気を張っているので大丈夫なのですが、ひとりで仕事をしているとつい、思い悩んでしまいます。心配かけてすみません」
「ナマエは本当に、ジョジョのことが好きなようだ。なあ、ジョジョじゃなくて目の前にいるぼくはどうなんだ? 君の気を引くことはできないのか?」

 思わず何度か瞬きをします。ディオさま……考えたこともない選択肢でした。綺麗で、美しい。けれど、何を考えているのか計り知れない奥深さと言いますか。そのようなものも感じる、ディオ・ブランドーさま。

「その間は、考えたこともないって感じだな」
「考えたこともない、といいますか、わたしはディオさまにお仕えするメイドですので、ディオさまを好きになれませんよ」
「けれど君は、ジョジョが好きなんだろう?」
「ま、まあ。そうですね」

 ジョジョが好き―――その言葉にぼっと火がついたように熱くなるわたし。そっか、わたし、ディオさまを考える暇なんてないくらい、ジョナサンさまでいっぱいいっぱい、なんですね。

「……そうか。無理矢理連れてきてしまって悪いな」
「あ、いえ。……それでは失礼します」

 うーん、やっぱりディオさまが考えていることはよくわかりません。急に冷たく感じます……。突き放すような、そんな感じ。そのことに一抹の恐怖すら感じつつ、わたしは今日の相棒の箒を持ってディオさまの部屋を出ました。
 部屋を出てエントランスに戻ろうとすると、ジョナサンさまが廊下でぼんやり何かを眺めているのが見えます。あれは亡きお母様の遺品である、石仮面です。少し気味が悪いのは内緒です。

「ああ、ナマエ」

 わたしに気づくと、ジョナサンさまは綺麗にほほ笑みました。

「ディオに連れていかれただろ? 少し気になってさ。大丈夫かい?」

 目の前で心配そうに聞くジョナサンさまに、叫びたくなりました。ジョナサンさまのことなんです、と。ですが、勿論そんなことはできない。理性が制御します。でも、叫んだら、何かが変わるのでしょうか。わたしとジョナサンさまの関係は、揺れ動き、そして変化するのでしょうか。

 でも。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 変わるのが怖いです。今以上に距離があいて、もう二度と縮められない程距離が空いてしまうことが怖いです。ですので、あなたへ気持ちを伝える勇気もありません。かといって諦めることもできません。いずれジョナサンさまは可愛くて綺麗なひとと結婚してしまいます。家にいるメイドと結婚なんて、天と地がひっくり返ってもないんです。

「そっか。ならよかったよ」

 なぜそんなに優しいのですか。……今は、その優しさが辛いです。