ジョナサン・ジョースターさまというのはわたしの仕えているおうちのご子息様でして、とっても勇気あふれるお方で、素敵な男性なんです。年も近いことから、恐れ多くも仲良くさせてもらっていて、友達とはまた違うのですが、それに似た感覚で接してもらっています。そしてそんなジョナサンさまに、憧れを抱いているわたしです。
深呼吸をして、大きな扉をノックします。扉の奥から「どうぞ」と聞こえてきましたので、わたしは扉を開けます。お部屋の中ではジョナサン様が読書をされていました。
「ジョナサンさま、夕飯の時間でございます」
ジョナサンさまが顔を上げてにこっと微笑むと、栞を挟んで本を閉じました。
「ありがとうナマエ、すぐ行くよ」
「はい、お待ちしております。では失礼します」
「ああ、ナマエ」
「? はい」
お部屋から出るところを呼び止められまして、振り返ります。
「今日の夜もお話をしないかい?」
「は、はい! 喜んで!」
「ありがとう、じゃあぼくの部屋で待っているね」
たまにこのようにお誘いを受けて、ジョナサンさまのお部屋でお喋りをすることがございます。お話することはとても些細なことなのです。今日あったこと、飼っている犬のダニーとのこと、そんなことを喋っては笑いあって、時間になって、また明日、といい、わたしは部屋に戻ります。
昔からこれはたまにやっていることで、けれどこれは二人の秘密です。お父様であるジョースターさまが知られましたら、
――紳士たるもの、夜中にも年端も行かぬ女性と密かに会ってはならん!
と言われてしまいますからね。
るんるん気分でジョナサンさまのお部屋から出ます。はあ、今日もいい日です。
+++
夜も更けて、最後の見回りが終わると燭台に灯された火は消されて、ジョースター邸は闇に包まれます。わたしは燭台に火を灯して、慣れた足取りでジョナサン様のお部屋まで急ぎます。そうしてやってきたお部屋の前で控えめにノックをすると、扉の奥からくぐもった声の「どうぞ」と聞こえてきました。再びあたりを警戒し、誰もいないことを確認しますと、燭台の火を吹き消して急いで扉を開けてジョナサさまの部屋に入り込みます。
「やあナマエ、仕事終わったんだね」
「はい、終わりました。お待たせして申し訳ありません」
ジョナサンさまはベッドに座って窓から夜空を眺めていましたが、くるっと振り返って、ニッといつもの笑顔をわたしに向けてくれました。
「いや、いいんだ。待っている間も君のことを考えていて、楽しいからね」
ジョナサンさまはたまに何の気無しにわたしの心臓をぎゅっと掴むようなことを言うので、わたしの心が弾け飛んでしまいそうです。
「あ、あ、あはは!」
そんなときわたしは笑ってごまかすのです。ジョナサンさまの言葉には深い意味がなくて、その言葉を勝手に自分の都合のいいように解釈して浮かれているのはわたしだけなのですから。
わたしたちはいつものように、窓際にあるテーブル挟んで座りました。テーブルの上にある燭台に灯った火がジョナサンさまをオレンジ色に映し出しています。ああ、かっこいい。いつもながら見惚れてしまいます。そして今日あったことを喋り合いました。
「そういえば、聞いたかい? この家に、父さんの命の恩人の息子がこのジョースター家にやってくるってことを」
「あ、聞きましたよ! なんでもジョナサンさまと同い年だそうで」
わたしたち使用人の間でも今日はその話題で持ち切りでした。
まだジョナサンさま赤ちゃんだった頃、ジョースターさまとジョナサンさまのお母さまが馬車の事故で崖から落ちてしまったところを、偶然通りかかった方にお助けいただいたといいます。そのお方のご子息様を引き取るになったという話でした。
「うん。楽しみだけど少し不安だなあ。仲良くできるかな?」
「ジョナサンさまなら大丈夫ですよ。安心してください」
「あはは、ナマエにそういってもらえるとなんだか本当に安心するよ、ありがとうナマエ」
その男の存在が、わたしたちの間に何を植え付けるか、ジョースター家がどんな道を辿るのか……このときのわたしたちには想像もつきませんでした。まだ見ぬその男―――ディオ・ブランドー―――という男に思いを馳せて、彼と生活していく様子を思い描きました。
数日後、ジョースターさまに召集をかけられましたので、どことなくソワソワとした使用人一同はジョースター邸のエントランスでその時を待ちました。そしてその時が来ました。扉が開いて、ジョースターさまとジョナサンさま、そしてディオさまと思しき男性が現れました。三人が並び立つと、ジョースターさまが口を開きました。
「皆、紹介しよう。知っていると思うが、今日からこの家でわたしたちの家族となる、ディオだ」
よろしくお願いします、と使用人たちは挨拶をして、頭を下げました。今日からこの三人の方がわたしたちの仕えるご主人さまです。ジョースターさまは頷きますと、次にディオさまへと向き直りました。
「君は今からわたしたちの家族だ。わたしの息子ジョジョと同じように生活してくれたまえ」
そう言ってジョースターさまはディオさまに微笑みかけました。ディオさまは白いお肌に綺麗な金色の髪、切れ長の赤い瞳。女性でしたらさぞかし美人だろうとわたしは思いました。ジョナサンさまの隣で佇む姿は凛としていて、自信に溢れている印象を受けました。
対するジョナサンさまはどこか浮かない顔をされていまして、どうかしたのでしょうか。それどころか、なぜかボロボロです。
「ジョースター卿、ご厚意大変感謝いたします」
恭しく一礼をしたディオさま。
「ジョジョも母親を亡くしている。それに同い年だ、仲良くしてやってくれたまえ。ジョジョ……ダニーのことはもういいね?」
ダニーのこと……? なにかあったのでしょうか。それで、浮かない顔を? 疑問は深まるばかりです。
「はい……。ぼくも急に知らない犬が走ってきたら、吃驚すると思うし、気にしてません」
ジョナサンさまはまるで自分に言い聞かせるように言いました。ディオさまが、なにかしたのでしょうか。ううーん、事情が呑み込めませんが、心配です。
「来なさいディオくん、君の部屋に案内しよう! みんな、集まってくれてありがとう、仕事に戻ってくれ」
ジョースターさまの言葉に、わたしたちはそれぞれの持ち場に戻りました。その日の夕食はディオさま歓迎のちょっぴり豪華なディナーでしたので、わたしは会場のセッティングに向かいました。
準備も終わりますと、わたしはディナーの時間まで館の掃除をしました。太陽は時期に沈んでいき、屋敷の燭台に火を灯し終える頃、わたしは夕食を知らせに参りました。まずはジョースターさま。次にジョナサンさま。ノックをすると、元気のない声でどうぞ、と言われました。
「失礼します。ジョナサンさま、もうじき夕食ですのでご準備くださいませ」
ベッドに寝転がっていたジョナサンさまに声をかけます。やはりそのお顔は浮かないご様子で、ジョナサンさまは天井を見上げながらわたしの名を呼びました。
「今日の夜も、お話がしたい」
わたしとしてもジョナサンさまのご様子が気になっていましたので、誘ってくださったことはとても好都合でした。わたしは何度も頷きました。
「わたしもお話がしたかったので嬉しいです。それでは、また夜に」
わたしの返事を聞くと、ジョナサンさまは顔をこちらに向けて微笑むと、「ありがとう」と言いました。お礼を言いたいのはわたしの方です。ぺこりと頭を下げて、ジョナサンさまの部屋を後にしました。
そのあとはディオさまです。これがディオさまと接する初めての機会なので、とても緊張をしていました。大きく深呼吸をすると、ノックをします。すると扉の奥から、はい、と返事がありましたので震える手でドアノブに手をかけ、ディオさまのお部屋に入ります。
ディオさまはベッドに腰掛けていました。
「失礼します。メイドのナマエ・ミョウジと申します。よろしくお願いします」
自己紹介をして一礼いたします。緊張で心臓の動きがとても早いですが、なんとか言い切ることができました。
「ナマエさん」
わたしは名前を呼ばれて、はい。と返事をすれば、ディオさまは美しい微笑みを浮かべてわたしのもとへと赴いて、そして、わたしの右手はディオさまの両手で包まれました。突然のことにわたしは成されるがまま、何も言えません。
「ぼくはディオ・ブランドー。よろしくね、ナマエさん」
微笑みを浮かべながらディオさま言いました。近くで見るとそのお顔はますます端正で、わあ、と心臓が高鳴りました。こんな近くでお顔を見ていては、わたしの心臓はどうにかなってしまいそうで。反射的に俯きつつ、
「さん、なんて付けなくて結構でございます。ナマエ、と呼んでくださいませ」
「いいのかい? じゃあ遠慮なく、ナマエって呼ばせてもらうよ。なんだかぼくたち年が近そうだね、ナマエはいくつなんだい?」
握手していた手が離されて、ディオさまは気さくに喋ってくれました。確かディオさまはジョナサンさまと同い年ですので……
「ディオさまの一つ下でございます」
「へえ! じゃあ年が近いジョジョとは仲がいいのかい?」
「あ、はい。仲良くしてもらっています」
「へえ……」
顔を上げてディオさまの顔を見た時、なんと表現したらいいかわかりませんが、ディオさまの顔が少し怖かったのです。まさかそんな顔をしていると思わなくてわたしは吃驚して一瞬固まってしまいました。
「じゃあ、ぼくとも仲良くしてくれるかい?」
「も、もちろんですよ」
にこっと微笑んで頷きました。うーん……気のせい、ですよね。それより早くディオさまとも仲良くなりたいものです。
