07.お花畑ワルツ

 ぼくはその言葉を聞いたとき、ひどく面食らった。だって吃驚したんだ。ナマエとディオが街へ行ったなんて。二人はそんなに親密な仲だったとは、ぼくは思いもよらなかった。なんというか、恥ずかしい限りだけれどナマエと一番親しいのはぼくと思っていたから。そして、ぼくも一番親しいのはナマエだと思っていた。

「キミ、ナマエと街へ行ったことがないんだって?」

 ぼくを驚かせた張本人、ディオが勝ち誇ったような笑みを浮かべてそういった。

「……ああ」

 絞り出すように、ぼくはそれだけ言った。なんでこんなに悔しいんだろう。別に、ナマエが誰とどこへ行こうが自由だってのに。

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「おはようございます」

 ノックの後にその声が聞こえてきて、ぼくは返事をする。扉があいて現れたのはナマエで、「失礼します」と言って頭を下げた。いつもと何かが違っていた。じっとナマエを見ていると、その違和感の正体に気づく。髪を赤いリボンで結わいているのだ。それはとても彼女に似合っていた。

「おはようナマエ、今日はナマエが呼びに来てくれたんだ。それに見ないリボンを着けているね、とっても似合っているよ」
「本当ですか? ありがとうございます」

 もじもじと照れたようにナマエは言った。が、途端、しまった! といったような顔になった。

「ちょ、朝食! です! では失礼します!!」
「え、ナマエ、ちょっと」

 物凄い速さでナマエは部屋を出ていった。いったい、どうしたっていうんだろう。

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(……くうー。ディオさまからいただいたものを、ジョナサンさまに……なんだかとっても、複雑な気持ち)

 ジョナサンさまの部屋を慌てて出て、扉に背を預けて、ふう、と息をつきます。またしてもわたしは、勝手に罪悪感をもやもやと抱きます。なぜ、こんなに薄暗い気持ちになるのでしょう。
 なんて考えながらも、しょぼくれつつ、ディオさまの部屋に向かいます。

 いや、でも。
 ジョナサンさまからしたら、わたしとディオさまがどこでなにをしようが別にどうってことないことなわけです。本当に、わたしが自意識過剰なだけです。
 ようし、もう堂々としよう。似合うって、いってくれたし。そ、そうだよ! ジョナサンさまが似合うって言ってくれた……嬉しい!
 たどり着いたディオさまの部屋をノックしようとして、ちょっとどきっとしました。このリボンを見て、どう思うでしょうか。生憎手鏡を持ち合わせていませんので、なんとなくで前髪を整えます。改めてノックをして、ディオさまの部屋から返事が返ってきたので扉を開けます。

「失礼し―――ッ!?」

 入ってビックリ! ディオさまは扉のすぐ前にいて、一気に至近距離になりました。これには心臓がばくばくです。

「よし、ちゃんとつけているな」

 わたしよりも背の高いディオさまがわたしの肩に手を置いて、ひょいっとわたしの頭の後ろを覗き込み、そう言いました。近いです近いです近いでーーーす!

「うん、似合うな」

 姿勢を元に戻して、ディオさまがにっと口元を吊り上げて言いました。ディオさまに言われてすごくうれしいのですが、やっぱりジョナサンさまに言われた時ほどの衝撃と破壊力はなくて、改めまして、わたしはジョナサンさまが好きなのだなあと思います。

「ありがとうございます。大切にします」

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 にこにこと相変わらず、阿呆みたいなツラだ。まあしかし、このディオの見立て通り、似合っている。やはりぼくの見る目に狂いはない。これでこのディオへまた一歩、近寄ったわけだ。こいつはアリジゴクに入り込んだ、アリだ。もう逃れられない、あとはこのディオが喰らうまでだ。

「よし、朝食に行くかな」

 ぼくとナマエは部屋を出た。廊下を歩いていると、ちょうどジョジョのやつが部屋から出てきた。これ以上にないグッドタイミングってやつだ。

「やあ、おはよう、ジョジョ」
「おはようディオ」

 初日に牽制してから、ぼくはそこまでジョジョに辛く当たってない。少し冷たくしている程度だ。作戦はあくまで水面下で、だ。しかしそろそろ、学校の友達も取り上げなくっちゃあな。学校での行為は、ジョジョが口を割らない限り、誰にもばれることはない。
 まあナマエに話される可能性があり、ナマエのぼくへの信頼が下がる心配も、ないとは言えない。が、こいつの紳士を目指す信念はよーく理解している。紳士は、影でコソコソと悪口を言ったりしないものだ。
 はっ! そのクソみたいな信念が、自身を追い詰めるなんてな。哀れなことだ、ジョナサン・ジョースター。それにナマエからの信頼がなくなったところで、ここでの暇つぶしがなくなるだけ。たいしたことじゃあない。

「なあジョジョ、ナマエのリボン似合うだろ?」

 ジョジョと並んで歩きながら話を振る。

「ん……ああ、とっても似合ってる」
「これはぼくが昨日、彼女と街に行ったときに贈ったんだぜ。なあ、ナマエ」
「あ、はい!」

 振り返ればぼくの少し後ろで頬を染め、リボンを触るナマエ。いいぞ、その様子、なかなかいい表情をできるじゃあないか。ジョジョの顔を見れば、なんとも複雑な顔をしている。小気味良い光景だ。
 昨日の夜、ジョジョに話したときもこんなような顔をしていた。それでいいんだ、その顔が見たいんだ。願わくば、もっと惨めな顔が見たいものだがね。

「今度はジョナサンさまも一緒に行きましょうね」
「本当かい? 楽しみだなあ」

 クッ、この阿呆女、余計なことを言うんじゃあない!! 思わず叫びそうになるが、ぐっと堪える。ぼくの思惑を知る由もない、今はやたらと鼻につく阿呆な笑顔のナマエ。ジョジョもジョジョで、表情を柔らかくしている。
 胸糞悪い。左後ろに阿呆女、右にジョジョ。どっちもお花畑が似合うような腑抜けたツラをしていて、ぼくは朝から頭が痛くなった。