ほとんど休みなく足早に歩みを進めて、サントハイム城まで戻ってきた。急ぎ足で来たため、来るときよりも引き返すときのほうが早くたどり着いた。見慣れたサントハイム城が懐かしく感じたが、懐かしむ間も無く王座まで駆け足で向かう。早く王に会って、容態を自分達の目で確かめたかった。
「お父様!」
階段をいち早く駆け上がったアリーナが、開口一番に叫ぶと、傍に控えていた大臣が、待っていたと言わんばかり「おお!」と声をあげてアリーナたちのもとへやってきた。王は見た目は別段変わった様子はなかったが、その口をどれだけ開けても、そこから音が出ることはなかった。
アリーナの後ろに従者たちは控えて姿勢を正す。
「よくきてくれました姫……。もう聞いているかと思いますが、王のお声がでなくなってしまったのです」
城の人が見たら先行きに不安を感じそうな表情をそのままに、大臣は言った。
「あの、原因は分かっているの?」
アリーナが問うと、当惑した表情のまま大臣が、
「それが、わからないのです……」
と、言う。
「原因が、わからない?」
アリーナはたまらず首をひねる。原因不明とはなんとたちが悪いのだろうか、とナマエは下唇を噛みしめる。王を見れば、困ったような笑顔を浮かべていた。その笑顔になんだか胸がぎゅっと締め付けられた。
「この国は王で持っているようなものです……。民には心配させないように、何も言ってありませんが」
アリーナの母である后は姫が小さいころに亡くなったし、息子もいない。唯一の娘であるアリーナは自由奔放に毎日過ごしている。実質王だけでサントハイムを統治していたのに、その王の声が出なくなってしまったのである。それも、原因もわからず。そんなことが民に知れてしまえば、混乱するだろうし、政治が乱れてしまう。
「大臣殿」
後ろからしわがれた男の声が聞こえた。振り向けば、ゴン爺が杖をついて立っていた。ゴン爺とは、古くから裏庭に住むおじいさんのことで、ナマエもよく知っている人物だ。城仕えのものたちは大体、小さい頃に遊んでもらう好々爺で、ナマエも昔はよく遊んでもらったものだった。
「おおゴン爺! 今の話、聞いておったか? 何かわかりませんかな……?」
大臣がゴン爺のもとへと赴きながら声をかける。ゴン爺は昔から城に仕える、言わば知恵袋的な存在だ。大臣の声からも期待を感じる。
「わしの知るところによると、その昔、詩人のマローニも喉を痛めたとか。しかし今は美しい声。何か知っているかもしれませんぞ」
「よし!! ナマエ、クリフト、ブライ、いくわよ!」
「はい!」
アリーナはすぐにマントを翻して王座を後にしたので、ナマエとクリフトも威勢よく返事をし、すぐさまアリーナについていく。
「王……暫くの辛抱ですぞ」
ブライは最後に王に言葉をかけると、王座を後にした。目指すはサラン。マローニが住む町へ。
サランは相変わらずのどかな町で、旅立ちの時に立ち寄った際となんら変わりない。宿屋のバルコニーでは、マローニが美しい声で歌を奏でている。ナマエたちは逸る気持ちをそのままにマローニのもとへ駆け寄った。
「マローニさん! あの、昔喉を痛めたってホント!?」
バルコニーに突入したアリーナは、挨拶もおざなりに吟遊詩人のマローニに尋ねる。突然の闖入者に驚いた様子もなくマローニは「おや」と穏やかに微笑んだ。
「これはこれはアリーナ姫。ご機嫌麗しゅう」
切羽詰ったようなアリーナの空気に流されることなく、マローニは美しい声で恭しくと挨拶をした。アリーナもその雰囲気に飲まれて、こんにちは。と呟くように挨拶をした。
「喉、ですか?」
そして笑顔のまま、先程アリーナからかけられた言葉に対して小首を傾げて疑問系で返した。アリーナは頷いた。
「ええ。昔、喉を痛めたって聞いたんだけど。どうして今はそんな美しい声で歌を歌えるのかしら?」
「ああ、それはですね、さえずりの蜜というエルフの薬を飲んだからだと思いますよ。昔、砂漠のバザーで見つけたのです。エルフの薬には特別な力が宿りますからね」
さえずりの蜜……。とアリーナは復唱し、ありがとう! と礼を告げると、少し離れた場所で待機しているナマエたちに「行きましょう!」と声をかけて足早に立ち去っていく。道すがら、アリーナは従者たちに次なる目的地を告げる。
「さえずりの蜜っていうのが、砂漠のバザーに売ってるらしいわ。それを買いにいくわよ!」
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大臣にさえずりの蜜のことを伝えると、アリーナたちは再び砂漠のバザーを目指して旅を始めた。旅を始めたころよりも強くなった四人にとって、道中の魔物たちは最早敵ではなかった。
足早に砂漠のバザーまでの道のりを行く。
「王様……なぜ声が出なくなってしまったんでしょうか」
ナマエは隣を歩くクリフトに、答えなんてわかるはずのない質問をしてみれば、案の定クリフトは苦笑いを浮かべて、さあ。と肩をすくめた。
「私には見当もつきません。ただ……私達が旅に出てからの出来事なので、少し引っかかりますね。まるで見計らったようなタイミングですよね」
顎に手を添えて、思案を巡らせるように視線を巡らせて、んー。と唸る。だがわからないものはわからない。いくら思案を巡らせても、やはり答えはでなかった。
「王様の喉が治ったら、きっとわかりますよね」
ナマエの言葉に、クリフトがええ。と頷いた。前を行くアリーナに後れを取らないように、ナマエとクリフトも歩みを速めた。
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「ええーーー!? ないですって!?!!?」
「昔一個だけあったんだけどね。もう残ってないよ」
数日掛けて戻ってきた砂漠のバザー。アリーナは身を乗り出して、絶望に打ちひしがれた顔で口をパクパクする。あまりの衝撃に、何も言葉が出てこなかった。
これでは王の声は戻らないし、サントハイムと砂漠のバザーと言う長い道のりの往復もすべて意味がなくなる。ナマエやクリフト、ブライも口をあんぐり開けて何も言えずに戸惑いの表情を浮かべている。
ぱたぱた、と店主が団扇を仰ぐ音だけがこの空間に聞こえている。
「でも、エルフがくるっていう西の塔ならあるんじゃないかな? 別名、さえずりの塔って言われているよ」
店主が暑さでだるそうな顔で言った。その言葉に、一気に希望の色が戻ってくる。
「それ! どこ!!」
「名前のとおり、ここから西にある塔だよ。ただ、そのクスリがあるかどうかはわからないけどね。あくまで可能性だよ」
くるりと振り返ったアリーナは、額に滲んだ汗をぬぐい、「いくわよ!」と輝きに満ちた表情で高らかに言い放った。エルフが都合よくいるとはあまり考えられないが、少しの希望にかけて、四人は西の塔へ向かった。
