砂漠でバザーをやっているとの情報を得た一行は、買い物好きであるアリーナの意向により、バザーへ向かう事にした。バザーはちょうど砂漠の真ん中で行われており、辿りついたころにはすでにへとへとになっていた。
「うう……暑い……とりあえず休みましょ」
アリーナがいつも被っているロイヤルブルーの帽子を取り、それでパタパタと仰ぎながら言う。
「そうですね……熱中症になっちゃいます」
ナマエは防具を外してできるだけ涼しい格好をしている。とは言え砂漠の暑さはそれしきのことでどうにかなるものではない。汗ばんだ腕に砂粒がつき、それで額から流れ出る汗を拭えば、顔も砂まみれだ。
「私も賛成です……」
切りそろえられた前髪が汗でピタッと張り付いたクリフトは、神官たるものと言い、ほんの少し袖を捲くっただけで帽子を被ったままだ。
「………くたばりそうじゃ」
そういうブライの禿げ上がった頭には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。何やら不穏なことを言っているが、あながち冗談でもなさそうなのが笑えない。重い足を引きずりながら宿屋へ歩いて行き、買い物の前に休憩を取る事にした。
「ナマエ……ここって、シャワーあるかしら?」
案内された部屋でベッドに横たわり、一息ついたアリーナが、同じくベッドに横たわって目をつぶっていたナマエに問いかける。ぼうっとする頭で思考をめぐらせて、乾いた喉で声を絞り出す。
「あると思います。一応、宿屋ですし、人もいますからね」
というより、なかったら大変な事になる。髪は汗や砂できしきしで、汚い。服もたくさんの汗を吸っていて、そのうち異臭を放ちそうだ。上体を起こして、額に纏わりつく前髪をかきあげる。
「調べてきます。それから……飲み水も持ってきます」
「あら、ありがとう……」
手をひらひらと振り、ナマエを見送ると、アリーナは目をつぶってまもなく寝息を立て始めた。階段をおり、宿屋の主人にシャワーの有無と、飲み水はどこにあるかをたずねる。するとどうやら風呂場があるらしい。それから飲み水を四人分いただくと、男部屋にクリフトとブライに水を渡し、風呂がある事を伝えると、とても感謝された。
「ありがとうございますナマエ! もう、汗だくで気持ち悪くて。それに喉も渇いていて……本当にありがたいです」
「さすがナマエですな。気が利く……アリーナ様もこのような女性になっていただけたらよいのじゃがな」
「……それはどうも」
みんなのため、と言うよりもむしろ自分のため、と言うほうが強いのだが、どうやら自分が親切心で行ったと捉えてくれたらしい。訂正する気力もなかったので、ナマエはそのまま男部屋を後にした。
「姫様、お風呂あるみたいです。それからこれ、飲み物で」
部屋に入り開口一番に言うが、返事はない。その代わり寝息が聞こえてくる。どうやらアリーナは寝ているようだった。無理もない。暑くてたまらない砂漠を突き進み続けて数時間。疲れないほうがおかしい。ナマエとて気を抜けばすぐに眠りの世界へ行くことができる。
だが、熟睡した後、身体がべたべたして汚いままというのは、どう考えてもいただけないだろう。幸いアリーナの眠りはまだ浅いはず。ナマエは心を鬼にして、アリーナを揺り起こす。
「姫、おきてください。お風呂いきましょう」
「ん………あ、ナマエ? 寝ちゃってたわー。どうしたの?」
「お風呂あるらしいです。いきましょう」
「それはよかった……汗でベトベトだもの。行きましょう」
アリーナはごしごしと眠たい目を擦りながら上体を起こして、着替えを準備すると、ふわふわとした足取りで部屋からでていった。姫はお風呂の場所を知ってるんでしょうか? なんて思いながらも、着替えを鞄から取り出して急いで部屋を出る。
部屋を出てすぐそこで、ぼーっとうつろな瞳で前方の景色を見つめているアリーナがいた。
「……ナマエ、あたし肝心のお風呂の場所、知らなかった」
「はい。そうですね、こっちです。」
主人に教えられたとおりの道を歩いて行き、風呂にたどり着く。風呂の中で何度も眠りそうになっているアリーナをそのたび起こしながら、風呂を終え、部屋にもどった。
すっかり暗くなった外を窓から見て、今日はもう寝よう。とベッドに横になった。隣のベッドではもうアリーナが眠りの世界へ旅立っている。その様子を確認して、ナマエも目を閉じた。眠りにつくにはそう時間はかからなかった
次の日、すっかり疲れの取れたアリーナたちはバザーへ繰り出した。
「さー! 買うわよー!!」
昨日とは打って変わってこの元気。ナマエはそのことを嬉しく思いながら、おー! と腕を天へ突き上げた。クリフトとブライは彼女らの少し後ろを歩く。
「私達は今日、荷物持ちですね」
「そのようじゃな」
クリフトは苦笑いを浮かべた。前を行くアリーナとナマエの髪が歩くたびに、嬉しそうに揺れている。その後姿を見れば、文句なんて一言も出てくるわけがなかった。
バザーでたくさんの装備品や食料、水分、はたまたアクセサリーなどを購入していると、もう半日が過ぎていた。そろそろ宿屋に荷物を置いてこなければ、クリフトとブライが持たないと言うときに、見慣れた鎧を身に纏った兵士が一人、駆け寄ってきた。
「姫!! 大変です!! 王が…!」
「な、なに!? どーしたの!?」
尋常な様子ではない兵に、アリーナの心に不安がよぎった。自分がいない間に、いったい何が起こったのか。まさか、父の命が……。と、思考がそこまでめぐって、ぞっと悪寒が走る。
「王の声が……でなくなってしまったのです!」
アリーナが想定した最悪の事態は免れたようだった。そのことに少し安心したが、王が無事と言うわけではないのだ。気は抜けない。
「どういうことなの?」
「詳しくはわかりません……。ともかく、姫! 一刻も早くサントハイムへお戻りください!」
ナマエはちらりとアリーナの顔色を伺うと、焦燥感にかられてる、そのような表情をしていた。当たり前だろう。自分の父の声が突然出なくなってしまったのだ。ナマエ王の無事が気になる。
「ナマエ、クリフト、ブライ……。サントハイムまで戻りましょう。急いで」
深刻そうな顔で、アリーナは言った。三人は黙って頷き、バザーを後にした。目指すはサントハイム。旅の始まりの地であり、いずれ帰るべき故郷。
