その日は唐突にやってきました。ジョナサンさまがボロボロになって帰ってきたのです。心の奥底がざわつきました。なぜジョナサンさまがこんなひどい目に……? ジョナサンさまは、ジョースターさまには知らせないでほしい、とのことなので、ひとまずわたしは救急箱を持ってきて、お庭にある大きな木の木陰で座っているジョナサンさまに簡単な手当てをしました。
特にジョナサンさまの左目は怪我がひどく、真っ赤に充血していましたし、血も出ていましたが、失明はしていないようでした。
「ありがとうナマエ」
「いいえ……」
「そんな顔をしないでくれよ」
「はい……」
そう言われましても、心が痛いです。誰が、どうして、こんなことに……。怪我の様子を見れば、誰かに殴られたに決まっています。
前にもこんなことがありました、あれは女の子のために戦ったとき……。今回も、誰かを守ったのですか? わたしの知らない、誰かを。
「ナマエ!? 泣かないで、ナマエ、大丈夫だから」
ぽん、と頭に置かれました。色々な感情がごちゃ混ぜになって、結果涙がぽろぽろと流れ出ました。
+++
ジョナサンさまから話してくれるのを待とう、そう思って、何も触れませんでした。けれどジョナサンさまが話してくれることは、ありませんでした。この間のときは話してくれたのに。
急にわたしとジョナサンさまの間に距離ができてしまったような気がして、わたしはますます落ち込みました。ジョースターさまには食事の場で、転んでけがをした、と言っていました。明らかに転んだ怪我のそれではないことは誰が見ても分かりましたが、ジョースターさまは深く突っ込まず、そうか。とだけいっていました。
何も聞く権利など持たぬわたしです。
ジョナサンさまが言ってくれるその時まで、待たなければいけないのです。でも、この身勝手な心が、歯止めの利かぬこの喉が、ジョナサンさまを見かけるたびに、真実を教えてほしいと、叫んでしまいそうになるのです。
(……愚かです。高望みです。ただのメイドのくせに)
ジョースター邸のエントランスの、特徴的な白黒のタイルの上を歩きエントランスまで向かい、戸締りを確認します。
「ナマエ?」
ぼうっと、物思いにふけりながら戸締りを確認していましたら、声がかかりました。心臓が口から出るかと思いました。想い焦がれたその人……ジョナサンさまでした。
ろうそくの微かな灯りでその姿を闇から現したジョナサンさまの表情は、どこか浮かない顔でした。
「ジョナサンさま、どうかなさいましたか」
ジョナサンさまの姿を見るのがこんなに苦しいなんて。陳腐な表現ではありますが、胸が今にも張り裂けてしまいそうです。どうか、聞かせてはくれませんか? 何があったのですか?
「……いや。ちょっと課題が終わらなくてね。気分転換にさ」
「そうですか」
わたしたちは向かい合ったまま、少し沈黙しました。その沈黙に耐えかねたのは、意外にもジョナサンさまのほうでした。
「今日はありがとう、手当てしてくれて」
「いいえ。わたしにできることがあればなんでもします」
「ナマエ、君ってホントにいい子だ。こんな子がぼくの家のメイドで、ぼくは幸せ者だ。それじゃあ、おやすみ」
くるり、わたしに背を向けて歩き出すジョナサンさま。とうとう何も教えてはくれませんでした。いい子だなんて言われても、嬉しくありません……。
かろうじで絞り出した声で、背中に向かって「おやすみなさいませ」とつぶやいた。
+++
この怪我はディオにやれらたもの。まあ、別に一方的にただただやられたってわけじゃあない。 ボクシングで負けてしまったわけだが、彼は明らかに、わざとこの目に指を入れて殴りぬけた!
ナマエの顔を見るとだめだ。打ち明けてしまいたくなってしまうんだ。そんなことしたところで、喜ぶものなんて一人もいない。再びナマエの、ディオへの心象が薄暗くなってしまうだけだし、ぼくも彼女に告げたことを絶対に悔いるだろう。
では、このやり場のない思いはどうすればいいのだろう。
君を大切にしたい。曇りのない君をディオから守りたい。でもディオはナマエのことを気に入っているようだから、その心配もいらないかもしれないな。
君は何でも言える相手だったのになあ。それが仇となって、君とぼくの間に距離を作るなんて。言いたい、けれど言えない。ナマエ、君を大切にする方法は、きっとこれで合っているよね?
