「舞踏会?」
「ええ。今日は、この町に私がやってきてから一ヶ月経った記念すべき日なのです!」
聞き返した4主に、移民の町の代表であるホフマンが楽しそうな顔で説明をした。
「ですから、今日は夜に舞踏会を開こうかなと」
たまたまルーラで様子を見にきたのだが、どうやら偶然にもこの移民の町が一ヶ月記念日だったらしい。一ヶ月記念日にパーティとは、なんだかカップルの記念日を祝っているような気分になった。
「もちろん、4主さんたちも参加しますよね?」
「……どうする?」
「べつに一日くらい、かまわないわよ」
導かれし者の裏の権力者こと、アリーナが許可を出したと言うことで、一日この町への滞在が決まった。
「ということはやっぱり、俺たちも踊るしかないってことだよね?」
「そうなりますね」
移民の町の宿屋で膝を突き合わせて、導かれし者たちは今日の夜の舞踏会について談義をしていた。4主の隣にナマエ、そしてナマエの隣にクリフトが座った。
「俺、踊ったことなんてないよ」
「あたしは結構あるわね」
肩を竦めた4主に対し、アリーナはさも当然という様子で言う。サントハイム組は、アリーナの誕生日、王の誕生日、などなど何か記念すべきことがあるたびに城でパーティが行われていたので、アリーナは勿論踊った数など数え切れないだろう。騎士であるナマエは普段は城の警護を務めているが、アリーナの計らいで何回か参加したことがあり、そのたびクリフトは相手を務めていた。そのときのことを思い出し、クリフトは人知れず口角を上げた。
(ああ懐かしい……。あのときの私は、アリーナ様と踊りたかったのだが、人見知りなナマエが私を最後まで離してはくれず、結局私はナマエとしか躍ったことがないんでした)
あのときはナマエを恨んだが、今となっては素敵な思い出だった。すると隣のナマエが声をかけてきた。
「わたし、クリフトとばっか踊ってましたよね」
「……あ、ええ。そのせいで私もナマエとしか踊ったことがありませんよ」
これはチャンスかもしれない。この流れで、今日も私と踊りませんか? と誘えば、4主と踊る心配もなくなる。だが、皆が集合しているこの場でそのことを切り出すには、まだ心の準備ができずにいた。心なしか、ナマエも自分の誘いを待っているような気もした。彼女の双眸が、試すようにクリフトを見つめる。
「ナマエ」
そんなときだった。クリフトが決心を固める前に、4主がナマエに声をかけた。嫌な予感がした。どくん、どくんと心臓が重く脈打つのがわかる。
「よかったら俺と踊ってくれませんか?」
はにかみ笑顔の4主。マーニャとアリーナがうれしそうな悲鳴を上げてわいわいと言葉を交わしている。
「わたし……?」
「うん」
「だめですよ、わたし、クリフト以外と踊ったことありませんもん。アリーナ様が適任かと……」
ナマエの言葉にぎゅっと心臓が小さくなった。うれしくて、うれしくて、仕方なかった。4主ではなく自分を求めてくれているような気がして、今すぐナマエを連れ去って消えてみたかった。
「ねえクリフト、クリフトからも言ってください」
こちらを向いたナマエの顔が少しだけ赤みがかかっていて、天にも昇る思いだった。もしかしたら、ナマエも、なんて淡い期待が膨れ上がっていく。
――お互いが、幼馴染の壁に悩まされているのだとしたら――
ミネアの言葉が蘇る。
――そしてそのことに気付いたのなら――
「それでもいいんだ」
うつらうつらとした心地よい意識が遠のいていき、急速に現実へと戻ってきた。4主の声だった。
「それでも、いいんだ」
真剣な顔で、ゆっくりかみ締めるように4主が言った。
「ナマエと踊りたいんだ」
4主のその言葉は、あまりに真摯だった。
「……そこまで、いうなら」
ナマエの笑顔が眩しかった。
そしてそのとき、思い知った。幼馴染としてつながっているから、安心していた自分がいた。でも、それは間違いだったんだ。
幼馴染なんてまるで、
指先一本のふれあい
(幼馴染としての君と僕の関係は、所詮とるにたらない小さなものだったことに気付く。)
