09.待ち焦がれたエンドール

 もう何度も通った、テンペ・フレノール経由でエンドールへ繋がる旅の扉のある祠まで歩いていった。最初のころは手ごわいと感じていた敵ももはや雑魚同然で、戦闘の時間が短縮されるている。それに伴い、一日に進める距離が以前と比べると伸びていった。結果、最初の旅路よりも数日短縮して、祠までたどり着く。
 祠へ繋がる扉の前に立っていた警備の兵士はアリーナ一行の姿を見ると敬礼をして横に数歩移動した。

「王より言付け承っています。どうぞお通りください」

 祠に入りさらに進むと、もう一人の兵士がいたが、彼もまた先ほどの兵士と同じように敬礼をして数歩横に移動した。そしてやはり、先の兵士と同じ言葉を言った。アリーナたちは兵士の横を通り抜け旅の扉の目の前までやってきた。
 初めてみるそれは、青白い光を放つ渦のようなもので、“旅の扉”というほどのものだから、扉だと考えていたナマエ はなんだか裏切られたような気分になった。

「さあ、未踏の地にいざ!!」

 アリーナの言葉を皮切りに、一行は旅の扉に飛び込んでいった。

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 今まで味わった事のない奇妙な感覚に襲われながら、三秒後には違う景色が広がっていた。先ほどまでいたところにはもっと広いところだったが、やってきたところは出口へと繋がる階段を下りればすぐに外へ繋がりそうだ。扉を開けて外へ出れば、太陽の光と、青々と茂る草木。
 無事にエンドール領へやってきたらしい。

「ひゃっほー! エンドールよ! はあ……まだ見ぬつわものたち。待ってなさいよね!」
「アリーナ様! 張り切って行きましょう!」

 アリーナの高いテンションにつられて、ナマエもテンションを上げて道のりを歩き出した。

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 地図を見てエンドールの位置を確認し、方角を確認しながら暫く歩くと、大きな城が見えてきた。サントハイム城とは違うそれに、大きな感動を覚えた。生まれてこの方、サントハイム大陸からでたことのないナマエは、気持ちが高揚しっぱなしであった。さすが世界の中心地といわれるだけあって、城下町も遠目だが栄えているし、城の外観も威厳が漂っていた。
 心なしか饒舌なナマエが、いつもどおり隣を歩くクリフトに興奮気味に話しかける。

「クリフト、世界は広いですね……。わたしはなんだか感動しっぱなしです。改めて、アリーナ様と一緒にきてよかったと感じます」
「そうですね。私もナマエも城の周りの世界すら疎かったですし、まして他の大陸なんていったことありませんしね」

 生まれたときからサントハイム城にいたナマエとクリフトは、小さいころから城内でずっとそれぞれ修行を積んできた。たまにサランに行くぐらいで、他の町などいったことのない二人にとってはこの冒険は発見と興奮と勉強の連続だった。世界は広いと聞いていたが、身をもって体感した。
 そうしてエンドール城下町に無事たどり着いた。町は活気付いていて、そこら中に笑顔があふれている。武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、教会と言った一般的な店や施設の他に、なんとこの町にはカジノもある。この町には武術大会の参加者の他に、ギャンブラーたちも集っているのだろう。

「なんか、城のほうからにぎやかな声が聞こえてきますね」

 クリフトに言われ耳を澄ましてみると、確かに城のほうから歓声が聞こえてくる。武術大会が行われているのだろうか。するとアリーナがすたすたとまっすぐ歩き出した。

「あそこに掲示板があるわ。きっとあそこに何か書いてあるはずよ」

 アリーナの言う通り、掲示板には武術大会のお知らせが張られてあった。どうやら城の裏の闘技場で行われているらしい。アリーナはそれを見るなり歩いていこうとするが、ブライに止められる。

「姫、そのまえに王に謁見せねばなりませぬ。姫はサントハイム王国の姫にあります。挨拶くらいするのが礼儀と言うもの」
「………わかったわよ。全く。挨拶すればいいんでしょ」

 心底うんざりしたように言い、とぼとぼと城へと向かう。城門には兵士が両脇に立っていて警備をしているが、アリーナの姿を見るとすっと左右へどいて扉を開ける。どうやらアリーナの正体を知っているらしい。敬礼をして、「アリーナ様ですね。遠路はるばるお疲れ様でした!」と片一方の兵士が言った。

「ええ。サントハイム王国の姫、アリーナよ。ありがとう」
「王座へとご案内いたします」

 兵士の言葉に甘えて、彼の後をついていく。サントハイムとはまた違った意匠の城内を見渡しながら歩いていくと、王座へとつながる大きな階段までやってきた。そこで兵士は立ち止まり、敬礼をする。

「この先が王座です。ここから先はこの者がご案内いたします」

 階段の両脇に控えていた兵士の一人をちらと視線をやると、その兵士も敬礼をした。

「アリーナ様をご案内できて光栄です。さあ、どうぞこちらへ」

 そう言って兵士は階段を上がり、一行を誘導した。すべて登りきると王座にたどり着いた。
 そこにはエンドール王と姫が座っていた。誘導した兵士はアリーナに一礼し、王と姫に一礼をしたのちにもときた階段を下りていった。
 アリーナたちは王の近くまで赴く。アリーナの立ち止まったその後ろで従者たちは立ち、姿勢を正す。

「アリーナ姫じゃな? よくぞ来た! サントハイムの王より聞いているぞ。世界の行く末を案じて力試しの旅とは感心なり!」
「お初お目にかかります、エンドール王。おっしゃるとおり、私はサントハイム王国の姫、アリーナでございます。身にあまるお言葉、大変嬉しく思います」

 恭しく一礼をしてアリーナは言う。先程、うんざりしたような顔をして謁見を面倒くさがっていたものと同一人物とは思えない振る舞いだが、アリーナはきちんと姫で、立ち居振る舞いも幼少の頃から叩き込まれている。息を吸うのと同じように、自然な所作として現れている。

「隣にいるのが姫のモニカじゃ」
「アリーナ姫、お会いできて光栄でございます」
「私こそ、光栄でございます」

 モニカとアリーナが挨拶を交わし合う。モニカもとても美しい姫だが、勿論アリーナには敵わない。とナマエは心中でそこそこ失礼なことを思う。

「アリーナ姫よ。早速で申し訳ないが、わしはそちにお願いがあるのじゃ……」
「? ええ。なんでしょうか」

 エンドール王の顔に気まずそうな色が浮かび、その横にいるモニカも困ったように眉を下げた。

「どうか、武術大会で優勝してくれないか?」
「勿論そのつもりでございますが、何ゆえそのような頼みを?」
「実は……わしが軽はずみに、“武術大会優勝したものとモニカを結婚させる。”と言ってしまったのじゃ」

 瞬時にナマエの頭に浮かんだのは、アリーナとモニカが結婚すると言う未来だ。あまりの衝撃に堪らずナマエの身体が微かに動き、声も出そうになるが、なんとか理性が勝ち、押さえつける。そして次には、女であるアリーナが優勝し、モニカと結婚しなくても済むようにしてほしい。と言う趣旨なのだろうと理解する。
 それにしても、一刻の王なのにも関わらずなんと不用意な発言をしてしまったのだろうか、とナマエはほんの少し呆れてしまう。サントハイム王だったら大会で勝ったものとアリーナと結婚させる! なんてことは絶対に言わないだろう。
 アリーナは力強く拳を握って頷いた。

「わかりました。なんとしてでも優勝してみせます」
「頼んだぞ。デスピサロ……といった男が現在トップじゃ。あやつはなんとなく危険な香りがする男じゃ……。気をつけてくれ」

 名前からしてとても不吉な男だ。だが、天下のアリーナ姫に敵うやつなんているわけない。確証のない自信だが、ナマエだけでなくクリフトやブライもそう思っているに違いない。

「ええ。十分に気をつけて挑みます」
「アリーナ姫。城を一旦でると両脇に扉がある。そこへ入れば城の裏のコロシアムにいけるぞ」
「わかりました。いってまいります」
「うむ。健闘を祈る」

 早速王座を後にして、言われた通りの道のりを進む。城門を出て少し歩くと、アリーナが「あー疲れた!」とぐっと伸びをする。

「お疲れ様でした」

  ナマエのねぎらいにアリーナは歩く足を止めてため息をついた。

「いやもう、慣れないことはしないことよね」
「わしはもう、ヒヤヒヤでしたぞ。やはり姫はきちんと姫でしたな」
「当たり前よ。ブライってば小さいころからずっと姫としての教育をうざいほどしてきたじゃない」
「う、うざいですと!? わしはですな、サントハイム王国の姫としての自覚をですな……」
「ああ、もう、やめましょう!」

 クリフトが慣れたように二人の口げんかを止めて、その場を収めた。この二人ときたら、口を開けば喧嘩ばかりだ。喧嘩している光景を見るのも慣れたし、喧嘩を仲裁するのも慣れた。

「とりあえず、受付にいきましょうか」

  ナマエの提案で、止めていた足を再び進めてコロシアムへと向かう。甲冑が両脇に置いてある扉を潜り抜けて細長い通路を歩いていくと、程なくして扉の両脇に兵士たちが立ち、門番をしている様子が目に入った。門番の一人がアリーナたちに気づくと、声をかけた。

「受付ですか?」
「ええ。ここでいいのかしら?」

 アリーナが頷いてみせる。

「はい。ではこちらからどうぞ」

 門番が扉を開ける。中をくぐると、選手の待機室のようなところにやってきた。たくさんの参加者が立ったり座ったりしていて、談笑していたり、己の武器の手入れをしていたりしている。アリーナたちは真向かいにある受付へと向かった。

「武術大会の参加エントリーをしにきたの。受付はここであってるかしら?」
「はい。お名前をここに記載お願いします」

 出された名簿表の一番下にアリーナは名前書いて受付に手渡すと、受付は説明を始めた。

「では、ルールについてご説明します」

 ―――まず、ご存知かと思いますが、参加は一名でのご参加になります。そちら様のようにお連れ様がいらっしゃっても、四人で戦闘は出来ませんのでご了承ください。ですが、コロシアム内で観戦は可能です。その際お連れ様が回復魔法をかけたり補助魔法をかけたり、また敵に攻撃魔法をかけたりなどとにかく部外者が戦闘に介入する事は認められていません。休憩の合間もまた然りです。勿論道具の使用も認めません。あくまでお連れ様は試合観戦のみとなっていますので、ご理解のほうお願いします。大会はトーナメント形式となっておりますので、負けたらその場で退場です。

「説明は以上ですが、何かご不明な点はございますか?」

 つまりは、戦えるのはアリーナのみで、従者たちは一切の手出しができないということだ。アリーナは頷いた。

「ないわ」
「では、試合開始まで暫くお待ちください。入り口近くにある道具屋で薬草を購入しておく事をおすすめしますよ」

 受付に言われた通り道具屋で持てる分だけ薬草を買った。今までクリフトの回復魔法に頼っていたので初めての薬草購入だった。買い物終えた一行は近くの空いているベンチに腰掛けた。

「アリーナ様、頑張ってください……! 回復魔法、かけたいの必死に我慢します」

 ホイミ程度ならナマエもかけられるが、そんなことをしてしまっては本末転倒だ。本当に辛そうにナマエは言う。

「私も……歯がゆいですが、姫様のためにも封じときますので、ご安心ください。頑張ってください!!」

 同じく本当に悔しそうにクリフトが言う。

「ああ、汗臭い。この待機室、なんと汗臭いのか。姫、さっさと勝ってさっさとここをでましょう」

 相変わらずの毒舌で言いたい放題のブライ。三者三様の言葉を受け止め、アリーナはにっと笑った。

「任せてよ。あたし絶対負けないわよ。見てなさい?」

 頼もしい笑顔の後、アリーナの名前が呼ばれて一行は移動した。アリーナの限界への挑戦が、今からまさに始まろうとしていた。