04.対価取引

「じゃあ、あたし達はただの旅人としてその偽の姫に会うのよ? OK? とくに、ナマエとクリフト」
「勿論! 大丈夫です!」
「私もナマエに同じです!」
「……あんたたちの大丈夫って、いまいちあてにならないのよねえ」

 アリーナは訝しげに言ったが、ナマエとクリフトは笑って誤魔化した。宿屋に入ると、興奮気味に客と話しこんでる宿屋の主人。その会話の中で、自称サントハイムのお姫様は2階の部屋にいるということがわかったので、何食わぬ顔で階段を上がる。
 階段を上りきり廊下に出たとき、突如怒鳴り声が聞こえてきて、思わず立ち止まった。何やら不穏な雰囲気を感じつつ、そのまま廊下を突き進み角を曲がると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
 若い男と女が苦しそうな顔で廊下に倒れていて、その少し先で老人が狼狽えていて、さらにその先では姫の格好をした女性が男に捕らえられていた。一見でわかる。たぶん男は人攫いであろう。姫と名乗るだけでこのような危険に晒されてしまうとは恐ろしい。アリーナだったら多分人攫いなんぞひとひねりなので、あまり心配のないような気もするが、用心には越したことはない、と実感する。

「待ちなさい!!」

 アリーナが人攫いのもとへつっこんでいく。

「それ以上近づくな! さもないと姫の命はないぞ!!」

 そんなことを言われてしまっては止まるしかない。ぴたりと足を止めて、アリーナは歯がゆそうに唇をかんだ。姫と言っていたので、やはり捉えられている女性がアリーナを名乗る偽物と言うことだ。
 人攫いはアリーナが止まった事を確認して、すぐそばの扉から飛び出て行った。追いかければ、外階段へと繋がっていて、もうそこに人攫いの姿はなかった。アリーナは外で手がかりを探し、従者たちは宿屋で倒れていた者たちの手当にあたった。
 ナマエは倒れている神官の身なりをした男のもとへ駆け寄る。恐らく彼はクリフトの偽物だろう。

「あのう、大丈夫ですか?」

 負傷しているようなので、ホイミをかけつつ尋ねると、神官は苦しそうにしていた顔を徐々に和らげていき、

「……お前達、姫を助けるのだ。さすれば褒美を授けてやろう」

 と言った。これには姫様信者のナマエは思わずむっとする。

「随分と高圧的な物言いなのが少し気に障りますけど……勿論、あなたがたのお嬢様はお助けします」

 あえて姫とは言わずに、お嬢様と言ったのは、ナマエの意地でもあった。自分にとっての姫はアリーナだし、そもそも攫われた女は姫ではない。それなのに、偽者の姫を姫呼ばわりなんて出来るわけがなかった。
 そこに、クリフトがやってきて、神官に肩を貸して近くの部屋へとつれていき、ベッドに横たわらせた。すでに女性はクリフトによってベッドに運ばれているようだった。
 その様子を見ていると“クリフトも男なんだ”と改めて思えた。普段は頼りない彼だって、純粋な力だったら女のナマエよりもある。
 無事に偽物姫の従者たちを運び終えてアリーナに合流するべく部屋を出ていこうとすると、

「あの……」

 と細い声が聞こえてきた。立ち止まり振り返れば、老人がベッドから上体を起こしてこちらを見ている。彼はブライの偽物だろう。

「メイを……どうか、メイをよろしくおねがいします」

 深々と頭を下げられて、なんだかこちらが申し訳ない気持ちになる。ナマエは慌てて老人のもとへ駆け寄って顔を上げてください。と微笑みかける。

「ご安心ください。お嬢さんはわたし達がなんとしても助け出しますから」
「ありがたいありがたい……本当に助かります」
「まったく。なんでわれわれがこのような厄介ごとを引き受けなくてはならないのかわかりかねませんがな……」

 ブライの嫌味には苦笑いでこたえつつ、老人に軽く頭を下げてその場を去った。
 事態は一刻を争う。自然と早くなる足取りで、人攫いが出て行ったドアから出て外階段から地上に降り立つと、ただ庭が広がっていて、隣に小さな家と墓場があるだけだった。アリーナは従者たちの存在を認めると、駆け寄ってきて口惜しそうに首を横に振った。やはり手がかりは残っていなかったのだろ。

「……とりあえず、町に戻って情報を集めましょうか。あたしたちまだこのへんの地理に詳しくないし」

 アリーナの言葉に、従者たちは頷いた。

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「そ、それです!」

 少年の手をぎゅっと握って、ナマエは輝いた瞳で少年を見つめた。ぶんぶんと手を上下して、何度も感謝を述べた。
 彼の飼っている犬が、怪文書をくわえていたのだ。

 《姫を帰してほしくば、明日の夜この村の宝、黄金の腕輪を村の墓場までもってこい》

 との内容だった。これはアリーナに褒めてもらえる……! と小躍りしたい気持ちを抑えつつ、ナマエは更に情報がないか少年に聞き込みを続ける。

「ちなみに僕は黄金の腕輪って何か知ってますか?」
「この村の宝物だよ。でも今は、南の洞窟にあるみたいだよ?」
「わかりました、ありがとうございます!」

 最後にもう一度お礼を言って、アリーナのもとに駆け寄る。

「姫! 賊の狙いはこの村のお宝で、それは南の洞窟にあります!」

 怪文書を広げてアリーナに見せながら言うと、でかしたわナマエ!! と抱きしめられて、ナマエはそれはそれは幸せで堪らない顔をした。アリーナの声を聞きつけてやってきたクリフトとブライだが、その様子を見て、クリフトは唇をきゅっと結んで悔しがった。

「それじゃあ村長に事情を説明して南の洞窟へいきましょう!」

+++

 南の洞窟には魔物が蔓延っていた。とはいっても、旅を続けていくうちに自然と力が上がっていった四人には、到底敵うような相手ではないのは確かだった。松明を持ってナマエが先を進むが、魔物を見つければ一目散にアリーナが突っ込んでいく。ナマエは松明を掲げてアリーナの視界を確保しつつ、槍での横線も忘れない。ブライは少し後ろで攻撃魔法をかけて、攻撃を受ければクリフトが回復をする。そのような連携を崩すことなく、どんどんと洞窟の中を進んでいく。
 そうしてやってきた洞窟の最深部にはその名のとおり黄金の輝く腕輪が宝箱の中に眠っていた。村の宝を差し出すことについては、人命には変えられない、と納得済みだ。無事に黄金の腕輪を手にいれて洞窟から出ると、もうすでに真っ暗になってしまった空を見て野宿をすることにした。
 交代で見張りをしながら夜を過ごして、太陽が昇りきった後、洞窟から出発した。その日の午後にはフレノールにたどり着いたので、宿屋で仮眠を取り、夜に備える事にした。
 夜になり、約束の場所である“墓場”に向かうと、まだ人攫いたちはきていなかった。だが暫くすると、縄で縛られた白いドレスを纏った女性と、三人の人影が現れた。紛れもなく昨日見た人攫いたちだった。
 女性―――メイを捕縛している人攫いの一人が、アリーナの手にある黄金の腕輪を見て、にたりと笑った。

「どうやら約束のものを持ってきたらしいな。 早くこっちへ寄越しな」
「……これを渡したら、本当にその子を解放してくれるのね?」

 念を押してアリーナがたずねれば、「ああ。この娘にはもう用がなくなるからな」と肯定した。まだ完全にその言葉を信じたわけではないが、信じるに他はない。

「せーのでお互い渡しましょう。せーの……」

 アリーナの手から黄金の腕輪が投げられると、メイは人攫いに背中を押されて解放されるが、数歩進んでバランスを崩すと足が縺れて地面に倒れこんだ。手が捕縛されているため顔から倒れ込み、ナマエの胸が傷んだ。慌てて駆け寄り抱き上げると、メイは堰を切ったように泣き出した。人攫いはもう、黄金の腕輪と共に姿を消していた。

「うわああああ!! ありがとう、ありがとう…! ごめんね。あたし本当は姫様じゃないの。ただの旅芸人よ。お姫様の振りをしたらみんな良くしてくれるからつい調子にのっちゃっただけなの……」
「そうでしたか。あ、今縄を解きますね」

 メイを座らせてきつく縛ってある結び目を、携行している細身のナイフで切り、縄を解く。

「メイ!!」

 老人と女性と男性がメイのもとへ駆け寄る。ナマエは数歩下がってその様子を眺める。すると女性がこちらへやってきて、頭を下げた。

「本当にありがとう。あなたたち本当にお姫様達でしょう? 私はあなたの偽者ってわけね」
「……気づいていたんですか」
「これ、メイからのお礼よ。盗賊の鍵っていって、鍵のかかった扉を、鍵が合えば開ける事が出来るわ」
「あ、ありがとうございます」

 渡された鍵を見つめて、きょとんとしながらもお礼を述べる。女性はふわりと微笑みを浮かべてもういちど頭を下げるとメイのもとへと歩いて行った。ナマエもアリーナのもとへ歩いて行き、鍵をアリーナに渡す。

「メイさんからです」
「むっ、それは盗賊の鍵ですな。まったく、偽者どもにはお似合いの代物ですな」

 ひと目見ただけで盗賊の鍵だと分かるブライの博識さナマエは尊敬の念を抱くも、もはや恒例となっているぼやきを耳にするとその尊敬は萎れていった。
 ―――この出来事が、後に世界をも巻き込む最悪の事態に繋がる事を、このときアリーナたちは知らなかった。