彫刻師と王子16

 明日に控えた英傑祭に向けて、里全体がいつもよりも賑わいを見せているように思えた。英傑祭は鎮魂祭であり、亡き英傑ミファーを偲ぶものだ。だから賑わうというのは表現が正しくないのかもしれないが、それでも中央広場はいつもより往来が多い上に普段は滅多に見かけない異種族の姿も見かけるし、コーラル・リーフにやってくるひとも多いし、滅多に利用客が来ない「サカナのねや」は満室らしい。
 そんな里の様子を傍目に、百年前の英傑祭に思いを馳せる。今とはまた違った雰囲気だったのだろうか。祖父はその時、いたのだろうか。
 里に流れる水も、吹き抜ける風も、同じようで違う。百年前にいたひと達も、その思いも少しずつ変わりゆく。きっと百年後の英傑祭も、今とは違うのだろう。

 ロスーリからは今日は仕事をしないで英傑祭の準備をしていいと言われたのだが、飾り付け自体はそこまで時間がかかるものでもないので、お昼過ぎまで仕事をしてから準備をすることにした。
 午前中、仕事をしているとシドのよく通る声とホイッスルの音が何度も工房まで聞こえてきた。ナマエは修理をしていたゾーラの槍から顔を上げて言う。

「忙しそうですね、シド王子」
「今年は特に気合が入ってるように思えるゾラ」

 そういうと、ロスーリは珍しく手を止めて、里の広場へと視線を馳せて言葉を継いだ。

「シド王子は英傑祭が形骸化することを危惧していたゾラ。だが同じような顔ぶれが頭を突き合わせて考えたとて、浮かぶアイデアには限りがある。自然と閉塞感が生まれて、やがて同じようなことを繰り返し、本来の目的を見失うゾラ」

 特にゾーラ族は長命な種族だからこそ、それは顕著なのかもしれない、とナマエは思った。ほとんど変わらないメンバーで執り行えば、だんだんと同じ内容で実施することも増えて行くだろう。そして最終的には、例年通りの内容で開催となり、変化はなくなる。
 ロスーリを見ながらそんなことを考えていると、里を見ていたロスーリの瞳がナマエを捉えた。

「だが今回、ナマエが新たな試みを提案した。それはきっとシド王子にとって、無意識に求めていた新しい波だったんだと思うゾラ」
「そう……なんでしょうか」

 たまたま思いついたアイデアは、ただ漠然と何かを成し遂げたいという思いも相まって出てきたものだ。それがシドにとってもいい作用を及ぼしているというのであれば、こんな嬉しいことはない。その想いに全力で応えたいと願う。
 ゾーラ族の時代の流れ方は他の種族と比べて穏やかだ。それでも、英傑ミファーを知るものは少しずつ減っていく。今、里の広場を楽しそうに駆け回っている子どもたちはミファーのことを知らない世代で、それは時代が移り変わるうえで仕方のないことだ。
 だからこそ、英傑ミファーの想いを次の世代へと語り継いでいく。
 少しずつ時代は移ろっていっても、そこに込められた思いはきっと変わらない。改めて、明日に向けて気持ちが静かに高まって行くのを感じた。

+++

 午後になり、ナマエは工房の仕事を先に上がらせてもらって英傑祭の準備に取り掛かることにした。里を少し歩けばシドの声が聞こえてきて、その声を辿るように歩けば程なくして現場指揮をしているシドが見つかった。いつも見るシドよりもキリッとして見えて、彼の忙しさが窺えるようだった。
 ナマエはそろそろとシドの近くへ赴くと、シドがナマエの存在に気づいた。その瞬間、表情を緩めて片手を上げた。

「おおナマエ、始めるか?」
「はい。倉庫の場所を教えていただいて、許可をいただければせっせと運び出します! もちろん、ハイリアの女神様に誓って夜光石以外指一本触れませんので! 見張りをつけていただいても構いません!」

 準備は一人でやろうと思っていた。シドは忙しいだろうと考えていたし、実際に今日のシドはとても忙しそうだ。だが王家の倉庫という大変厳かな場所に、ハイリア人が一人のうのうと入り込めば何かと不味いだろう。シドは信頼してくれていても、他のひとがどう思うかはわからない。
 するとシドは、言葉を発する前に首を横に振った。

「何を言っているんだ。オレが運び出すし、オレも一緒に飾りつけるゾ」
「ですがシド王子、他にもやることがあるのではないですか」
「心配無用だ。あとはこのモルデンが指揮する!」

 モルデンは祭事の槍の調整を依頼しにきたゾーラ族で、老齢でありながらナマエのことを厳しい目で見ない、とても少数派だ。
 シドはモルデンを紹介するように手のひらをモルデンに向けた。モルデンは、曲がった腰の後ろに回していた手を前に持っていき、大きく頷いて親指を突き上げた。任せろと言っているようだ。
 シドは「では行こう」と言って歩き出したので、ナマエも慌てて追随する。
 少し歩いて人気のない場所までやってくると、シドは立ち止まってくるりと振り返った。

「ナマエ、キミはオレが”手伝いをしようとしている”と思っているのではないか」

 質問の意図が上手く汲み取れないが、シドは今からナマエの手伝いをしようとしているのだから、その通りだ。ナマエは首肯した。

「やはりか。だがそれは違う。ナマエ、オレたちは二人で今回の企画を成し遂げようとしているんだ。だからオレは手伝うのではなく、”一緒にやる”んだ。キミは真面目で優しいから、一人で全部やってオレの時間を使わせないようにしたいと思っているのだろう」

 全くもってその通りだ。二人の企画だと分かってはいるが、どうしたって忙しいシドの時間を割いてしまうのが申し訳なく感じてしまう。自分一人で賄えるならばそうしたいと思っていた。だからこそ、シドの言葉に何も言えずにいた。

「すべて一人で背負い込もうとするな。どうかオレにも背負わせてくれ」

 自分の悪い癖だ。シドのいう通り、一人で背負い込もうとしてしまうことがある。恐らく自分は圧倒的に頼るのが下手なのだ。シドに限らず、手伝おうかと聞かれれば、大丈夫です。と反射的に答えてしまう可愛げのなさがある。
 だがもうすでに、シドにはお見通しのようだ。一緒にやってくれているシドに失礼なことをした、と申し訳なく思った。シドはナマエのお手伝いをしてくれているわけではない。一緒に目標に向かってひた走る仲間だ。

「……ありがとうございます」
「オレたちは友達、そうだろう! 遠慮なんてしなくていいんだゾ! よし、では改めて開始だな。オレは倉庫から運んでくるから、ナマエはセラの滝に先に向かっていてくれるか」
「わかりました」

 ナマエは先にセラの滝に赴いて、擦り切れるくらい見込んだ企画書を改めてじっくりと見る。
 今回の企画は、滝を中心に行う飾り付けと、もう一つメインの企画がある。これはシドと話していく中で思いついたものなのだが、端的に言えば来場者も参加できるような仕掛けだ。鑑賞するだけでもいいかと思ったが、やはり参加できるようなイベントがあれば足を運びやすいと思ったのだ。
 そんなことを考えていると、普段聞き慣れない金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。見れば、シドが大きな箱を二つ、両肩に乗せてそれを支えながら山道を走っている。金属の音はシドの装飾品が揺れてぶつかった際に生じた音だろう。

「待たせたなナマエ! どこに置こうか」
「ありがとうございます。ではここら辺に」
「分かったゾ!」

 セラの滝の近くに置いてもらうと、シドはなんの躊躇いもなく岩場から里の方へと飛び降り行った。予想外のことに一瞬心臓が凍りついたナマエであったが、数拍遅れて水に落ちる音が聞こえて理解する。
 慌てて崖へと駆け寄り、落ちないように恐る恐る慎重に下を覗き込めば、シドと思しき人物が水飛沫をあげてすごいスピードで泳いでいる。
 ゾーラ族の中では飛び込みの美しさを競い合う文化があると聞いたことがある。シドからしたら飛び込むことなどなんの躊躇いもないことなのだろう。ナマエからしたら考えられないことである。
 惚けながらシドのことを眺めていたが、気を取り直してナマエはナマエの仕事に取り掛かることにした。夜光石を手に取って、飾り付けていく。夜光石の難しいところは、夜にならないと光らないため答え合わせがすぐにはできないところだ。だから太陽が昇っている間に置いてしまって、夜になったらバランスを見ながら調整していく。
 やがてシドが全て運び終えるとナマエの作業に合流し、一緒になって置いていく。そうして稜線が橙色に染まる頃には全ての設営が完了した。
 シドは感慨深げに辺りを見渡し、大きく頷いて言った。

「あとは日が暮れてからだな。それまで少し休憩しよう」
「そうですね」

 二人は、里が一望できる岩場に座り込み、里の奥の山に沈みゆく夕日をしばし眺める。橙から濃紺へと変わりゆく空のグラデーションは、段々と濃紺色が濃くなっていく。
 シドと二人で空を見ていると、怪我をしたあの日、シドの背中で見た大きな虹を思い出す。ナマエの口からは自然と言葉が漏れ出ていた。

「綺麗ですね」
「ああ。夕焼けをまじまじと見るのは久しぶりな気がする。不思議なことなんだが、夕焼けを見ながらオレはあの日一緒に見た見た虹を思い出していた」

 まさか同じことを考えているとは思わず、ナマエは堪らずシドを見た。シドの瞳はまっすぐ先を見ていて、ナマエの視線に気づくとこちらを見て、目元を細めた。ナマエは心臓がキュッと縮こまるのを感じて、前方の景色へと視線を戻した。里の中央広場も英傑祭に向けて装飾がなされていて、いよいよ英傑祭が始まるのだと感じさせる。そんな様子を眺めながら気持ちを落ち着かせて、ナマエは口を開いた。

「わたしもです。まさか同じことを考えてたなんて、奇遇ですね」
「そうだな。夕日なんて毎日見ているのに、二人で見ると特別に感じるんだ、とても不思議だゾ」
「……さすが、友達ですね」

 シドの言葉に心が揺さぶられるのを感じて、ナマエはつぶやくように言った。最近のナマエは友達という言葉で全て片付けようとしてしまう。それもこれも、いつもナマエの後ろで甘言を言って、ナマエに存在を認めさせようとしてくる例の感情のせいだ。
 シドとは友達だから、気があうのだ。友達だから、一緒にいるととても嬉しくなるのだ。友達だから、色んなことが特別に感じるのだ。そうに決まっている。
 ナマエはこれ以上シドとその会話をしたくなくて、無理やり話題を変える。

「ところで、英傑祭当日にあるもう一つの企画なんですが、おさらいしてもいいですか」
「ム、勿論だゾ。休憩だというのに、ナマエは熱心だな」
「何だか居ても立ってもいられなくて。……まず、来場者は受付で夜光石を受け取ります。それからセラの滝までいって、受け取った夜光石を滝の中に入れます。そして英傑ミファーに祈りを捧げる。祈りの数だけセラの滝で夜光石が光って、彩られる。わたしは当日、受付で夜光石を渡す係で、何かあればその場でトラブル対応します。シド王子は時間ができたら来ていただく、これで合ってますよね」

 当日の目玉はこれだ。来場者はただ景色を見るだけでなく、英傑ミファーへの想いを水の中へと捧げる。それと同時にその景色を一緒に作り上げることができる。
 この案は、英傑祭の始まりの話の中にある、光鱗の槍を川に流そうとしたことからヒントをもらっている。亡くなったゾーラ族は水の中に還るというのならば、水の中に死者への想いを込めた夜光石を入れれば、想いが届くのではないか、と。
 シドに提案すれば大賛成をしてくれて、すぐに賛同を得てきてくれたので、今回飾り付けの他にその企画も実施することになったのだ。
 シドはナマエの言葉を聞くと、「あぁ」と頷いて、苦い顔をした。

「本当ならオレも一緒に受付をやりたいんだが、当日は来賓対応やら諸々やらねばならないことがあってな……申し訳ない。時間が空き次第すぐに行くからな」
「ありがとうございます。でも説明用の立て看板も作ってあるので、最悪無人でも問題ありませんから大丈夫ですよ。シド王子は忙しいでしょうから、本当に、本当ーに、時間ができたらでいいんですからね」

 夜光石製の淡く光るライトを取り付けた立て看板には、このイベントの要旨と、手順が書いてある。だからナマエがその場にいなくても問題ないようにはなっている。

「休憩は必ずとること。ナマエには是非とも英傑祭を見てほしいから、里を見て回ってほしいんだゾ」
「わたしも見て回りたいなって思ってるんで、ちゃんと休憩は取りますよ」

 などと会話を交わしていると、気がつけばあたりは夜の気配に包まれた。里が淡い光に包まれている。ということはつまり、夜光石が光を放つ時間になったということだ。今振り返れば、思い描いた景色が広がっているのだろうか。いよいよご対面することができると思うと、心臓がギュッと締め付けられる。
 シドが目線だけナマエに寄越した。

「ナマエ、夜になったゾ。せーので振り返るか」
「ですね。何だかドキドキしてきました」
「本当だな! よし、立ちあがろう」

 シドは先に立ち上がり、自然な流れでナマエに手を差し出した。その手を取ってナマエが立ち上がれば、二人は手を重ねたまま里を見下ろす。心臓が早鐘を打ち始める。見上げればシドもナマエを見ていて、どちらともなく頷いた。

「では行くゾ、せーの……」

 くるり、二人は振り返る。そこに広がる景色に、ナマエは息が止まった。
 気がつけば手を離して、吸い寄せられるようにセラの滝の近くへと赴いていた。
 想像していたよりも遥かに美しい光景がそこに広がっていた。淡く光っている夜光石は美しく大地を飾り立てて、セラの滝の荘厳さに拍車をかける。
 夜光石の光は死者の灯火。まるでかつてこの里で暮らしていた祖先たちが舞い降りて、優しく見守っているかのような優しい明かりで満ちている。
 水と光の織りなす青く儚い幻想的な世界は、ナマエの虹彩にくっきりと焼き付いた。

「すごい……」

 ナマエの中から語彙力が消し飛んでしまったかのように、それ以外の言葉を紡ぐことができなかった。

「ナマエ……最高だゾ」

 いつもよりも密やかな声でシドが言った。ナマエが振り返れば、すぐ後ろにシドがいて、唐突に抱き上げられ、そのまま抱きしめられた。

「えっ、シド王子!?」

 視界が急に高くなり、息遣いすら聞こえてきそうなほどの近さにシドの顔がある。突然のことに慌てふためくが、シドのお月様みたいな綺麗で丸い瞳が、ナマエから言葉を、思考を吸い取ってしまう。

「オレは感動して、その感動をどうにか伝えたくて、キミを抱きしめている!」
「な、なぜ、抱きしめてますか」

 シドの言葉に、緊張しすぎてカタコトのような変な言葉になってしまった。

「ナマエを抱きしめたいと思ったからだ」

 あまりにストレートな答えにかえって困惑してしまい、ナマエは黙る。鼓動の速さが伝わっていないことを祈るばかりだ。なぜ抱きしめたいのかと尋ねたら、抱きしめたいからだ! と答えるだろうか。……聞いても、いいのだろうか。などと一人躊躇っていると、シドが先に口を開いた。

「こんな素敵な景色を見させてくれてありがとう。想像を遥かに超えた美しい光景だ。ナマエは最高だ、本当に最高だゾ」

 じっくりと、一言一言を噛み締めるようにシドがいうので、耳をくすぐったその言葉は身体の内側に沁み込んでいく。

「……シド王子、言ってたじゃないですか。これは二人で成し遂げることだって。だから、二人で作り上げた景色です。本当にありがとうございます。明日にはもっと、素敵な光景になってるはずです」

 明日には、二人で作り上げた景色の中に、里のみんなの想いが加わる。

「そうだな。ああ……楽しみだゾ!」

 シドが笑って、彼特有のギザギザの歯が覗く。ああもう限界だ、ナマエは両手で顔を覆って、絞り出すように言う。

「あの、顔が近くて恥ずかしくて限界です、ので下ろしてください」
「えっ、あ、すまない」

 珍しく狼狽えたようにシドが言って、程なくしてナマエは地表に降り立った。ナマエの人生、ゾーラの里にくるまではハイリア人、もっといえばウオトリー村の狭いコミュニティでしか過ごして来なかったので、ゾーラ族の美醜は分からない。けれどシドの顔は端正だと思うし、親衛隊もあるくらいなのだからゾーラ族の中でもやはりイケメンと言われる類なのだろう。そんな顔が至近距離にあるなんて、心臓に悪くて寿命が縮まるに決まっている。

「シド王子はもっと、自覚を持ったほうがいいです。芸術は時に、ひとを狂わせるということを」
「げい……くる……どういうことだ」
「なんでもありません」

 気を取り直してセラの滝の周辺を二人で歩きながら微調整を加えていく。最終的に受付の場所をもう少し滝に近づけて、大体の調整を終えた。
 受付に山積みになっている夜光石は明日、来場者に手渡すものだ。ナマエは何の気無しに一つ摘み上げると、それは星のかけらを模したもので、一番彫るのに苦労したものだ。
 隣に立っていたシドは一緒になってそれを覗き込んで、

「本当によくできているな」

 と褒めてくれた。改めて言われると何だか気恥ずかしいが、「ありがとうございます」と礼を述べた。その瞬間、ふと眠っていた記憶が呼び起こされて、ナマエは自然とそのことを口にしていた。

「そういえば星のかけらにまつわるお話で、昔、おじいちゃんから聞いたお話があるんです」

 ―――むかーし昔、星のかけらに導かれて異なる種族の二人の男女出会い、想い合うものの、厄災で二人は命を落としてしまう。それを不憫に思ったお星様は、いつか二人がまた出会えるように、その時の目印になるように、輝きながら地表に向かって落ちている、という。

「おとぎ話みたいな話ですけど、そんなことを言っていたのをふと思い出しました」

 この話のモチーフとなった男女が本当にいたのか、それとも厄災では沢山のひとが命を落としたから、そんなひと達の想いが報われるようにと祖父が話していたのかは分からないが、星のかけらはナマエにとっては想いを繋ぐ象徴のようなものだ。だから今回、とても手間がかかるが星のかけらの形を作ったというのもある。

「初めて聞いた話だな。似たような話だと、ゾーラ族にはルト姫というゾーラのプリンセスがいて、勇者に惹かれるのだが、使命のために身を引いた、という話がある。こうやって比べてみても、なんだか悲しい話ばかりだな」

 そういえばそのような話がルト山に置かれた大きな石碑に刻まれているのを見たかもしれない。シドの言う通り、想いが報われない悲しい話ばかりだ。
 異なる種族で想い合うことをハイリアの女神は許さないのだろうか。ではなぜ、そのような感情を抱かせるようにしたのだろうか。最初から想い合わないように作ってくれればそんな悲しい思いをしなくて済むのに。

「……本当ですね。でもわたし思うんです。二人が本当にお互いを好きだったならば、きっと星のかけらを目印にしなくたって、その気持ちが道標になっていつの日か出会えるんじゃないかって」

 魂だけの姿になってしまったって、生まれ変わったって、姿形を変えていつの日か出会えるとナマエは思うのだ。時間はかかるかもしれないけれど、きっと二人には関係ない。否、そう思いたいのかもしれない。想いはいつの日か全てを超えるのだと。

「……そうだな。想いの強さがあれば、きっといつの日か結ばれる。オレもそう思うゾ」

 この時、シドがどんなことを考えていたかなんてナマエには分からないけれど、少しでも重なっている部分があればいいなと思った。それだけでナマエは報われるような気がするのだ。

「オレとナマエならば、虹を目印にすれば、里から離れてもいつの日か会えるだろうか」

 一体どんなつもりでシドは言っているのだろうか。聞いてみたいけれどとても怖くて聞けない。けれどきっとなんのつもりもないのだろう。ナマエがただ深い意味を見出そうとしているだけであり、シドは友人であるナマエとの思い出をひょいと摘み上げて言っているだけだ。
 だからナマエは戯けてみせた。

「虹、ですか。よく海にかかってるんでわたしは海に泳ぎに行くことになりますね」
「それは不味い! オレはナマエのことを全力で追いかけなければいけないな」
「そのときはホイッスルを吹いてください。そしたらシド王子がいるって分かりますから」

 どうか鎮まれ、感情。泣きたいような笑いたいような気持ちが溢れないようにしながら、英傑祭の前夜が過ぎていく。
 明日はいよいよ英傑祭だ。

◆◆◆
星のかけらのくだりは愛を込めた捏造オブ捏造です。
英傑祭は実態がわからないのでほとんど想像という名の捏造です…!