そういうわけで、わたしは今、ディオさまと一緒に街へ出ています。街にやってきたのなんていつ振りでしょうか。まして誰かと一緒に来るなんて、初めてに等しいです。たまの休日に、一人でうろちょろするくらいですので、もちろんジョナサンさまとも来たことがありません。昔はよく遊んでいましたが、それはあくまで家の近くの野原などでしたので。
そういうわけで、当然、わたしも浮かれているわけです。ロンドンの中心街ほどの賑わいはないにしても、ここだって十分賑わっているわけでして!
「わああ……! 可愛い!! あ、美味しそうなもの発見です! ディオさま、一緒にいか―――」
隣を歩いているディオさまをちらっと見上げて、はっと我に返りました。ディオさまが、やれやれ、といったような顔をしていたのです! わたしは一人で大いに盛り上がっていることに気づいて、急に恥ずかしくなり熱くなります。
「す、すみません……なんか一人で盛り上がってしまいました」
「いや、いいんだ。どうかそのままでいてくれよ。ぼくはそんなナマエの姿を見ているのが楽しいのだからね」
そういわれましても……。
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ぼくの部屋の家具を選ぶ、という名目で彼女を連れ出した。帰った後、ジョジョの反応が楽しみだ。それにしてもこの女、随分と楽しそうだな。見ていて面白い。やっぱりこの女をターゲットにしたのは間違いじゃあないようだ。先ほどから店を眺めてはぶつぶつと一人で楽しそうにしゃべっている。
「す、すみません……なんか一人で盛り上がってしまいました」
ぼくの顔を見たと思ったら、急に顔を赤くして、委縮した。
「いや、いいんだ。どうかそのままでいてくれよ。ぼくはそんなナマエの姿を見ているのが楽しいのだからね」
この口が面白いくらいすらすらと紳士じみた言葉を言って、そのまま頭に浮かんだ問いを投げかけた。
「ジョジョともよく来るのかい?」
「いいえ。わたし、恥ずかしながら、街へ誰かと来たのは生まれて初めてでございます」
「へえ! そいつは意外だ。てことは、ぼくが初めてってことか?」
「はい」
幾分落ち着きを取り戻したナマエが頷いた。こいつはいいことを聞いた。ジョジョのやつに話してやろう。どんな顔をするか、今から楽しみだ。
それからぼくたちは家具屋に入ったり雑貨屋に入ったりして、ああでもないこうでもないと言いながらウインドウショッピングをする。まあ正直、家具なんてどうでもいいんだ。大事なのは、ナマエと今日街へ繰り出した。その事実だけだ。
「……可愛い」
あれはそう、雑貨屋に入った時だ。ぼそっと、ほとんど無意識にナマエがそう漏らした。本人も呟いたのを気づかないくらい、息をするのと同じくらい自然と呟きを落としていたのだ。ナマエの目線を辿ってみれば、髪を結ぶ赤いリボンがあった。視線を再び彼女へと戻す。
ぼくの頭の中でこのリボンで髪を結わうナマエを想像すると、似合うと思った。
(ほう。これは使えるかもな)
暫くこの雑貨屋を見て回り、ぼくはナマエに「少し外で待っていてもらってもいいかい?」と告げると、従順な彼女は追及なんてせずに、「はい!」と良い返事をして、ぱたぱた店を出て行った。
ぼくはちゃんと外に出たのを確認し、赤いリボンを買い上げた。店の外に出ると、彼女はこちらに背を向けて街の様子を眺めていた。
「ナマエ」
名を呼べば、くるっと振り返って、「おかえりなさいませ」と、別に家に帰ったわけでもないのに妙なことを言った。ナマエの顔は、彼女がよく見せる阿呆みたいな笑顔であった。しかしぼくは、ナマエのその阿呆みたいな笑顔は、別に嫌いじゃあない。なんというか、無害。この言葉がしっくりくる。
ぼくは、味方なんてものはいないと思っている。従うものはいても、それは別に味方じゃあない。裏切る可能性は少なからずあるだろう。
けれどコイツのこの、阿呆みたいな笑顔は、バカみたいに無害だ。裏切る可能性なんて微塵も感じさせない。嘘のない、笑顔。
「これを開けてごらん」
え? とその阿呆な笑顔を引っ込めて、ぼくに言われた通り、彼女の目の前に突き出した袋を受け取って、開けて中身を見れば、ナマエの顔がみるみるうちに驚きに染まっていく。
反応がイメージ通り過ぎて、ぼくは思わず笑いそうになった。
「こっこここここ!!」
袋の中身と、ぼくの顔とを交互に見比べている。
「ニワトリみたいだぜ、君」
ぼくが茶化しても、ナマエの驚きが止まることとはない。ああ、そうだ。ナマエってやつは、すべてぼくの予想の範疇の人間だ。だから、裏切りを匂わせないんだ。
こんな反応も、すべては予想通りだ。まあ、少し想像より過剰ではあったが。
「おいくらですか!! お金払います!!」
「よせよ、これはぼくがナマエにプレゼントしたんだぜ。お金なんてもらえるかよ」
「しっしかし!!!」
「さあ、次の店に行こう」
ぼくは一足先に歩き出す。
「でもお!」
遅れてナマエも歩き出す。情けない声が背中に聞こえてくる。
「いいかい、明日、そのリボンをつけて、ぼくに朝食だと呼びに来てくれよ。それだけでいいんだ」
「う、あ、うう……。本当に、本当にありがとうございます。わたしも何かお礼がしたいです!!」
「いいよ、いつもお世話になってるのはぼくだ」
「そんな、それは当たり前のことです、わたしはメイドですもの! ディオさまのためにいるのです! お願いします、何かお礼がしたいです!」
ディオさまのためにいる―――そんな言葉に、背筋がゾクゾクとするのを感じた。へえ、悪くない響きだな。お前はこのディオのための存在、そうだな。ぼくは込み上げてくる笑みをそのままに、ちらとナマエを見れば、懇願するようにぼくのことを見上げる。ッフン、なかなかいい表情をするじゃあないか。
「……それじゃあ、ぼくが喜びそうなものを今度くれよ。ただし、ナマエが考えるんだ」
「ええ! む、難しい……。でもわかりました、いっぱい考えます」
勘違いしてほしくないが、別にナマエが好きってわけじゃあない。ただ、無害ってだけだ。それ以上でも以下でもない。すべてはあくまでジョジョを孤独にするための策であり、ジョースター邸での暇つぶしだ。このディオがこんな女に? 万が一にもありえん。ありえないんだ。
こいつもジョジョも、サル以下だ。ぼくよりも遥かに下等。そんなやつにぼくが好意を抱くなんて、天と地がひっくり返ってもありえん。人間が花に恋をするのと同じくらいありえないね。
結局ぼくたちが帰路についたのは、夕闇が差し迫っているときだった。そろそろ夕飯の時間で、メイドの仕事着に着替えて、夕食を知らせるにはナマエとしてもちょうどいい時間だろう。
帰路の途中、随分と楽しかったらしいナマエが上機嫌そうに、
「今日、とっても楽しかったです! 本当にありがとうございました。また、もし機会がありましたら、誘ってください」
そうぼくに言った。
「ああ、ナマエとならもちろんさ」
そしてぼくは二つ返事で引き受ける。
「今度は、わたしが絶対に、何か贈りますので……!」
「ははっ、それは楽しみだなあ」
繰り返すようだが、これはジョジョのやつを完全なる孤独に陥れるためであって、別にぼくの本心じゃあないんだ。冗談じゃない、このディオがこんな小娘に興味なんて持つわけがないんだ。
