05.曇りのち晴れ予報

「ただいまナマエ」

 花壇にしゃがみ込んでお庭の手入れをしていましたら、ディオさまの声が頭上から聞こえてきました。顔を上げればやっぱりディオさまで、ジョナサンさまはいらっしゃらないようです。
 わたしは立ち上がって、頭を下げます。

「おかえりなさいませ、ディオさま」
「ナマエ、顔を上げてごらんよ」

 言われた通り顔を上げますと、ディオさまの細くて白い綺麗な手がわたしに伸びてきて、やがてわたしの鼻に触れました。反射的に身じろぎつつも、そのしなやかな手が鼻を擦ると、手は戻っていきました。

「鼻の頭に土がついていた。ナマエ、君、鼻を擦ったんじゃあないか」
「ほ、ほんとですか! ありがとうございますディオさま、ですがすみません、手、汚れてしまいましたよね?」
「こんなの、どってことないさ。でもどうせなら、ぼくに付き合ってもらおうかな?」
「? は、はい」

 ついてきて、と言われたので、丁度仕事もひと段落したところでしたから、わたしはディオさまについていきました。ジョースター邸に入り、階段を上り、ディオさまの部屋に入りました。

「失礼します」

 小さくつぶやくと、前方から「どうぞ」という声が聞こえました。

「座ってくれよ、お茶を淹れてくる」
「え! お茶はわたしが淹れてきます!」
「まあまあ。ぼくが呼んだんだから、客人にお茶を出すのは当然だろう?」
「ですがわたしはメイ―――」
「ほら、座っててくれよ」

 猛抗議するわたしに取り合わず、ディオさまはわたしの肩をつかむとずいずいとイスへと押しやって、無理矢理わたしを座らせて、「手を洗っておいて」と言い残してささっと部屋を出て行かれました。

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(……罪悪感が。うう……ご主人にお茶を淹れてもらうなんて)

 言われた通りわたしは手を洗いますと、再びディオさまの部屋のイスに座ります。わたしは自然と項垂れていて、頭の中を負の気持ちが回りました。ぐるぐる。ぐるぐる。そわそわ。そわそわ。
 そのうちにディオさまはティーセットと、お菓子を持ってきました。わたしは立ち上がって心の底からの感謝の言葉を述べますと、ディオさまは口角をきゅっとあげて、微笑まれました。そしてイスに座りました。それに倣ってわたしも座ります。

「ナマエをここに呼んだのは、実は、この部屋、家具がほとんどないだろう? で、ぼくはジョースター卿から小遣いをもらったんだ。これで家具でも買いなさい、と。で、ナマエに何か意見を聞こうと思ってね。何がいいかな?」

 ティーカップに紅茶を注ぎながら、悠然とディオさまは言います。

「え! わたしがそんな、意見できるほどのものでは……。あ、ありがとうございます」

 わたしのティーカップにも紅茶を注いでくださったので、お礼を述べます。

「何を言うんだ、君に選んでほしいとぼくが言ってるんだぜ。教えてくれないか?」
「う、あ、はい……」

 その赤い瞳に見つめられて、わたしは吸い込まれるような感覚に陥ります。なんて目をしているんだろう。どこか人を惹きつける、そんな、瞳。一回引き込まれたら、もう二度と戻れない気すらします。
 どうぞ、と言われたので紅茶に砂糖を少々入れてぐるぐるかき混ぜて、いただきます。

「わ、おいしい」

 思わず感想がついて出ました。お世辞とか、そんなんじゃなくて、本当に思わず言ってしまったんです。まるで独り言みたいに、自分でも驚くほど自然と。ディオさまも一口紅茶を含んで、ティーカップを置きました。

「口に合ってよかったよ」
「本当に美味しいです、淹れる人によってこんなに変わるんですね」

 しげしげと紅茶を見つめます。

「よしてくれよ。そんなに褒めたってなにもでやしないぜ」

 そういってディオさまはまるで美術品かのように美しく微笑まれました。ですがすぐに表情を引き締めて、

「……じゃ、なくてだ。話がずれてしまった。何がいいと思う?」

 話を戻されました。わたしは、考えを巡らせながら斜め上を見上げます。

「うーん……そうですねえ」
「ナマエ、まだ仕事はあるのか?」
「いまのところひと段落―――」
「よし決まりだ、今から街へ行こう」
「へ!?」

 わたしの返事なんて待たずに、ディオさまは言いました。な、なにがどうなっているのでしょうか。今から街へ? わたしとディオさまが? ええ? どうして?? なんで???
 ディオさまと、お出かけ。
 なんだか罪悪感すら感じるのです。ジョナサンさまのことが好きなのに、ほかの男性とお出かけなんて……。
 いや別にジョナサンさまとお付き合いしているわけではないので、そう感じる方が可笑しいのですが! でもなんだか浮気者のような気がします。
 いや別に、ジョナサンさまはわたしのことを好きなわけじゃないのですが!
 と、自分の心の中でぐずぐずしている間に、ディオさまの顔が曇っていることに気づきました。

「迷惑だったよな、勝手にこんな決めてしまって」
「え! あ! いや迷惑なんて思ってません!!」
「本当か?」

 途端、嬉しそうなディオさま。……か、可愛い。て、何を考えてるんですかわたしは。

「じゃあ決まりだ。私服に着替えておいで」

 なんと言いますか、駆け引き上手といいますか。これは天然なのでしょうか、それともわたしをコントロールしているのでしょうか……。
 どちらにせよ、この方には一生敵わなそうです。
 正直いつ、“ジョナサンさまの言っていたようなディオさま”が現れるか心の隅で怯えているのですが、いつまでたってもそんなディオさまは現れず、寧ろいつも紳士で、いつ会っても綺麗な笑顔で会話を交わしてくれます。

(初日のその態度は……緊張していたからでしょうか。ジョナサンさまと一緒にいる姿を見て仲がよさそうですし、あれ以来ジョナサンさまからディオさまの愚痴を聞くことはありませんし)

 わたしは心の中にある疑心が、ディオさまと話すごとに少しずつ、少しずつ晴れていくのを感じました。その疑心がすべて晴れた日には、謝ろう。あの時は本当は、ディオさまのことを疑っていたのです。と。