04.ドドンゴ征討

 ダルニアの兄貴というのは、他のゴロン族とは風格が全く違った。大きながたいに、大きな声。ざっと自分の身の丈の2,3倍はあるのではないのだろうか。いかにも親分と言った風格の彼はこのゴロンシティを統制している大親分らしい。
 ダルニアはリンクから話を聞くと、腕を組んだ。

「炎の精霊石? ああ、ゴロンルビィのことか。これは俺たち一族の秘宝だ。簡単にゃ渡せねえゴロ」
「でも、どうしてもほしいんです……」
「なんだおめえ、随分と貧相だな」

 ナマエがオドオドと言えば、ダルニアはナマエの身体を上から下まで無遠慮にじろじろと見ながら言う。そりゃあ、あなたと比べたら貧相にも程があるでしょうけど。とナマエは毒づく。そのやりとりを見たリンクが、ナマエの前に庇うように出た。

「ナマエは女の子だからいいんだよ」

 体格で言えばたいして変わらないが、ナマエのことを庇おうとしてくれていることが素直に嬉しかった。ダルニアも野暮なことは言わず、ほう、と顎を擦る。

「……まあ、どうしても、っていうならドドンゴの洞窟の怪物を倒して、オトコになってみな!」

 ドドンゴの洞窟の怪物を倒せば、一族の秘宝をくれるということだろうか。なんだかこの世界の宝石の価値があまりにぞんざいであるなとナマエは思う。突然訪ねてきた見ず知らずの人間に、一族の秘宝をやすやすと渡してしまっていいのだろうか。勿論それほど困っていると考えてもいいが、それにしても秘宝と言われているものなのにどうなのだろうか。それともこんな貧相な人間たちには到底魔物は倒せっこない、ということか。

「わかった、俺、倒すよ! だから約束だよ」
「おお、いい心意気だゴロ」
「ねえ、これは何なの?」

 リンクが指差した先には、爆弾が成っているような花が咲いていた。

「これはバクダン花ゴロ。引っ張ると爆弾が点火して、暫くすると爆発するゴロ」
「へえー面白いな。こんなのコキリの森にはなかったよ! じゃあ、いってくるよ!」
「おお、気をつけるゴロ。洞窟は暗いから、この松明を持っていくゴロ」

 ダルニアは豪快に笑って二人を見送ってくれた。

「ドドンゴってどんな怪物なんだろう」
「きっと、こんなんだよ」

 ナマエの何気ない言葉に、真面目な顔してリンクが全身を使ってドドンゴを表した。できるだけ凶悪そうな顔をして大きく手を掲げて、できるだけ大きく見えるように頑張ってる様子がなんとも可愛らしい。ナマエは緩みそうになる頬を必死に固くして、「そうだね」と神妙な面持ちで同意した。
 ダルニアに聞いた通りの道を行くと、ドドンゴの洞窟にたどり着いた。洞窟の奥は暗闇で何も見えなくて、見ているだけで闇に引き摺り込まれそうな錯覚に陥った。リンクはダルニアに貰った松明に火を灯し、迷いなく歩き出した。

「……」

 ナマエはリンクの少し後ろをついていきながら、この洞窟に巣食う闇が怖くなってきた。自慢ではないが幽霊とかそういうものはめっぽう弱い。この洞窟のうす暗さにはそういうものを連想させる何かがある。そんなナマエに気付かずに、ずんずん進むリンク。ついていかなければいけないのだが、どうしても足が進まない。けれどリンクの持つ松明から離れてしまっては真っ暗闇に放り出されることになる。気がつけばナマエはリンクの服の裾を掴んでいた。その感触に気付いたリンクがくるっと振り返って不思議そうに丸い瞳を向けた。

「ナマエどうしたの?」
「……怖い」
「はははっ、なんだよナマエ、怖いなんて。俺がいるじゃん!」

 ぽんぽん、と肩をたたかれるが、怖いものは怖い。リンクがいたってそれは変わらない。ずっと口を固く真一文字に締めていたが、リンクが「ほら、俺がいるってば」と諭すように言ってくるので、ナマエとしても、仕方ない行くか。という気になってくる。逡巡の末、ナマエは頷いた。

「……わかったよ」
「ようし、じゃあいこう!」
「ま、まって!」
「ん?」

 呼び止めたはいいが、もじもじと話を切り出すのを迷う。リンクが首を傾げる。

「あ、あのね……手、繋いでもいい……?」
「!!!」

 それを聞いたリンクの顔が驚愕を湛えて、だんだんと赤らんでいった。彼は返答に困っているようだった。もじもじするナマエと、困惑するリンクと、ことの行く末を見守るナビィ。

「……つ、繋がない……」
「え!」

 リンクの年頃には少し刺激が強い提案だったので、反射的に断ってしまった。しかし、ナマエからしたらまさか拒否されると思わなかったので、素っ頓狂な声を上げる。が、駄目だということを無理に強要することもできない。

「………わかった、ごめん」

 しょぼん、と項垂れたナマエがとぼとぼと先に歩きだす。その姿にリンクがはっとする。

「ナマエ!」

  ナマエに駆けよって、その手をとってぎゅっと握りしめた。

「その、ナマエ、あの、ナマエのことは俺が守る!」
「あ、ありがとう!」

 少しの照れを含みつつも、頼もしく言い切ったリンクにナマエは心の底から感謝を告げた。手が繋がっているだけでも、そこから流れ込んでくるリンクの体温が安心感を与えてくれる。まだ暗闇が怖いことには変わりないが、これなら進めそうだ。
 二人で手を繋いで足場の悪い洞窟を歩いて行く。松明の明かりを頼りに暫く道なりに進むと、遠くの方でずしん、と地鳴りのような音が聞こえてくる。

「なに、なに。どうした」

 動揺をそのままにナマエがいう。ドキドキと心臓が早くなっていくのを感じる。こんな大きな音、相当な大きさの怪物に足音に決まっている。この音の正体はきっと、ゴロン族を悩ませてる怪物に違いない。リンクが目を細めて耳をそばだてる。

「これはドドンゴの足音か……?」
「きっと……」
「ナマエ、ここで待ってろ」
「い、いや! 怖い! ついてく!!」

 こんな暗いところで一人で待っているなんて心がおかしくなりそうだ。必死でお願いをすると、リンクが困ったように眉を下げる。

「でも危ないよ」
「ここで一人で待ってる方がいやだよ。足手まといにはならないようにするから、お願い!」

 心からのお願いに、リンクがとうとう折れた。

「じゃあ、安全なところにいるんだからな」
「うん!」

 改めて音のする方へ急ぐと、開けた場所に出た。そこでは中央は真っ赤な溶岩が煮えたぎっていて、少しでも身体が触れては一溜まりもないだろう。その周りの足場を巨大な恐竜のような怪物が闊歩している。あまりに大きく強大な姿にナマエの足がすくむ。これ以上進むのは、身体が拒んでいる。

「よしナマエ、ここで待ってて」

 リンクは持っていた松明をナマエに預けて、力強い笑顔を浮かべた。少し安心したナマエは頷いた。繋いでいた手はすっと離されて、残された熱が少しでも長く残るようにその手をぎゅっと握った。

(がんばれ……!)

 リンクは動きは軽やかだった。自分の身の丈の何倍もある巨大なドドンゴに、物怖じせずにさっと駆け寄り、挑発しつつも様子を見る。対するドドンゴは見ていると図体がでかく、口から火も吹くが、動きは鈍かった。火を吹くときも精一杯息を吸い込んで思い切り吹いている。それに目をつけたリンクが、ドドンゴが火を吹こうと口を開けた瞬間、近くに生えていたバクダン花を引っこ抜き、口の中に華麗なスローを決めた。間もなく、くぐもった爆発音が聞こえてきて、ドドンゴは口から煙を吐いてその巨体が力なく横たわった。それを何度か繰り返すと、ドドンゴは動かなくなった。

「勝った……のかな?」
「ナマエー! 倒した!!」

 リンクが少し先でぶんぶん手を振っている。ナマエも大きく振り返す。するとリンクが駆け寄ってきて、何も言わずにナマエの身体を上から下まで確認して、身体の至る所を触る。突然のことにナマエは目を白黒させる。

「? なあに??」
「怪我ない?」
「ないよ、ずっとここにいたもん。それよりリンクこそ、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「俺は大丈夫だよ。そっか、ナマエが無事ならよかった!」

 リンクの優しさが、ナマエの心にしみわたった。