渇いて、潤して*

「ずっと好きでした」

 覗くつもりも、聞くつもりもなかった。本当にたまたま現場に出くわして、なんとなく離れるタイミングを見失ってしまったというだけだった。
 相澤は今、木の影に身を隠して、息も殺して、耳をそばだてる。なぜだか自分の心臓が早鐘を打ち、耳裏に心臓があるのかと錯覚するくらい大きな音で心音が聞こえている。

「ごめんなさい、わたし、付き合ってる人がいて……」

 名前の声だ。ちらりと様子を伺えば、名前が頭を下げている。それを見て男は「顔をあげてください」と慌てふためいたように手を振った。男は雄英の職員だろうか。お互いが敬語を使っているところを見るに、あまり親しい仲でもないらしい。
 間の悪いことに昼休みの校庭で、恋人が告白されている現場に遭遇してしまったらしい。

「大丈夫です、分かってます。でも、どうしても俺の気持ちを知って欲しくて。迷惑だってわかってるんですけど、踏ん切りつけるためにも伝えさせてもらいました」

 男はそう続けた。その言葉を聞いていたら、相澤の心臓のあたり、毛糸が絡まったみたいにモヤモヤとしたものが膨れ上がる。
 人の彼女に何を抜かしてるんだ、と反射的にムッとしたものの、誰が誰を好きになるのも自由だ、と冷静な自分が諌める。例え相手に恋人がいようとも、好きになってしまうこと自体は悪いことではない。
 それに、男の言葉は誠実で、名前に負担をかけないような優しさで包まれていた。ケチをつけるようなことは何一つない。

「すみません、ありがとうございます。迷惑なんかじゃないですよ、嬉しいです」

 名前の言葉を聞いた瞬間、ぐっと心臓が痛んで、その痛みに突き動かされるように次の瞬間にはほとんど反射的に歩き出していた。身体の中心に墨を落とされたように黒いものが広がっていくのを感じる。
 職員室に戻ると、ミッドナイトとマイクが雑談に興じていた。勿論そこには混じらず、デスクに突っ伏して寝ようとしたところ、不意に二人の会話が耳を通り抜けていく。

「告白なんて本当に青臭いわよね、はー青春だわ」

 ミッドナイトの“告白”と言う単語に相澤は思わず顔をあげそうになるが、寸のところで堪える。ミッドナイトもあの現場を見たのだろうか。これから繰り広げられる話を聞きたいような聞きたくないような、心臓が嫌に早くなる。

「まぁ体育祭の後って多いよな。ヒーロー科は特に格好良く見えるだろうし。でも体育祭マジックとか言われてるの、シビィーぜ!」

 そう答えるのはマイクだ。話から察するに、生徒たちの話だろうか。

「それ含めて青春なんじゃないの! 惚れた腫れたを繰り返しながらオトナになっていく……はぁ、いいわぁ。告白された日ってさ、全然気になってない相手でもその日はずっとその人のこと考えちゃうのよね」

 どうやら名前の話ではないらしい。途端に相澤は興味を失って、眠ることに集中する。しかし、気がつけば先ほどの告白現場が脳裏に浮かぶ。

 ―――今日、名前はあの告白してきた男のことを思い出すってことなのか。

 そんなことを考えていたら、結局眠れないまま昼休みは終わった。
 スマホのトークアプリを確認すると、最後に相澤が送ったものは未読のままだった。

+++

 その日の夜、仕事を終えた足で名前の家に向かうと、出迎えた名前は夕飯を食べ終えたところだった。

「急にどうしたの? 泊まってく?」
「泊まる」
「やったぁ。嬉しい」

 突然の来訪にも関わらず受け入れてくれて、なんならとても嬉しそうに顔を綻ばせている。しかし、“嬉しい”という言葉に、相澤の胸中には再び暗雲が立ち込める。

 ―――今日の告白とどっちが“嬉しい”んだよ。

 玄関先、気づけば相澤は名前を抱き寄せた。

「わっ、なに、どうしたの。わたしまだお風呂入ってな―――」
「うるさい」

 首筋の辺りから名前の匂いがする。この匂いが相澤は好きだった。無防備な、ありのままの名前。

「………どしたの、消太くん」

 名前の手が背に回されて、戸惑いながらも摩る。相澤は何も答えず、抱きしめる力を強くした。柔らかくて、温かくて、それを堪能できるのは自分だけなのだと優越感に浸る。

「消太くーん?」

 全部、全部、相澤だけに許されたこと。抱きしめること、キスすること、無防備な寝顔を眺めること、裸を見せ合うこと、身体を交えること。
 相澤は体を離して、じっと名前を見下ろす。何も答えない相澤に対して、名前は不可解そうな顔をしている。
 名前の両頬に手を添えてじいっと名前を見つめる。普段は口紅が塗られた唇は、今は何も塗られていない。それにかえって唆られて、相澤は吸い寄せられるように口付けをした。唇の型でもとるかのようにたっぷり押し付けて、緩慢に離れる。もっとしたい、もっと触れたい。すぐ目の前にいるのに、すごく恋しい。優しくしたくて、でも自分にしかつけられない傷をつけたい衝動も確かにあって。バカバカしいくらい、コイツのことばかり考えていることに気づく。だというのに、この女ときたら。

「おい」
「なあに」

 相澤が名前の頬を抑えているから、変にくぐもった声と、変な顔で名前が言う。ちょっと面白くて、相澤は頰から手を離した。

「俺以外の男から告白されて嬉しそうにするな」
「え、なんで知ってるの!?」

 名前は目に見えて焦っている。

「たまたま見かけたんだよ」
「でも、ちゃんと断ったよ」
「当たり前だろうが。お前は誰のものだ」
「え……わたしはわた―――」
「お前は俺のものなんだよ。分かったか」

 じりじりと相澤は名前へとにじり寄り、それと同じ分だけ名前は後退りをする。

「う……分かったよ。でもほとんど喋ったことないし、消太くんが気にするようなことでも―――」
「ほぉ。ほとんど喋ったことない男のことを惚れさせるなんて、大したものだな」
「ねえ目が怖いよ、血走ってるよ」
「いつもだわ。それじゃあ行こうか」
「どこへ?」

 そんなの決まってるだろ。

「ベッド。今日は覚悟しておけよ」
「何を!?」

 夜はまだまだこれから。名前は相澤のものだと分からせるため、熱くて濃密な夜が始まりを告げる。

「ちょっと待って! お風呂入りたい、歯磨きたい!」
「じゃあまず風呂行くか」
「え、一緒に入るつもり!? やだよ恥ずかしい」
「丁寧に洗ってやるよ」

 鏡を見ながら何をしてやろう。なんて考えながら、相澤は名前を抱っこして脱衣所へと向かった。

+++

 湯が張り巡らされた湯船の中で、相澤は膝を立てて足を伸ばし、その間に挟まれるような形で名前は収まっている。相澤がバスルームに突入したときには既に風呂が沸いていて、どうやら名前は風呂に入るところだったらしい。
 静かなバスルームでは、換気扇が回る音だけが聞こえている。相澤が腕を動かせば、ちゃぽん、と水の音が響く。そのまま名前を包み込むように腕を回せば、名前は相澤を警戒するようにぴくりと跳ねた。
 すぐ近くにある耳に、「どうした」と囁きかければ、名前は微かに身じろいで「ううん」と小さく首をふる。

「久しぶりに一緒に入ったな」
「そう、だね。……わ、わたし体洗おうかな」

 そそくさと立ち上がり湯船から出る名前。こいつ、さっさと出ようとしているな。相澤も立ち上がり、「俺が洗うよ」といえば、案の定名前は「絶対やだ! いや、ありがとう、気持ちだけ受け取るね、本当にありがとう」と、角が立たないように言い直して断ってくる。もちろん、そんな言葉は無視だ。
 名前の手から泡立てネットを奪い取ると、泡立てる。鏡に写った名前は不満そうな顔で相澤を睨め付けた。
 もこもこと泡立てて、それを手に乗せると名前の肩から肩甲骨にかけて洗う。男の相澤と違い、滑らかで、曲線ばかりの柔らかな背中に手を這わせれば、背中をしならせて「んっ」とくぐもった声を上げる。鏡越しに見える表情も心なしか扇情的で、触発された相澤の手は彼女の腕の間から鎖骨の下、二つの膨らみへと伸びていく。

「あっ、ちょ……っ! ここは自分で洗える、よ」

 全体に何度か手を滑らせれば、段々と突起が固く確かな形を持っていくのがわかる。泡を利用して突起を中心にくるくると指先を滑らせれば、身悶えながら名前は「やめて」と小さく零す。この拒絶が心からのものではないと分かっているから相澤は何も言わずに胸を弄り続ける。

「ん………あ、ちょっと……」

 尖り切ったそこを捏ねたり、摩ったり、泡を潤滑油代わりにして甘い刺激を与えれば、快感を蓄積してぷっくらと膨らんだ乳首がなんとも愛らしい。もっと触って、と言っているようだ。
 スピードを上げて擦り上げれば、名前は堪らず「あっ、あ、や……っ!」と声を上げる。狭いバスルームで反響した声に、慌てて名前は口元を抑えた。
 相澤は固く勃ち上がったそれを名前の腰に押し当てた。それだけで名前はびくりと震え、「あっ」と抑えられない甘い声を漏らす。

「熱い……」

 名前は振り返って相澤の欲望を目視すれば、蕩けてしまいそうな恍惚とした表情になる。どうやら彼女もソノ気になってくれたようだ。ここのところ忙しくてなかなかセックスをできていなかったから、彼女も案外欲求不満だったのかもしれない。
 もっと、相澤のことだけを考えてほしい。昼間に告白してきたやつのことなんてすっかり忘れて、相澤だけを見ていればいい。
 相澤はキスをして、性急な動きで舌を捩じ込んだ。

「んぅ……あ、」

 それに応えるように名前も舌で迎え入れて、濃密に絡み合う。手の動きも再開して、固く尖ったそこを焦らすように優しく掠めたり、逆に素早い動きで弾いたり。単調にならないように愛撫を続ければ、名前はやがてキスをするのも忘れて唇の端から喘ぎ声を漏らし続ける。

「あっ、やば、あっ、きもち……しょたくん、それすご、良い……っ! あっ、あっ……っ」
「名前はこうするのが好きなんだよな。イキそう?」

 名前は愛撫されながらキスをするのが好きだ。相澤は囁きかけた後、今度は触れるだけのキスを何度も落としながら愛撫を続けると、案の定、名前はオーガズムに向かって上り詰めているのが伝わってくるので、乳首への刺激を激しくしていく。名前は一生懸命、こくこくと頷いた。

「うんっ、イキそ……ぁ、イク、イク、イッちゃう、だめぇ……っ!!!! っっあ!!」

 やがて名前の体は電流が流れたかのようにびくびくと痙攣した。乳首だけでイってしまったらしい。
 はあ、はあ、と荒い呼吸を繰り返している名前の身体と自身の泡まみれの手をささっとシャワーで流すと、股の間に、間髪入れず相澤の勃起したそれを滑り込ませ、抜き差しをする。すると、ぬるりとした体液が相澤の男根にまとわりついた。下の口も既に受け入れ体制が整っているようだ。

「消太くんの固くて熱いの、挿れて。挿れて欲しいの」

 どうしてこんなに煽るようなことを言うのだろうか。潤んだ瞳で懇願するように見上げられれば、相澤に拒否権なんてあるわけもなく。名前の尻を突き出させると、名前は目の前の鏡の手をついた。
 お望み通り、挿れてやる。
 名前の愛液がついた自身のペニスはてらてらと光っていて、鈴口からはカウパー液が溢れでている。ぐっと蜜口に挿入をすれば、名前のなかは熱くて、溶けてしまいそうだった。それでいて相澤が入ってくるのを心待ちにしていたかのように膣壁は吸い付いてきて、快感で頭が痺れてしまいそうだ。何もつけない状態での挿入ということもあり、名前を直に感じて、振り切れそうなほど気持ちいい。名前のナカに入っていく瞬間は、受け入れてもらえることの多幸感と、この体を好きにできるのだという支配感がないまぜになる。

「ああっ……! 気持ちい、んんっ、んっ!」

 イッたばかりで敏感な膣に、求めていたものがぴたりとハマって、鏡越しに見える名前の表情は恍惚そのものだった。瞳を閉じ、眉根を寄せて快楽を甘受している。

「すごく気持ちよさそうな顔してる」
「や、ぁ……見ないでっ」

 名前は自分の顔を鏡で見て、羞恥で顔を逸らした。目の前に善がってる自分の顔があるなんて嫌だよな、と思いつつも、今日の相澤は嗜虐心が勝った。

「よく見て、俺とセックスしてる姿」

 繋がったまま上体を起こして、右腕で名前の右足を太ももから持ち上げてバスタブの縁に足を置けば、結合部がよく見えた。相澤の屹立を、名前の下の口は根元まで懸命に咥え込んでいる。視覚で感じたのか、膣壁がきゅっと縮こまって、相澤を甘く締め付けた。
 鏡越しに名前と目が合う。情欲に塗れたその顔は、頬を上気させて、目元はとろんとふやけている。その後ろにいる相澤もまた、欲に塗り固められた雄の顔をしていた。鏡を通して見る二人の性交の様子は、えも言われぬ欲情を覚えてしまう。
 見せつけるように右手はクリトリスを、左手は胸に這わせて同時に刺激を与える。バスルームの明かりに晒されて行われる行為は、相澤にとっても酷く淫靡であった。

「ああっ!! だめ、らめぇ……っ!! おかしくなっちゃう……っ!!!」
 
 バスルームに名前の悲鳴にも似た嬌声が反響する。快楽から逃れるように身体をくねらせるが、逃したりしない。追い打ちをかけるように腰を動かせば、嬌声の隙間、ぱちゅ、ぱちゅ、といやらしい水の音と、濡れた肌同士が合わさってぱんぱんと弾けるような音が聞こえてくる。

「あ、ぁ、くる、くる……っ! イッちゃうッッッ
!! あッッッ…………っっっ!!」

 名前は喉を反らした。膣が大きく痙攣して、相澤のペニスを何度も吸い上げるように締め付ける。これには相澤も堪らず射精しそうになって慌てて抜いた。血管が浮き出て愛液まみれになった相澤のそれは、必死に射精感に耐えている。

「も……無理」

 そういってへなへなと座り込もうとする名前の腰を支える。

「ダメ」
「な、んでぇ……!」
「名前の頭の中を俺でいっぱいにするため」

 名前に告白してきた男のことなんて、少しも思い出させてやらない。

「もういっぱいだよ……?」
「まだ、足りない」
「ひゃ! んん〜〜っ!」

 再び名前のナカに入っていくと、名前は気持ちよさそうに声を上げて、眉根を寄せる。
 名前の頭の中も、体の中も、相澤でいっぱいになる。そんなことを考えたら、ぐんと情欲の度合いが深くなった。

「あっ、あっ、や、んっ……! 奥、気持ちいい……!」
「っ、煽るな」

 刻みつけたい衝動が止まらない。獣のように相澤は荒々しい挿入を繰り返す。ずちゅ、ずちゅ、と音を立てて、二つの性器が卑猥に合わさっているのがよく見える。名残惜しいが、果てが近づいてきた。

「………ッ、出るぞ」
「うん、うんっ、きて……っ!」

 やがて相澤は込み上げてくる射精感をそのままに、名前のナカ、最奥に吐精した。長い長い射精だった。それを受け入れるように名前も達してびくびくと痙攣した。
 心も、体も、誰にも渡さない。だって名前のすべては相澤のものだから。
 名前のナカからまだ固さを保っているそれを抜き取れば、白濁色をした独占欲の証がぬぷりと溢れ出て、垂れていった。
 達した気だるさはあるものの、それでもまだ相澤は渇いていた。普段なら一度射精したら終わりなのに、今日はまだまだやれる気がするのだ。まだ足りない、まだ欲しい。
 自分がこんなにも執着していることに気づいて、苦笑いを禁じ得ない。満たされたそばから渇いて、もっと欲しくなる。ああ、俺は本当に―――

「名前のことが好きだ」

 本当に、どうしようもないくらい、馬鹿みたいに嫉妬するくらいには。

「今日はなんだか変な消太くんだね」

 ふにゃふにゃと芯が固まりきらないような声で名前が言う。

「こんな俺を受け止めて欲しい」

 思ったよりも切実さが滲み出てしまって、苦い顔になる。すると名前が振り返って、相澤をギュッと抱きしめた。裸で抱き合うと、どうしてこんなにも温かくて安らぐのだろう。苦い顔もいつの間にか緩んでいる。

「全部ちょうだい」

 名前の体に腕を回す。柔らかくて、滑らかで、本当に相澤と同じ人間なのだろうか。いつまでも触っていたくなるような心地よさがある。

「……ねえ、固いのが当たってるんだけど」
「全部受け止めてくれるんだろ」

 ぐっ、と息を呑む音が聞こえた。

2025-08-21