08.時を駆けそびれた少女

「……え、リンク?」

 剣を抜いた瞬間、眩く光を放ってリンクとナビィはその場から忽然と消えた。残ったのは、剣が刺さっていたトライフォースの紋を刻んだ台座と、ナマエ自身だけ。聖地への扉が開けたはずなのに、なぜ自分はここに取り残されたのだろうか。

「……どうしよう、あの剣触ってなかったら駄目だったのかな」

 とにかくここにいたら、ガノンドロフが遅かれ早かれやってくる。しかしどこにいけばいい。リンクがいなければこの世界で、たったひとりになる。ナマエ、と名前を呼んでくれた太陽のような少年は一体どこへいってしまったのだろう。

「ロンロン牧場……しかないなあ」

 この世界にただ一人、友達だ、といってくれた女の子がいる。いまのリオにはマロンしか頼れる人はいない。ロンロン牧場にとりあえず身を寄せることにした。
 時の神殿を出て城下町のメイン通りに出るとナマエは愕然とする。魔物が城下町を跋扈して、人を襲っていた。逃げ惑う人々の悲鳴と、魔物の咆哮がないまぜになり、城下町は混沌を極めていた。こんな時リンクだったら、魔物を倒して町の人々が逃げる時間を稼いでくれるだろう。けれど自分にはそんな力はない。なんと無力なのだろう。悔しい、何もできなくてごめんなさい、泣きそうになりながらナマエは城下町から逃げる人々の流れに乗って城下町を脱出し、ロンロン牧場へと一人走っていく。日はすでに沈みかけていて、非常に危険だった。ハイラル平原には魔物もいる。夜になると魔物の数はさらに増える。武器や、身を守るすべを一つも持たないナマエにとって、夜になるということは不都合なことだった。ロンロン牧場はもうすぐだが、日が暮れてしまいそうだ。そのとき、骨の竜の魔物がナマエに気づき、近づいていくる。鋭い爪で攻撃をしてくる魔物だった。

「や、ばい……!」

 大慌てで魔物から逃れようとしたが、すぐに追いつかれて、魔物の大きな爪がナマエに襲いかかる。

「いっ!! ……った!」

 鋭い痛みがナマエを襲う。服が破けて肩に三本の爪痕から血がにじみ出た。けれど怖気づいている暇はなくて、ありったけの勇気を振り絞って襲い掛かってきた魔物に無我夢中でタックルをした。魔物は少しひるんだので、その隙をついてロンロン牧場まで猛ダッシュする。ぽろぽろと涙が止めどなく溢れるが、そんなのをふき取る余裕なんてない。漸くロンロン牧場についたころには、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっていたし、肩はじくじくと痛んだ。

「リンク……どこいっちゃったの……」

 こんな広い世界で、わたし、ひとりぼっちだよ。誰も守ってくれないよ。
 牧場に無事辿り着いたことも相まって、声を出して泣いた。リンクの存在の大きさを改めて知った。見た目はただの小さな男の子なのに、中に宿った魂はそんなんじゃなくて、やさしくて、強くて、勇気のある、素敵な男の子だ。リンクは剣とともにどこへいってしまったのだろう。

「誰……? あれ、ナマエ……?」

 名前を呼ばれた。顔をあげれば、カンテラを持ったマロンがそこにはいた。

「うっ……マロン……!」
「ナマエ。どうしたの、ナマエ?」

 マロンは慌てて駆け寄ると、ナマエの肩口の服は大きく裂かれていて、そこから出血をしていることに気づく。

「ナマエ、怪我してる! 父さん!!」

+++

 ロンロン牧場の中にあるマロンの家の中で、タロンから怪我の手当てをされている間に、ナマエも少しずつ落ち着きを取り戻していった。マロンと、父親のタロン、そしてインゴーというロンロン牧場で働いている男、三人に囲まれる中、ナマエはいままでの経緯と、今ハイラルで起こっていることを話せる限り話した。
 ハイラル城が燃えているのが見えて、慌てて向かえば、ゼルダ姫と乳母のインパが馬に乗って逃げていくところとすれ違った。それを、西の砂漠に住まうゲルド族の首領、ガノンドロフが追いかけていったこと。城下町も魔物に襲われていて、陥落寸前だったということ。恐らく、ハイラル城はガノンドロフの支配下に置かれているということ。身寄りのないナマエがただ一人頼れる人がマロンで、ここまでやってきたということ。来る途中に魔物に襲われて怪我をしたということ。
 リンクのことも聞かれたが、うやむやにした。リンクのことを話せば、すべてを話すことになる。それはまだ話したくはないし、正直リンクが今どういう状態かは分からない。なので、途中ではぐれた、と当たり障りのないことを言った。だからリンクと会えるまで、ここにいさせてほしい、と結びにお願いする。
 タロンは安心させるように大きな丸い瞳を細めて、ゆっくりと頷いた。

「ここにいるといいだぁよ、部屋も開いてるし、マロンもよろこぶだあ」
「うん、ナマエ、ここにいてよ」
「ありがとうございます」
「こんなちいせえのに、苦労してるんだなあ……」

 ちいさく呟いたインゴーの言葉は、ナマエの耳にしっかりと届いていたし、きちんと意味も伝わった。インゴーは、リオの姿がちいさいので、きっと言葉の意味なんて理解できないだろうという油断から、ぽろりとでたのだろう。リオはその言葉を、聞こえていないふりをした。
 しかし、ナマエの期待も虚しく、待てども待てども、リンクは訪れなかった。それから七年の月日が経った。