私が好きなのはアリーナ様。私が好きなのはアリーナ様。私が好きなの………は?
―――姫様に、決まってますよね。
「クリフト、なんだか深刻そうな顔をしてますね」
宿屋のロビーで、一人何をするわけでなく水を飲みながら、ぼうっと思案に耽っていたところにナマエがやってくると、クリフトの顔を覗き込み、心配そうに言った。ナマエにそういわれても、そんな顔をしているという自覚が全くないので、きょとんとしてしまう。
「そう、ですか?」
「ええ。あ、でももう治ってます。よかったです」
そのままクリフトの前にあるイスに座ってふんわりと微笑んだ彼女の微笑みに、ぶわっと顔が熱くなる。手を添えて、頬の温度を確かめれば、びっくりするほど熱かった。まるで、熱でもあるかのように。
「あれ、クリフト顔まっかっかですよ? どうかしました??」
心配そうに眉を下げたナマエの表情に、クリフトが慌てふためく。
「あっ、いや、なんでもないです!」
ニコッと無理矢理笑顔を作って、彼女を安心させようとするが、さすが幼馴染だけあって、その手は通じなかった。今度はむっと眉を寄せ、険しい顔だ。
「なんでもない、わけじゃないですよね?」
ナマエに隠し事はできない。クリフトは思わず苦笑いをして、
「さすが、としかいえませんね」
「当たり前です。わたしをなめないでください」
そう言うとナマエはイタズラっぽく笑って、で。と続きを催促する。
「どうしたんですか?」
「……別に、たいした事じゃないです」
「では、そのたいした事じゃないことというのは?」
「………言うしかないのですか?」
「ええ」
彼女の瞳は好奇心で輝いていた。教えなければきっと彼女は不機嫌になってしまう。だが、言いたくない。
――自分はアリーナが好き。決して、ナマエのことが好きなわけじゃない。だけど、ナマエが頭から離れない。――
堂々巡りとも思われる思考は、まるで、自分に暗示しているかのようにも思える。アリーナの事が好きなのだ、という自己暗示。
「駄目ですよ。このこと言ったら、ナマエはきっと心臓が飛び出ちゃいます」
適当な事を言って、言いたくないのだ。ということを遠まわしに告げるのだが、彼女は引き下がらない。むしろ目を輝かせて、どんな楽しい話なのだろう!? とでも言いたげだ。
「飛び出てもかまいませんよ」
嘘をつきなさい。本当は飛び出したら困るくせに。と心の中で子供みたいな幼稚な悪態をついてみる。
「とにかく、駄目です。言いません」
「けちんぼですね……」
唇を尖らせて、つまらなそうに言った。そんな彼女の、ころころと変わる表情に、クリフトは暖かい気持ちになる。彼女といると幸せで、穏やかで、刹那の永遠を感じる。自分にとって、ナマエと言う存在はなくてはならないものだ。だが、自分はアリーナの事が好きなのだ。だから、彼女のことを好き、というわけではない、そのはずなのだ。
では、この気持ちはいったい何なのだろうか?
ただの友達としての感情ではないのは確かだ。では、なんだ? と聞かれては、なんともいえない。好きなわけじゃないのだ、きっと。自分はアリーナの事が好きなのだから。
「クリフト?」
名前を呼ばれて、すっかり思案に耽っていた自分に気づいた。はい! と反射的に声を上げると、ナマエはくすりと目を細めて笑った。
「ぼうっとしないでください。さあ、教えてくださいよ」
「駄目ですよ。絶対に。口が裂けても言いません」
「うーん……そこまで言うなら、追求しませんよ」
残念そうに肩をすくめた。やっと諦めてくれたようだ。そのことにほっと胸をなでおろし笑顔になった。
「ああ、その笑顔、ちょっとむかつきます」
再びむっと眉を寄せる。ああ、すみません。と一応言葉だけ謝罪をしておく。ただ、今の時間が楽しくて仕方なかった。笑顔が止まらない。ナマエといるときの自分は素の状態なのだと今、思った。
誰よりも一緒にいたい。
「まあ、」
ナマエは口元をきゅっと結んで三日月形にし、悪戯っぽく笑む。
「いつか絶対、教えてもらいますから」
ウインクをして、彼女はその場を去った。そんな彼女に心臓が痛いくらい締め付けられる。この気持ちは何だ? 再び自分に問いかける。
(好き……なのでしょうか。ですが私には、あの方が……)
惑いと共存する想い
(本当に好きなのは、誰?)
