親愛なる執事様*

 キスをされた。あろうことか、わたしの家に仕える執事からだ。それはただ唇が触れただけの微かなもの。すれ違いざま、服が擦れたみたいな細やかな触れ合いだけど、そのキスはそんな偶然の産物じゃなくて。顎をくいと持ち上げられて、執事の隻眼と視線が混じり合い、やがて音もなく唇が重なった。だから偶然ではなくて、きちんとした意思を持って行われた行為なのだ。キスに音が飲み込まれてしまったみたいに静かな夜の出来事だった。
 本来ならば憤懣し、その執事を処分するべきだろう。主人に口付けをするなんて、ありえないことだ。けれど困ったことに、わたしはそれができないのだ。
 だってわたしは、その執事のことがどうしようもなく好きだから。
 だからそのキスをただただ甘受して、そこから生まれた熱をひとつ残らず飲み干した。何も言えないでいるわたしに、執事―――ハンジ―――は、失礼致しました。と恭しく一礼をして、わたしの部屋から出ていった。それは一週間前の出来事だ。
 わたしは無意識に自分の唇に触れて、あの時の感触を思い出そうとする。
 飲み込まれてしまいそうな漆黒の眼帯、瞳をかたどる長いまつ毛、淡い憂いを閉じ込めたような鳶色の瞳。薄いくちびる。
 途端に身体の内側から青嵐のような熱が生まれて、思わず眉根を寄せる。ハンジの唇の柔さを、唇が重なることによって生まれる切なさを知ってしまった。知る前にはもう戻れない。じわり、熱に浸食される。
 と、ノックが聞こえて、わたしは返事をする。

「お嬢様、ハーブティーをお持ちしたのですがいかがですか」

 扉の奥、くぐもった声は執事のハンジだ。夕食を食べたあとにいつも飲んでいる紅茶だろう。

「いただこうかしら」

 脳裏に思い描いていた人物の登場に心臓は飛び跳ねたものの、いたって冷静にわたしは返事をした。

「それでは失礼致します」

 扉を開けてハンジが入ってきた。ベッドの横に設えているソファにわたしは座っていて、ハンジを見ないようにして紅茶を淹れるのを待った。やがてティーセットが目の前のテーブルに置かれて、ハンジは「それでは失礼致します」といって立ち去っていった。
 扉が閉まる音が聞こえてから、ちらりと扉を見る。ハンジはいない。緊張をほぐす様に息を吐くと、わたしは紅茶をいただいた。リラックス効果があるハーブティーは、この静かな高まりも鎮めてくれるのだろうか。いや、そんなわけないか、なんて苦笑いを浮かべつつ、執事の淹れたハーブティーを飲む。いつもと違う茶葉を使っているらしく、飲んだことのない味だった。後で何を使ったのか聞いてみよう。
 そしてハーブティーを飲み終わる頃には、まるで細胞一つ一つが熱を持っているかのように、身体全体がじんわりと火照っていた。
 まさか風邪でも引いたのだろうかと一瞬暗い気持ちになるものの、悪寒や倦怠感はない。寧ろなんだか変な気分なのだ。じん、と下半身が疼くのを感じる。

『お嬢様』

 頭を掠めるのはハンジで、あの声で呼ばれることを想像しただけで、急速に体温が上がる。そして疼きがもっと強くなる。
 ……どうやらわたしは発情をしているらしい。俗っぽい言い方をすれば、ムラムラするというやつだろう。ホルモンの影響だろうか。それともこの紅茶を淹れたのがハンジで、それにすら興奮を覚えてる……とか。
 もういっそのこと、一人で慰めてしまおうか。そう考えて、ベッドに向かおうとしたその時だった。

「お嬢様、カップとソーサーをお下げに参りました」

 心臓が飛び跳ねた。ハンジだ。自慰の最中でなくてよかったと安心したのは束の間。あぁ、ハンジだ。と思ったら、すぐに身体を巡る情念が質量を増す。わたしに触れてほしい、この飢えた身体をハンジで満たしてほしい。とウズウズするのだ。
 今日のわたしはどうかしている。けれど、どうにも抗えない。理性はどこかへ消えて、情欲だけに突き動かされている。

「お嬢様? いらっしゃらないのですか」
「いるわ。入って」
「失礼します」

 部屋に入ってきたハンジは一礼をしていて、そんな様子を見ていたら顔を上げたハンジと目が合って、ハンジは首を傾げた。

「どうかなさいましたか」
「え……べつに」
「さようでしたか。なんだか物言いたげだったもので」

 そんな目でハンジを見ていたのだろうか。というか、もしかしたら、ハンジは先般の一件を掘り返して欲しいのだろうか。物言いたげ……つまり、無礼な行いをした執事のことを責めなくていいのか、と。それはこちらのセリフだと言うものだ。

「あなたこそ、わたしに言うべきことがあるんじゃないの」
「ええ、そうですね。ですがその前に、失礼します」

 そう言ってハンジはソファに座るわたしの前に跪いて、わたしの手を取った。途端にわたしは大袈裟なくらい身体をびくりとさせた。ハンジに触られた瞬間、雷が落ちたみたいに電流が身体を駆け巡ったのだ。心臓が激しく脈打ち、たまらずハンジの手をぎゅっと握り返す。

「なんだか熱があるように見えたのです。目も潤んでますし、もしや体調がすぐれないのではないですか」
「そうね……少し調子がおかしいかもしれない」

 あの日、あの時、あの瞬間からわたしはずっとおかしい。ハンジにキスをされてから。いいや、きっともうずっと前からだ。このハンジのことをもっと知りたいと願ってしまったその日から。

「ベッドにお連れしましょう」

 ベッドはすぐそばだと言うのに、ハンジはわたしをお姫様抱っこして持ち上げた。細身なくせして軽々と持ち上げるところもまた憎い。そして、ゆっくりとベッドに座らせた。その瞬間、ハンジと間近で目が合った。長いまつ毛、視力を補うためのモノクル、星も月もない夜の闇を閉じ込めたみたいな片目を覆う眼帯。
 刹那、内側で燃え滾っていた欲求は質量が限界を超えたらしく、弾け飛んだ。

「失礼致しました」

 囁くように言って、立ち去っていくハンジ。

「待って、ハンジ」
「いかがいたしましたか」

 ハンジは振り返る。ロイヤルブルーのネクタイは今日もきちっと結ばれている。そんなところにも色気を感じてしまう。重症だ。

「わたしに触って、ハンジ……」
「触って、とは」
「ベッドの上で、触ってって言っているのよ。分かるでしょう」

 女で、主人であるわたしが、ベッドの上で誘っている。なんて下品なのだろう。こんなこと、有り得ない。でも今は、一刻も早くわたしに触って欲しかった。切実な思いがわたしを突き動かす。

「しかし、私は……」

 ハンジは困ったように眉を下げる。

「お願い。どうにかなってしまいそうなの。あの日みたいにキスをしてよ」
「……いけないお嬢様ですね」

 ハンジはネクタイを緩めながらわたしに近づいて、妖しく口角を上げた。それは三日月のようで、どうしてこんなにもハンジは麗しいのだろう、と感嘆すらしたくなる。触れてくれる、そう考えたら安堵にも似たものが込み上げてきた。白手袋を外し、ポケットに入れると、ベッドに腰掛けるわたしの顎を、あの日みたいに掬い上げる。普段は隠された手に触れられるのは初めてで、その温度を初めて感じた。ひんやりとした指先にぞくりとした。
 ハンジはその長身を折り曲げて、わたしの唇にキスをした。二度目のキスは心臓が苦しいほど締め付けられて、脳が溶けてしまいそうなほどの甘やかな刺激が身体の中を巡っていく。
 わたしは両手をハンジの背中に回す。それに呼応するようにハンジはわたしをベッドに押し倒して、あっという間に組み敷かれるような形になった。
 わたしを見下ろすハンジ、その後ろにベッドに設えられた天蓋が見える。
 それからハンジの手で丁寧に丁寧に着ていたものを全て脱がされて、一糸纏わぬ姿になった。わたしの皮膚にハンジに手が触れるたび、心臓が跳ね上がって、身体中が甘やかな予感でいっぱいになる。
 とはいえ、裸を晒すと言うのは抵抗があるのは確かだ。見せたくないところばかりだし、ここがもっとこうだったら、なんていう悩みは尽きない。けれどハンジの前に全てをさらけ出した今は、見せる前と比べてほんの少し気持ちが楽になった。もう見せてしまったのだから仕方ない、なんていう開き直りもあるかもしれない。

「綺麗ですよ、お嬢様」
「……あまり見ないで」

 ハンジは寝そべるわたしの膝を立ててM字に開いて、最も見られたくない箇所をじいっと、まるで診察でもしているかのように見ている。いや、観察していると言っても差し支えないかもしれない。
 恥ずかしいから見ないでほしいし、その視線すらムズムズを助長してしまうので、色々な意味で居た堪れたない。

「お嬢様、ヒクヒクしていますよ」
「いわないで」
「ハハッ、まただ。お嬢様の身体は正直ですね。可愛いですよ」

 低く囁いて、ハンジは指を使って割れ目を開いた。見なくてもわかるくらいそこはしっとりと濡れていて、空気に触れると少しひんやりした。キスしかされていないのに、すごく感じてしまっている。
 ハンジはそのまま指を動かして、蜜口に触れて溢れ出た蜜を掬い上げて、上の核に塗りつけた。途端に脳まで愛撫されたみたいに、頭が可笑しくなりそうなほどの衝撃が迸る。

「あっ……!!」
「ここがいいんですね」

 わたしの反応を見て、ハンジがそこを優しくぬるぬるとした二本の指で撫で回す。絶妙な力加減が堪らなくて、そこを起点として、我慢できないほどの大きな快楽が生まれる。
 普段は白い手袋で隠されているハンジの指が、わたしの秘所を弄っている。そう考えたらますます身体の中で快楽が膨らんで、あっという間にわたしは果てへと上り詰めていく。

「あっ、は……あっ!」

 呆気なく達して、わたしは足りなくなった酸素を何度も何度も吸い込む。噴火するみたいに放出されていった甘い疼きはまだ残っていて、じんじんと痛いくらいだった。きゅうきゅうと切なく収縮する膣は、何かに埋めてもらうのを待っているみたいで、欲しくて、欲しくて、堪らない。とにかく一刻も早く埋めてほしい、そんな焦燥に駆られる。

「お嬢様、いかがですか」

 ハンジがわたしの足の間で首を傾げている。なんとも不思議な光景である。が、優秀な執事であるハンジは、いつだってわたしより先回りして、して欲しいことをやってくれている。だから絶対に、わたしが今何を考えていて、何をして欲しいかなんてわかっているはずだ。けれど敢えてそれをやらないのだ。

「い、れて、ハンジ」
「何をですか」

 意地悪だ。

「いれて欲しいの、ハンジを」

 恥ずかしいのと、我慢できないのとが半々くらいでわたしは足を閉じて股を擦り合わせる。

「……わかりました」

 ハンジはわたしの膝に手を置いて広げると、再びハンジの前に隠部が晒された。つぷ、と音が聞こえてきて、ハンジは指を一本、膣の中に入れた。それだけでわたしの膣は喜んで、指にまとわりつく。何度か抜き差しを繰り返した後、今度は二本になり、上を擦るように、揉むように、ピストンを繰り返す。そのたび深い快楽が全身に広がって、わたしの口は壊れてしまったように「あっ、あっ」と喘ぎ声を漏らし続ける。気持ちいい、それしか考えられなかった。

「ハンジ、ハンジ……っ! 気持ちい、ハンジ」
「……っ、あまり煽らないでください」

 片手で内壁を擦りながら、もう片方の指でぷくりと膨れ上がった陰核を弄る。輪郭を確認するようにぐるりとなぞり、柔く撫でて、かと思いきや音楽を奏でるかのように、擦ってみたり。緩急をつけた愛撫に眼裏がチカチカとして、再び昇りつめていく。内側からの全身が浸かるような深い刺激と、外側からの研ぎ澄まされた鋭い刺激。そのどちらも一挙に受けて、快楽の粒がどんどんと身体の内側に集まっていき、やがて強い衝動と共に弾けた。二度目のオーガズムだと言うのに、寧ろ先ほどよりも熱く迸った快感は、身体がバラバラになってしまいそうなほど強いものだった。
 わたしは肩で息をしながら、膣がハンジの指を切なく締め付けているのを感じる。わたしの膣はハンジの形になるためにあるみたいに、指を咥えているだけで気持ちいい。でももっと、もっと欲しい。その先を求めている。この執事にわたしの身体の全てを埋め尽くされたい。

「ハン、ジ……欲しい、ハンジが欲しい」

 うわ言みたいに呟くと、あまりの切なさにわたしの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。おもちゃが欲しいのに与えられなくて泣く幼子のようだ。
 ハンジはわたしの上にやってくると、苦しげに顔を歪めてわたしを見下ろした。

「……お嬢様の全てが欲しい。誰にも渡したくない。欲しくて、欲しくて、どうにかなってしまいそうだ」

 告げられた言葉が意味するのは独占欲で、その苦しげな表情が愛おしくすら感じる。ハンジがそんなことを考えていたなんて、わたしは考えもしなかった。一緒にいる時間は長いけれど、わたしは彼のことをよく知らない。どうしてあなたの瞳は隻眼なの? ご家族は? 好きな食べ物は? 嫌いなことは? ああ、本当に知らないことだらけ。けれど、魂がハンジのことを求めているみたいに、いつだってわたしの心はハンジに向いていて、今も切実に求めている。ハンジのこと、知りたくて仕方ない。
 そのハンジのことが今、少しだけわかった気がした。わたしが欲しいのね。わたしもあなたが欲しいのよ。わたしたちの気持ち、一緒だったのね。でもきっとわたしたちの道のりは、平坦ではない。坂道ばかりで、足場も悪い。おまけにたくさんのものに阻まれて、その度に手をきつく結ばなければ、すぐに引き離されてしまうだろう。それが分かるからこそ、わたしはハンジに伝えたい。

「あげるわ。望むなら、わたしの全てを差し上げる」

 誰がなんと言おうと。あなたが拒もうとも。確かなものをあげたいの。
 ハンジは寂寥感を滲ませて微笑むと、わたしの首にキスを落とした。くすぐったさと気持ちよさがないまぜになって、「んっ」と鼻から抜けるような声が出る。刹那、チュッというリップ音と共にピリッと痛みが走る。

「今だけ、私だけのお嬢様だと思っていいですか」

 首に顔を埋めながらハンジがいう。その表情は伺えないが、わたしはハンジの顔を両手で包むと、こちらへ引き寄せる。今度はわたしからハンジにキスをした。まるで、お返事をするみたいに。唇の隙間に舌を入れ込んで、ハンジの舌に絡みつく。まるで独立した生き物のように、舌同士が濃厚に絡み合い、交歓に耽る。キスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。二人の人間が繋がり合うって、官能的で、淫靡だ。
 ハンジはキスをしながら、その手をわたしの双丘に這わせる。指先でつうっと肌をなぞり、それだけでわたしはこれからもたらされる刺激を想像して身震いをしてしまう。
 なぞる指はくるくると円を描いて、やがて頂に辿り着く。硬く勃ち上がったそこはハンジの指が触れた瞬間、強い快楽が訪れる。背中は弓形にしなり、つま先はピンと伸びて、「あっ」と声が漏れ出た。
 ハンジは首筋にキスを落としながら、乳首を摘んだり、捏ねたり、弾いたりして弄り、痛いのと気持ちいいのがないまぜになる。段々と痛いのすら気持ちよさに感じてきて、首筋にキスを落としていた唇は、今度はもう片方の乳首に這わされて、ちろちろと仔犬が水を飲むみたいな舌使いで刺激する。吸い上げたり、甘噛みしたりしたあとは、指で弄っていた方の乳首を舐め、唾液でデロデロになった方を指でいじり始めた。唾液が潤滑油がわりになって、より一層気持ちいい。堪らず足を擦り合わせる。

「は、んじ……っ、ねえ、もう」
「ああ、すみません。下がお留守でしたね」

 顔を上げて、にっこりと微笑むと再び下へと向かい、「あちゃあ」とわざとらしく声を上げた。

「お嬢様、びしょびしょですね。お辛いのでは」
「さっきから分かっててやってるわよね……!」

 わたしは上体を起こして文句を言えば、ハンジは軽やかに笑い、不意に真面目な顔になる。

「お嬢様のナカに、挿れてもいいでしょうか」
「さっきから、欲しいって言ってるじゃない」
「ありがとうございます」

 ハンジは微笑むと、服を脱ぎ捨ててその美しい身体を惜しげもなく晒した。細いのに締まった肉体は執事にしておくには勿体無いほどだ。そして固く張り詰めた男根に、わたしの視線は釘付けになり生唾を飲む。

「そんなに見られては、穴でも開きそうです」
「ごめんなさい」

 ハンジはキスをしながらわたしを再び押し倒す。ちゅく、ちゅく、と水の音を立てながら舌を絡めて、キスをする。そしてキスが止むと、ハンジは怒張をわたしの膣口に押し当てる。

「あっ……!」

 まだ挿れられてもないのに、わたしはもうゾクゾクとして、喘ぎ声を漏らしてしまう。ハンジは先端を膣口から陰核へ逃したりしてなかなか挿れようとせず、焦らしてくる。

「ハンジ、やぁ、早く……!」
「だから、煽らないでください。早く挿れたくなってしまう」
「挿れていいのよ」
「勿体無いじゃないですか。お嬢様と一つになれるなんて、もうこの先ないかもしれないのに」

 そういって憂愁に微笑むので、わたしは「いやよ」と首を振る。

「これから何度だってしましょう。そうして、ハンジでいっぱいにして」
「……もう。知りませんからね」

 照れたような、ムッとしたような、そんな表情をして、ハンジはついにわたしのナカに入り込む。熱い肉杭が膣壁を押し広げ、ハンジのカタチにしながら奥へ奥へと進んでいく。えも言われぬ快感に背筋がゾクゾクとして、ハンジの「……くっ」なんていう艶やかな息遣いにも頭が犯される。ハンジはわたしの手をベッドに縫い付けるように絡めて、きゅっと握った。冷たかった指先は熱くて、手は汗ばんでいる。
 ジリジリと進みながら、「痛くないですか」と身体を気遣うハンジに、わたしは殆どまともな言葉は返せなかったけれど、返事の代わりに繋がれた手をきゅっと握り返した。
 そうしてハンジがすべてを埋めたと同時に、わたしはびくびくと腰ごと痙攣しながら達していた。じわじわと焦ったいくらいの動きでわたしを押し広げていくのが堪らなく気持ちよかった。ハンジの屹立を締め付けるたびにその固さを思い知り、また気持ちよくなる。

「……ふぅ、お嬢様、動いていいですか」
「あ……ん、おねが、あっ! や、あっ、は!!」

 返事を聞き届ける前にハンジは律動を開始して、ぐちゅ、ぐちゅ、と水音を立てる。打ちつけるたびに肌と肌が触れ合う音がして、今ハンジとひとつになっているんだと実感する。
 腰を打ち付けられるたびに身体が満たされていく中で、ハンジは顔を近づけて、キスをしながら律動をした。上も下もハンジで満たされて、またイキそうになる。ハンジも絶頂が近いのだろう。打ち付けるスピードが速くなり、唇の隙間から、色っぽい吐息が漏れ出ている。わたしの蜜口からはもはやどちらのものか分からない液体が漏れ出ていくのを感じる。ベッドはきっと体液だらけだろう。

「お嬢様、可愛い、お嬢様、お嬢様……ッ! ナマエお嬢様、ナマエ……!」

 こんな時に名前を呼ぶのは反則だ。いつも冷涼な顔をしてわたしを見ているハンジが、いまはうわ言みたいにわたしの名前を呼んで苦しげに眉根を寄せ、快感を享受している。
 そしてハンジはキスをやめて背筋を伸ばしてスパートをかける。夜の獣のように力強く腰を打ちつけて、やがて……

「出る……くっ!!」
「わたしも、イ………くっ!!」

 射精の直前に引き抜いて、あとは自分の手で扱きながらハンジは達した。ぴゅく、ぴゅく、と白濁が勢いよく放出されて、わたしの胸に、腹に熱い迸りが飛び散る。そんなハンジの姿を見て、わたしも達した。
 肩で息をしながらハンジは力尽きたみたいにわたしの横に倒れ込み、わたしの額を撫で付けながら言った。

「お嬢様、出会った瞬間からずっと好きです。愛してる。一生そばにいたいし、私だけのお嬢様になって欲しい。他の男と結婚して欲しくない」
「そういうのって、普通する前に言うんじゃないの?」
「本当ですね」

 わたしたちは笑い合い、どちらともなくキスをした。

+++

 お嬢様への想いが抑えられなくなってキスをしたのが一週間前。それが原因で解雇されるならばそれもいいと思った。何れにせよ、抑えられないほどの気持ちを抱えてしまっている以上、もうそばに居ることはできない。いっそのこと、もう二度と会えないような状況にでもなればお嬢様のことを諦められるかもしれないと思ったのだ。
 ところがハンジは解雇もされなければ、叱責されることもなかった。それどころか、ハンジを見つめる瞳の奥、微かな熱すら感じる。そのことに戸惑いつつも、一縷の望みがハンジの中で生まれる。
 ―――もしやお嬢様も、憎からず思ってくれているとか?
 いや、まさか、と否定しつつも、もし本当にそうだったとしたら、ハンジにとっては思いもよらない僥倖だ。
 だから、知りたくなってしまった。お嬢様がどんなことを考えているのか。
 ハンジは用意したハーブティーに媚薬を仕込んだ。欲情まみれになったその時に、ハンジを欲してくれるかもしれない。ご主人様に対して薬を盛るなんて、有り得ないことだ。けれどハンジの理性は己の中の好奇心に勝てなかった。
 ―――お嬢様に求めて欲しい。あわよくば、私のことをどう思っているのか知りたい。

「お嬢様、ハーブティーをお持ちしたのですがいかがですか」
「いただこうかしら」

 扉を開けるとお嬢様がソファに座っている。今日も美しくて、狂おしいほど愛おしい。

2024-11-12