現在、名前は、ヒカルや佐為の指導を受けながら、ヒカルと碁を打っている。まだいまいち囲碁がなんたるかを飲み込めていない名前にとっては、ちんぷんかんぷんとも思えるところもあるのだがなんとなくわかるようになってきていた。
「なあ、名字」
「うん?」
「佐為ってさ、オレと名字にしか見えないんだよ」
「へえ……。霊感強い子、とかも?」
「多分な。お前、幽霊憑いてるよ、なんて言われたこと、名字ぐらいしかないから」
『私も、誰かの視線を感じた事はありませんね』
「だからさ、オレと、佐為と、そんで名字でさ、幽霊同盟組まねえ?」
なんか面白そう、と名前は興味をもつ。なんとなく同盟という響きが名前にはかっこよく聞こえていた。それに、ヒカルにとっても同盟と言う言葉は新鮮且つ素敵なのだろう。目が生き生きしている。
「賛成! じゃあ、わたしたちこれから」
「幽霊同盟だ!」
『なんだかよくわかりませんが、名前、よろしくお願いします!』
こうして名前と佐為とヒカルの“幽霊同盟”がここに誕生した。
結成! 幽霊同盟
『名前、今度うちにきませんか?』
「え、いいの?」
「って、なんでお前が言うんだよ! それはオレが言うはずだろ!!」
幽霊同盟の三人は、佐為と会話していてもなんら不自然でないように、部の中心から少し離れた窓際の席で碁を打っている。それがまた周りの興味を注いでいることを彼らは知らない。
(何やってんだよ名前の奴。進藤と仲良すぎるんじゃねぇのか)
「どうしたんだい三谷……? なんだか心ここにあらずだけど」
「なんでも」
気にいらねぇ、と心中で呟いて、再び意識を筒井との碁に戻した。
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「おい、名前。帰るぞ」
部活が終わったのも気付かないで二人で楽しそうに碁を打っているヒカルと名前。二人は三谷の声に、もう部活は終わったのだと言うことを気付かされた。
「あ……もう部活おわりの時間?」
「とっくだっつーの、ほら、お前の荷物これだろ」
「あ、ありがとう。祐輝まってよ!」
名前の荷物を持ってさっさと理科室を出て行ってしまった三谷の後姿に、もう、と眉を寄せるが、すぐにヒカルに向き直り、「今日もありがとう」と笑顔を浮かべた。
「ごめんね、祐輝が先に行っちゃったから、もう帰らなきゃ。片付けてもいい?」
「ああ、オレやっとくからいいよ」
「だ、大丈夫! 祐輝きっと待ってくれてるから」
といって使っていた白の碁石を集めはじめる。するとヒカルが名前の手をとり、「オレがやる」と再度告げる。名前が何か言う前に「そのかわり」と先に口を切る。
「明日休みだろ? オレと一緒に出かけようぜ。それで、チャラ。どう?」
「でも……」
『お願いします名前』
「……じゃあ、お願いします。あ、電話番号わかる?」
「部活の連絡網見とく。じゃ、今夜連絡するから待ってろよ。じゃあなー」
「わかった。また明日。じゃあよろしくおねがいします。本当にありがとう!」
大変申し訳ないが、ヒカルに片付けは任せて、急いで三谷の後を追うことにした。恐らく昇降口で待っているだろう。小走りに昇降口までいき、三谷の姿を探すが三谷どころか誰もいない。
「……祐輝?」
小さく名を呼ぶが、何の反応もない。おいていかれた……? と不安が襲う。三谷ならばきっと待ってくれている、と思っていたのだが、自分が勝手に思いこんでいただけで、本当は心の中ですごい怒っていて、愛想を尽かして帰ってしまったのかもしれない。
「祐輝……」
再び名前を呼ぶ。すると、突然視界が真っ暗になる。
「だーれだ」
囁かれて気付く。この声、聞き間違うわけがない。
「……ゆうき」
「せーかい。ったく、おせーよ」
手は離され、すぐ横を三谷が通り過ぎる。名前も慌ててついていき、「ごめんね」と謝る。三谷は何も言わないが、三谷は昔から謝ったり許したり感謝したりするのが下手だから大抵、こちらの非を許すときは話を変える。さて、どうだろうか。
「……そういえば、姉貴が名前に会いたがってたぞ」
よかった、許してもらえたみたいだ。名前は笑顔が顔いっぱいに広がるのを感じつつ、「わたしも会いたいな」と言って三谷の隣に並ぶ。猫みたいな三谷の吊り目が細められる。
「あ、荷物」
いつも思ってた。
「いいよ、もってやるよ」
碁を打っているときよりも、
「……祐輝が親切なことするなんて。何企んでるの?」
音楽を聞いてるときよりも、
「お前は、なんてやつだ」
友達と喋ってるときよりも、
「だって、意地悪はしても、親切はしないのが祐輝でしょ」
猫と一緒にいるときよりも、
「意地悪もするし、親切もする」
いつよりも穏やかな時間が
「はじめて知ったよ」
今、このときで。
「やっぱ、自分で持て」
この時間が何よりも
「ううん、運んでもらう」
好きだと感じる。だから、
「お前ね……」
いつまでも続けばいいと思うんだ。
「ねえ、明日ヒカルと遊んでくるんだ」
「……進藤と? なんでだよ」
三谷の胸に一気に陰りが広がった。自分に尤も快適で健やかで穏やかな時間をくれる名前が明日違う男と遊ぶといっている。これが穏やかでいられるだろうか。
「なんでって、誘われたの」
さも当然かのように言う名前に少し苛立つ。そして名前を誘ったヒカルにも苛立つ。自分を介さずに名前とヒカルの関係が少しずつ変わっていく。それがひどく嫌で、嫌で、名前を自分の手の届くところにずっと閉じ込めておきたくなる。
「誘われたら遊ぶのか」
「そうね」
「俺とは」
「もちろん」
「じゃあ明日、進藤じゃなくて俺と遊べよ」
「それはムリだよ。だって、先にヒカルと―――」
「いいから!」
ついかっとなって大きな声を出してしまった。自分でも無理を言っているのはわかっていた。けど、どうしても嫌だった。
「……どうしたの祐輝?」
「わりぃ。なんでもない」
「祐輝勘違いしてる。わたし……ヒカルのこと好きだけど、」
好き―――?
その言葉に歩む足が止まる。名前も足を止め、三谷を真剣に見つめた。
「祐輝のことのほうがもっと好きなんだから」
柄にもなく照れてしまった自分が嫌だ。けれど、そんなことを言われても仕方ない。なぜなら、いまの三谷には今名前から言われた言葉は、何よりも素敵で心待ちにしていた言葉だったからだ。
