言葉というものは本当に怖いもので、捉え方ひとつで世界が一変してしまう。言葉は凶器、言葉は癒し。自分の気持ちを正確に伝えられるかは、誰もわからない。
「最初は、クリフトさんとナマエさんが付き合っているのかと思っていました」
クリフトの隣を歩く褐色の美女、ミネアが言った。それは彼女の姉であるマーニャにも以前いわれたことだった。ゆえに返答はおのずと同じになってしまう。
「そんなわけないですよ」
自分はアリーナが好きだし、ナマエだってアリーナが好きだ。それは自分たちが小さい頃からずっと変わらないひとつの事実だし、当然のことでもあった。
「でも、クリフトさんが謎の高熱で魘されていたときのナマエさんの心配様は、まるで恋人やご家族のようでしたよ。クリフトさんが死んでしまったら、後を追ってしまいそうな……。そんな様子でした」
確かに意識が戻った時、ナマエがものすごい勢いで泣き付いてきたが、それは“幼馴染だから”というのが強いのだと思った。というか実際そうなのだと思う。ナマエは別に自分のことを好いてはいない。
「そのどちらかで言えば、家族のような存在ですかね。ナマエとは小さい頃からずっと一緒で、私の幼馴染ですから」
それ以上でも以下でもない、幼馴染。自分で言っていて、胸がずきずきと痛む。
「うーん……そうですか」
いまいち納得のいかないような、そんな歯切れの悪い返事だった。
「では、質問をかえましょう」
「はい?」
「クリフトさんは、ナマエさんのことを好きですか?」
心臓の動きが止まり、体中の血の動きが止まったと思われた。思考が止まり、身体が動くのを止めた。
「フフフ……やっぱり」
少し先で立ち止まり振り返って、すべてを悟ったかのようにミネアは笑った。とっさに反論の言葉が喉元までのぼってきたが、それは言葉になることはなかった。声の出し方を忘れてしまったかのような錯覚に陥ったのだ。ミネアは追い打ちをかける。
「なんとなく、そう思ってました」
「……違うと、思います」
なんとか出てきた言葉はとても頼りなくて、説得力はなかった。自分はやはり迷っていた。
「そう思おうとしているのでしょう?」
さすが占い師だけある。まるで心を見透かされたかのようだった。彼女の言うとおりだった。自分はナマエのことを好きだと認めてないだけで、実際はナマエのことを意識している自分がいる。何も返せないでいると、ミネアは言葉を続けた。
「無言は肯定。……ナマエさんに想いは伝えないのですか?」
「伝えるわけ……ありませんよ。私たちは、これまでも、そしてこれからも幼馴染なのですから」
思った以上に自嘲気味な響きになってしまった。
「そうでしょうか?」
ミネアは不思議そうに首を傾げた。
「お互いが、幼馴染の壁に悩まされているのだとしたら……。そしてそのことに気付いたのならその壁は扉に変わるのではないでしょうか?」
ドキリとした。そんな可能性はちっとも考えなかった、もしも、ナマエも自分と同じようにこの関係に悩んでいるのだとしたら……。
「ミネアークリフトー? おいてきますよー??」
遠くから間延びした彼女の声が聞こえてきた。少し先を見てみれば、若草色の髪の毛の勇者の隣を歩く、騎士の姿。
4主とナマエ―――
その姿を見た瞬間、クリフトの中に芽生えた小さな希望が無情にも摘まれていくのを感じた。
あるわけがないんだ。ナマエが自分を好きだなんて、ありえないんだ。
(なぜ、私じゃないんですか?)
胸が張り裂けそうだった。
(私じゃダメなんですか?)
(好きです、ナマエ、大好きです。)
押さえ込んだ言葉
(聞いてほしい、でも伝わらないで。ほんとうは知ってほしいけど。)
