淡い絆が消えゆく前に

「……はい」

 ナマエが立ち止まり、ゆっくりと振り返った。早鐘を打つ心臓に気付かないふりをして、クリフトは息を吸い込んだ。

「私にできることは、もしかしたらナマエの期待していることとは違うかもしれない」
――私にできること。

「私は、止めることしかできません」
――4主さんに渡すことなんて、できない。

「ナマエ、4主さんと付き合ったりしないでください!」
――私は、あなたが好きだから。

「私は、ナマエが好きなんです。誰にも渡したくない。ずっと、そばにいてほしいんです」
――あなたの隣は、これまでも、これからも、ずっと私でありたいんです。
  共に歩み、いろんなことを分かち合いたいんです。だからどこへもいかないでください。お願いです。

 クリフトの想いが吐き出されて、訪れたのは沈黙だった。ナマエの表情は、嬉しがるわけでも、迷惑がるわけでもなく、形容するのならば戸惑っているようだった。クリフトのできることはもう、やり尽くした。あとはナマエがどう受け止めて、どう答えるか、それだけだった。
 どれくらいの時が経ったかは分からないが、クリフトからすれば永遠とも思えるほどの長い沈黙の後、ナマエが薄く唇を開いた。

「クリフトは、アリーナ様が好きなのではないですか」
「ええ、姫様のことが好きです。とても憧れています。けれど、その好きとは種類が違うんです。そしてこの感情は幼馴染としてのそれとは違う」

 ナマエの瞳が戸惑うように揺れた。クリフトは祈るように言葉を重ねていく。

「最初はわかりませんでした。けれど、漠然と、これからも一緒に生きていけたら、と思っていました」

 けれどある日、これまた漠然と思ったのです。

「もしも、ナマエと4主さんが付き合って、これからナマエが隣を歩くのが、4主さんになってしまったら……と」

 当然幼馴染として祝福すべきだと思ったのです。……いいえ、思おうとしたのです。けれど、ムリでした。

「この気持ちは一体なんだろうと、考えました。けれど答えは見つからず。そしたらミネアさんが気付かせてくれたのです」

 私はナマエのことを、好きなんだと。

「当然戸惑いました。だって、ありえないでしょう? 生まれてからずっと一緒にいる幼馴染を、好きになるなんて。しかも、アリーナ様という心に決めた人がいながら……」

 けれどもやっぱり、この気持ちを抑えることができなくて、

「今、私はナマエに気持ちを伝えているのです。実は、アリーナ様に聞いたのです。4主さんがナマエに告白していた、と。心臓が止まったかと思いました。やっと自分の気持ちと向き合えて、好きだと気付けた。と思ったら4主さんに先を越されてしまった。正直、ダンスも誘えずめげていた私には大打撃でした」
「そう、でしたか」

 ナマエへと歩み寄り、少しずつ距離縮めていく。彼女の表情は、やっぱり戸惑いを隠しきれないようだった。無理もないだろう。まくしたてるようにナマエに告白をしているのだから。

「……ナマエの期待に添えたかはわかりませんし、とても急なことなので、混乱しているでしょう。すみません」

 けれども、やれることはやれたと思っていた。正直、ナマエの期待とか、もうそんなこと考えている余裕はなくて自分が心に抱いている気持ちを、どう正確に言葉にできるか精一杯だった。
 頭の中でどう順序だてて伝えようかも考えずに、ひとまず言いたいことを全部言ったような形なのでナマエに上手く伝えられなかったかもしれない。だが、遠くへ行ってしまいそうな彼女との淡い絆を繋ぎとめる最後の手段として、なんとかやりきれたと思った。あとは、祈るだけ。ナマエも、願わくば同じ気持ちであるように。

淡い絆が消えゆく前に

(僕の精一杯をあなたへ捧ごう。)